ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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自閉症に関して
推薦文・プロフィール
タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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カテゴリ:自閉症に関して( 112 )
鏡の向こう側
ベンは映画が好きだ。そして鏡も好きだ。

しかし、正確には映画は見るよりも、デイレクターや俳優の名前を覚えるのが楽しみで、鏡についても中の自分を見ているのだが、実際は反射しているものが動くこと自体を楽しんでいるようなのだった。

時々連れてゆくショッピング・モールも大好きなベンだったが、行くと必ず興奮気味になり、バチバチと胸を叩くのと、目の前で手をヒラヒラさせる動作が連発してしまう。

何度も注意するのだが、どうにも止められない。

上の2つの事にふと気がついて、言ってみた。「ベン、映画の中の人のように歩いてごらんよ。そんな風に体を叩きながら歩いているかい?そして鏡に映っている自分を想像してごらん」

にっこりして「OK Dad, I act like a movie star」と言うと、普通に歩き出した。何か本当に演技をしているようにぎこちないのだが、体も叩かず、手をひらひらさせる事もなく数分間は持たせることが出来た。

「演技」することを忘れてしまったのか、その後はまた体を叩くのが始まってしまうのだが、また言うとしばらくは「演技」をしている。

自分自身の感情を体で表す。刺激と喜びと不安と誘惑が入り乱れたベンには 外側から見た自分を想像する余裕など無いのだろう。

ちょっと待てよ。僕らは普通という連続した演技を続けているだけなのかも知れないな。

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by gakuandben | 2009-04-10 15:20 | 自閉症に関して
Happy Hour
セント・パトリックス・デーは昼間からバーでお酒を呑む沢山の人たちを見る、僕にとってとても嬉しい日なのであるが、これは酒を呑むのが好きな人にとっては理解しえる感覚ではないだろうか。

夜を待たずして昼間から盛り上がるこの日は、何だか街中がお祭りになったようで、外部から見ていても楽しい気分にさせられる。

実際アイリッシュの方々の呑みっぷりは凄まじく、僕など到底及びもつかないだろうし加わって楽しむ勇気もないのだが、お酒を呑む場の雰囲気というのは楽しそうで良い。

ベンは将来お酒を飲むようになるのか?というのは楽しみでもあり、心配でもある。もっとも本人はチキン・ウイングやオニオン・リングなどのバー・フードが好物ということもあり、「21才になったら一緒にバーに行くかい?」と訪ねると「Yes, I go to the bar and eat chicken wing and drink a beer」と答えている。

自閉症者に関する飲酒についてサーチをかけてみると、検索されるのはほとんどが母体の飲酒と自閉症の関係についてで、なかなか当事者の飲酒についてのレポートが少ないのだが、YouTubeに面白い投稿があった。

アスペルガーの息子さんを持つ母親が、息子さんが飲酒したときの様子を語っており、「お酒を飲むと、社交的になるのですが酔っているようには見えません」と言うもの。下にはたくさんの書き込みがあり、当事者自らが「リラックスできる」とか「1杯でクラクラになる」とか「すぐに眠くなる」などとあった。

ある意味常に興奮している状態にあるので、リラックスできるのかもしれないが、とても興味深い。

専門の方から見れば、飲酒を勧めるなんてとんでもないと怒られてしまいそうだが、僕はベンがきらびやかな電飾の飾られたバーでカラオケを歌ったりするのを見たい気もする。

先日演奏をさせて頂いたニュージャージーのレストランでは、8人程で食事をしていた中年の自閉症者らしきグループを見かけたのだが、注意深く見てみると人によってはグラスワインなどを飲んでいる方もおられる。

殆ど会話をすることもなく一緒に食事をして、音楽を聴いて、ただそれだけなのだが、そこにはお酒を介した楽しい雰囲気があった。


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by gakuandben | 2009-03-23 13:53 | 自閉症に関して
If I could draw a picture
自分がまさにそうであるから説明も納得も自己完結出来るのだが、絵の才能というのは面白い程にはっきりしている。字を書くのが下手なのと似ているが、どうにも指先のコントロールがうまくゆかない。

僕の字や絵は人から見ると信じられないくらい下手なようだ。

ニューヨークに来たばかりの頃、日本人の友達と飲み会をしているときにテーマを決めて何枚かの絵を描いた事があったのだが、それは人を心底笑わせるのに充分な程に下手なようだった。


