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ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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推薦文・プロフィール
タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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耳の記憶
僕は腰にヘルニアを持っているので、医者に勧められたこともあり、毎日子供を学校に送ったあとはプールで20分泳ぐことにしている。多分マンハッタンで一番安いだろうと思われる室内温水プール。朝行くと、僕以外は大体おばあさんが泳いでいる、ちょっと老人健康センターという感じになっているが、元気にシャキシャキ泳いでいる高齢者も多い。

プールは腰にも良いのだろうけど、僕にとっては1日1回、水の中に浮かぶという非日常的な経験のできる場所で、リラックスできる場所でもある。前の日にベースを弾きすぎて、手や肩がボロボロになったような気がしても、水の中で体を動かせば、まるで水にマッサージされているような気分にさえなる。

水の中に耳が入った時の音も好きだ。空気振動から完全に隔離された耳の中の音と水の音。耳を使う仕事なので、違った環境の音が気持ちよく感じるのかも知れないけど、自分の呼吸する音も良く聞こえる。ただ、この呼吸の音だけが、1つだけ僕に深いため息をつかせる。

こんなに離れて暮らしているのに父親の死に目に合えるなんて、本当に運が良かった。病院に着いた時はまだ意識もある状態で、ほとんど寝てはいたが、話も出来る状態だった。声をかけて気がつくと、うだつの上がらない息子に対してまずはお金のことを心配してくれる。車が壊れて新しく買い替えたこと、そしてベンのこと。最近あったことをこちらから一方的に話した。気管支拡張症といういわゆる老人病を患っていた父は1月前に電話で話した時は声が弱くなっているのを感じたけれど、あっという間にこんなに衰弱してしまっているとは驚いた。

若い時に肺結核を患っていたのもあって、ほとんど肺が機能していない状態になってしまい、エネルギーを作るために筋肉から脂肪を使い出すようになり、どんどん痩せていってしまうそうだ。それはまるで、空気の抜けた人形のように靴下でさえ、ブカブカになってしまっている。

肺を取り替えるわけにもいかないので、医者も義務として必要なことだけをするだけで、あとは電池の切れるのを待つように、父が死んでゆくのを待つことになった。

日が経つにつれて、だんだんと寝ている時間が多くなり、呼吸も弱々しくなってくる。意識レベルも低く混乱してしまうのか、痰を取りにきた看護婦さんに声にならない声で、「おい、先生を呼んでくれ、治療方法を変更することにした。息子も帰ってきてるし、家で食事しながら治療する」。この食事というのは、点滴だけで口からは何も食べれないので、本当の食事がしたかった気持ちの現れで、オレンジ・ジュースを買ってきてくれと頼まれたこともあった。

もちろん、そんなことが出来るわけもなく、ついに酸素マスクに人工呼吸器と話もできない状態になっていった。お腹も空いているようだし、早く楽になってくれればと願っていたが、人間の生きる力は強くて血圧が下がってもうダメかなと思うと、また盛り返す。

10日間の滞在予定の8日目になって、ついにその時が来た。兄と母と家族4人で1つの病室で過ごした夜が終わり朝になると、下がった血圧は元に戻らず医者を呼んだ。おもむろに母はお別れのメッセージを耳元で叫ぶ。「ありがとう。楽しかったわ。ご苦労さま。」兄に続いて僕の口から出たのは「心配しなくて良いから、ベンは大丈夫だから、あなたの息子として生まれてよかったよ。」だった。数時間前に痰がからんで看護婦さんを呼んだ時には、「みんな、いるんだよ!」と伝えると、うなずいていたのだが、さすがにあの血圧レベルだともう、言葉を理解することも不可能だったと思う。でも、自分のために言えて良かった。

プールの中で聞こえる自分の呼吸音は、あの時ずっと聞いていた人工呼吸器の音。74歳で死んだ父に、何だか心配ばかりさせてしまった息子だったなと振り返ると、今だにため息が出てしまう。

耳の記憶_f0097272_0372155.jpg
by gakuandben | 2006-05-18 00:38
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