先日、ベンの机を片付けていると何だかイラストめいたものが描いてあるノートを発見。よく見ると、上手に模倣した「ちびまる子ちゃん」だ。

「あ、上手く描けてるな。息子とはいえ自分には無い才能があるものだな」と思いながら、自閉症の診断が出た当時に病院で言われたファイン・モータースキルの事を思い出した。「細かい手先の作業は難しいでしょう」との事だったので、あまり無理強いすることなく自由にさせていたのだが、めちゃくちゃでばらばらの大きさのアルファベットを書いていたベンは、不思議な字ではあるものの、少しずつ形を成してゆく。

絵も同様に、訳のわからないものから次第に形やディテールを描くようになって、特に形にはかなり丁寧にこだわりを持ってゆくようになり、お気に入りのマンハッタンの摩天楼は必ずと言っていい程登場していた。

特に練習をしたわけでは無いのだが、2年程前、学校での保護者面談の時に「ベンはスクリプトが好きなんですよ」と言われてベンの書き取り帳を見せて頂き、筆記体の完成度に驚かされたことがあった。

それは、小学校低学年の頃から始まった、ロボットのような角張った字からは想像もできないような美しい曲線で綴られていたからだ。僕らには一度も書いてみせてくれなかった筆記体。学校では模倣することが楽しみだったのだろう。

そして知らないうちにそのテクニックと絵が結びついたのだろうか。コンピューターの映像を見ながら、何やらノートに描いていることが多くなったのも確かあの頃だった。



テストも入学試験もないベンはそういった目に見える勉強の仕方をしているわけではないので、出来た、出来ないの世界で生きてない。

ただ、じわりじわりと身につけてゆく職人のような能力こそが、彼らの底力であり、あるとき目に見えるものなのだということを最近特に実感させられるのだ。


僕はといえば、子供の頃から音を真似する事は簡単に出来たのだったが、絵は今も真似をすることさえも出来ずにいる。

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by gakuandben | 2009-02-24 13:29 | 自閉症に関して
凍り付いた街
今日もまた雪がちらつきはじめた。今年のニューヨークは例年の2倍近くの行きが降っているそうで、ふと気づけば路面が真っ白という事が多い。

積雪量が多くて歩けないというまでは降らないのだが、こういった中途半端な雪は、溶けてまた凍るとアイススケートのリンクのようになってしまうのだ。

ビルや家の前の歩道はきちんと雪かきがされていて、そのまま凍ってしまうことは無いのだが、やはり手の届かない所は多く、例えば交差点にある歩道のコーナーは誰の建物にも面していないことから、置き去りにされて強烈なアイスバーンを作ってしまっていることが多い。

その置き去りになっていたスポットに降り立ったベン。
ショッピングモールの駐車場で車から降りた瞬間、滑って前のめりに大転倒した。うっすらと残っていた雪が見事に凍っていたのだ。

「Ahhh, Ahhhh」と叫んだ後、「I fell down !, My chest is hurting !」と事態を大声で報告する。

あまりにも大袈裟なリアクションに僕もベンの弟も一瞬怪我をしたかと息を呑むが、すぐにそれがベンのアクシデントに対する表現方法だということに気づき、冷静に対応する。

「ベン、胸はどれくらい痛いんだい? 口や顔は大丈夫か?」と訊くと、ぜいぜいと息をしながら「I am OK, I hit my chest」と落ち着きを取り戻した様子で今度は注意深く車から降りた。

次に雪が降った日には、セントラル・パークにそり滑りに行った。
たくさんの子供達が傾斜を利用して滑ってゆく中、滑り終えて歩いていたベンに向かって突進してゆくそりがある。

「ベン、危ない!」と坂上から声をかけると、ベンは向かってくるそりに気づいてまたもや「Ahhhhh Watch out !」と大声で叫ぶ。そりはベンにぶつかって止まり、ギャラリーの注目を浴びながらぶつかった子は気まずそうに立ち上がった。

15歳にもなるティーンが、5歳そこそこの子供の乗ったそりに大声を出しておののく姿は何とも奇妙ではあるが、問題は、僕の期待していた「よける」という動作ではなく、「驚いて怖がる」という意外な反応に、一番大切な「よける」動作が凍り付いてしまったことだった。

緊急の場合に落ち着いて対処出来るよう、大声で叫んで自身が興奮してしまわないように教えてあげる必要がありそうだ。

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by gakuandben | 2009-01-31 14:45 | 自閉症に関して
Yield to Pedestrian
飛行機事故は自動車事故よりもはるかに確率が低いと、セラピストの先生は言った。

昨日の神業的不時着から一夜明けた朝、事故を伝えるニュースで持ち切りなのだが、どうやら鳥との衝突という防ぎようのない原因によるものらしい。セラピストまで登場して、今後の飛行恐怖症に対する対策を講じている。

車と飛行機の決定的な違いは、車の事故はマナーというドライバーの意思で簡単に防ぎようのあることだろう。

NYの交差点は恐ろしい。

歩行者用信号が青でも、左折や右折の車が突進してくる。
渡っている人の切れ目を縫うように車が横切ってゆくのは小さな子供を持つ親や、渡るのが遅いお年寄りには恐怖であり、そこには運転マナーという言葉は全く意味をなさずに、さながら戦闘に近いサバイバルな状況が繰り広げられることもしばしばある。

実は、これもベンを一人で歩かせることをとても難しくしている原因なのだった。

日本の教習所で習った、交差点内に横断しようとしている人が居たら、一旦停車して横断を終えてから発車というのを覚えているのだが、そんな記憶もすっかりと消え失せてしまうほどに人と車の距離は近い。それはアメリカに於いてもでも同じルールだったと思うのだが、実際には止まってくれる車は無く、普通に歩いていてもせかされるかのように少しずつ車が動いていたりもするのだ。

歩行者の側にも問題があり、日本のようにきちんと歩行者用信号を守らない人が殆どで、逆に車の切れ目を縫うように歩いている人が多いのも事実。実際に左折や右折の車が多い交差点では、それらの車が青信号で曲がってくる前に信号無視をして、先に横断してしまった方が安全だったりもする。

しかしながら、この臨機応変具合をベンに教えるのは大変だ。彼らにとって、WalkはWalk、STOPはSTOPなのだ。ところが、Walkの交差点にフルスピードの車も横切ってゆくこともあるのだから手に負えない。

やはり混乱を避けるためには信号遵守ということなのだろうか。

信号を渡る駆け引きは、飛行機に立ち向かう鳥を追い払うより難しそうに僕には思える。

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                         歩行者優先の標識
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by gakuandben | 2009-01-22 22:45 | 自閉症に関して
一人での夕食
忙しいことは有り難く、働けていることさえ感謝したいこの頃。
ホリデー・シーズンということもあり、いつもならどちらかが何とか夕食の支度は出来るのだが、僕ら2人の予定が合わなくなることもしばしば。ベンを一人にしないで済むのはもっぱら3歳年下である弟の役目となってしまうのであるが、先週はその弟さえも学校の行事で帰りが遅くなってしまった。

こんな時に必然的に訪れるのが初めての挑戦。
今回はベン一人でディナーをしてもらうことになり、準備をしてベンに教え込む。

勿論火を使わせることは出来ないので、電子レンジのみでの調理となるが、茹でておいたパスタと鍋の中にある火を通してから冷めたソースを皿に盛り、電子レンジで2分間暖めるという工程。

説明していると、「Yeah、Yeah」と返事をして聞いている。一応レンジの時間設もテストしてみたが、こちらは普段から使っていることもあり、大丈夫そうだ。

「うんこれは大丈夫だな」と、自分的にテンションを高めていてやたらと緊張しているのは親の方というのは誰もが覚えのあることだろう。出掛ける前には玄関と部屋の間を行ったり来たりして何度も確認しているのは自分の方だった。

仕事場に着いてからも気になるが、ディナーを食べ終わっただろうと思う時間に電話をしてみた。
「ベン、did you eat dinner ?」と訊くと「Yeah, I ate broccoli」と言う。ブロッコリーの方は夕食の付け合わせとして皿に盛ってあり、レンジで1分暖めることになっていた。

どうやらメインのパスタは食べずに野菜の方だけを食べたようなので、何故パスタを食べないのか訊くと、「I have to wait for my brother」と答える。

「ああ、成る程」と瞬時に理解できた。いつも野菜だけはそれぞれ先に食べてしまうけど、メインの方は必ず弟と同じタイミングで食べていたのだった。ベンにとってはここからが初めての経験だったのだ。

「ベン、弟は帰りが遅くなるから待たなくて良いんだよ。自分だけで暖めて食べなさい」と
指示を出し「OK, dad」と返事を聞いてから電話を切った。

30分くらい経ってからもう一度電話すると無事に食事を終えていて、弟の方からも帰宅するとの連絡を受けていたので安心して仕事に戻る。

心配から解き放たれた安心感とともにベンの成長ぶりに感慨しきり、補助輪を取った自転車の荷台を支えてすーっと走り出すかのような手応えのある出来事だった。

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by gakuandben | 2008-12-27 00:17 | 自閉症に関して
ゆっくり生きる子
サンクス・ギビングが済むと、待ちかねていたかのように街はクリスマスの模様替えをはじめる。そしてこの頃になると、必ずのように欲しいプレゼントを決めたベンが、「I’d like to have ○○」と毎日のように言い出すのだったが、今年はちょっと様子が違う。

どうやらついにベンも本当のサンタクロースの存在に気がついたのか、母親に欲しいプレゼントを告げるとそれで安心しているようで、以前のように何度も確認をすることをしなくなった。

小さい頃に、ベンはずっと子供の夢を持ったピーターパンみたいな大人になるのではないかと思っていたこともあったのだが、15歳となった今はそれなりに現実の世界を知り、たくましく生きている。


週末の予定をたてているときに妻がぽろりと言った。
「私達の行くところがベンの行くところだから」

12歳になる下の弟は自分の行きたい所があり、僕らにはあまり付いて来なくなった。3人で何処かへ行く事が多くなったことで、15年間ずっと一緒にいるベンの存在を再認識するのだった。

「一人で行けないんだから、ベンの楽しい所を考えてあげなくちゃね」

ベンには週末に友達と合う約束があるわけでもなく、いつも僕らの買い物に付き合うことになるのだが、ドライブをしてスーパーやショッピング・モールに行き返ってくる。

本屋や、DVDストアなど一定の基準を満たしていれば、それなりに楽しんでくれているのでとりわけ困難な問題があるわけでも無いのだが、自分の行きたいときに行きたい場所に行けるようになる日が来る事を願わずにはいられない。


自閉症として接している自分の息子がどこまで可能性を広げてくれるのかは真に未知数であり、まるでゆっくりと本のページをめくるかのように次の可能性が見えてくる。

10年後にはクリスマスの街で、一人で出掛けたベンに合うのかも知れない。


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by gakuandben | 2008-12-11 00:06 | 自閉症に関して
イタリアのしんちゃん
随分と前に、ベンがキュリオス・ジョージを大好きである話を書いたのを覚えている。

YouTubeのお陰でビデオやテレビ放映ならずとも、あらゆる番組が見れるようになり、言語の壁までもを乗り越えての選択が可能になった今、ベンが気に入ったのは「クレヨンしんちゃん」。

誰が教えるわけでもなくベンがたどり着いた「しんちゃん」はジョージに替わるお気に入りとなり、部屋からはあのしんちゃんのだら〜っとした声が聞こえてくる。

どういった点に興奮するのか、時に手を叩いたり、ロッキングをするのであるが、どうやらそれはしんちゃんのする失敗や、それに続いて引き起こされるドタバタに共鳴しているようで、そこにはちょっとジョージとの共通点がある。

というのも、ベンは今でも幼児の泣き声に敏感で、本屋や公園などでも子供が泣いていると近寄って行ってしまうことが良くあることにも関係しているように思えるからだ。

以前は手を出してしまうのではないかという程近付いたり、触ってしまいそうな事があったので、本屋などで子供の泣き声が聞こえるとその方向に飛んでいったものだが、最近では遠巻きに微笑みながら見ている程度になったので少し安心している。

特に耐えられない苦痛の音であるということでもなく、それによってイライラが引き起こされるという訳でもない。何かを興奮させるスイッチが入るようでどうしても行ってしまうという感じだ。

ベンのドタバタ漫画好きとの共通項は、どちらもトラブルを見るというところ。
ジョージもしんちゃんもトラブルの連続、そして子供の泣き声はトラブル発生のサイレンのようなものだ。

僕らには人の失敗を見て、ちょっと面白く思う悪魔のような心が潜んでいる。本能的な部分でそんな心と、興奮することへのつながりを探ってしまうのは少し考え過ぎだろうか。

YouTubeで見るまで知らなかったのだが、「しんちゃん」は英語は勿論、イタリア、韓国、中国でも放送されており、ベンは時々違う言語のバージョンを見てこれまた興奮している訳で、原因は言葉のやりとりではなく事象そのものにあることに間違いなさそうだ。

無論こちらが考えている程の事は到底及びもつかない様子で、今度は「ちびまる子ちゃん」そして何故か「サザエさん」と突き進んでゆくベンなのだった。


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by gakuandben | 2008-10-15 08:25 | 自閉症に関して
口のあたる場所
子供の食べる物が熱くないか、硬すぎはしないかと親はちょっと食べてみる。
赤ちゃんの頃なら当たり前。少し大きくなってからでも確認を兼ねて子供の食べる物をチェックしてみることはよくある事だろう。

だから当然な感じで、つい子供の食べ物は自分の管轄下にある気になってしまう。

ベンと2人でのランチの時、ケチ心を出して1つしか頼まなかったフリーリフィル(おかわり自由)のソーダを飲んでいたベンに「少し飲ませてくれ」と頼むと、おかわり自由なのにもかかわらず「Don’t drink too much」と言う。

「何だ、こいつはケチな奴だな」と自分のことは棚に上げて飲んでいると、ベンはじっとコーラを見ている。意地悪心が湧き出て、ストローから見えるコーラが途切れないように飲まずに吸い込んでいると、「STOP ! You drink too much」と言い取り返しに来た。

自分の手元に取り戻したソーダに対してベンが最初にしたのはナプキンを使って僕の飲んだストローの先を拭くことだった。続いて鼻を近づけて匂いまでもを確認している。

「何だよ、そんなに不潔な事したわけでも無いのに、大袈裟だな」と思うのと同時に何だか親なのに、他人扱いされた感じが心に涼しい。

そういえば、僕も似たような事を母親にしたことがあったな、と思い出したのは、やはり母が僕の飲んでいたお茶を飲んだときに、「何で僕のから飲むんだよ〜」と言った時の記憶だった。

「何で〜、いいじゃないよ〜」と少し動揺気味の母を見て、僕は逆に自分が凄く申し訳のない事を言ってしまった気になり、母が気の毒に思えてしまったのだったが、それもちょうど今のベンと同じ中学生位の年齢だったように思う。

僕も少し動揺したのか、妻に話をすると「あはは、でもそれでセルフ・ハイジーンの問題は心配なさそうね」と明るく答えてくれた。

Self Hygieneは、自己の衛生感覚についての意識がしっかりしているかを発達の過程で常にチェックされている事項で、学校でも家庭でも事あるごとに注意している。確かに人の口をつけたストローが不衛生であると理解している点は素晴らしく、喜ぶべき出来事なのだった。

少し寂しさの残る後味を感じながら、いまだに僕の飲み物を「口着けて無いから、ほら、ね、見て」と言い、いつもグラスから口を離して飲む母親の事を不憫に思っていた。



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by gakuandben | 2008-10-07 02:22 | 自閉症に関して
オーティズム ザ・ミュージカル
ドキュメンタリー映画というものの面白さは、半現実体験を出来る点と、実際に起こった現実を見る結果の重みだろう。

「Autism: The Musical」は、僕ら自閉症者の親にとって目にいたいほどに飛び込んでくる現実の映像記録であり、まさに半分現実に体験しているような気持にさせられるドキュメンンタリーだった。

プレビューを見る限りでは、美しい感動のストーリー的扱いになっているが、このドキュメントは自閉症をテーマにしているわけで、当然のことながら実際の話は単純な進行をしてゆくことは無い。

それぞれの親が持つ夢とそれに立ちはだかる壁、それらを一つにまとめてミュージカルを完成させようとする指導者とのぶつかり合い。混沌とした中から、1つの光を導きだすような作業の過程を見てゆくことになる。

フォーカスのあたる5人の子供達は、それぞれに違った発達をし、それぞれに特技を持ち、それぞれの家庭環境がある。僕はミュージカルの成功というテーマよりも、子供達の背景にあるたくさんのストーリーに心を打たれる部分が多かったのだが、それはやはり自身を重ね合わせるからだろうか。

「あるとき、ドクターの提案でこの子のすることを全部真似してみたの。ぐるぐると回れば、私も一緒に回ってみる。手をひらひらさせたら私もしてみる。それで、こうした普通ではない動きを構わずに一緒にしてくれる人として頼んだのが演劇の人たちだったんです。」

それから、彼女は自分の子の世界と自身の世界を繋ぐ方法として演劇をすることを思いつくのだが、このお母さんこそがこのドキュメンタリーの主人公的存在なのである。

「ミラクル・プロジェクト」と命名されたこの劇団は11人の自閉症児で構成され、その発起人・指導者は医者でも先生でもなく、一人の自閉症児の親なのだった。

そういった意味で、やはり一人の親としてたくさんエネルギーを与えてもらうことにもなり、特に僕のような彼らの世界を知りながらアートに携わる者として喚起させられる部分が多いにあった。

そして、何よりこのテーマを取り上げて製作するに至ったディレクター、配給元のHBOに大きな拍手と感謝の気持を送りたい。
      

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by gakuandben | 2008-09-16 05:13 | 自閉症に関して