ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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推薦文・プロフィール
タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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カテゴリ:自閉症に関して( 112 )
手をつなぐ親子
ひと夏を超えて、ベンはまた大きくなった。

体型が太めだったのが、背が伸びたお陰でストレッチされて太り気味程度の見てくれになってくれたのは有り難い。

と、ここまで書いて、「あっこれって前も夏の終わりに書いたような気がするな」と思うのだったが、今回はちょっと違う。

妻の背を追い抜いたのはしばらく前だったが、今回は僕の背に肉薄してきていて、まだ追い抜かれないまでも体積的にはもう殆ど同率の域に達しているのだった。

立派に育ったベン。もう子供ではなく、街中にベンより小さな大人がたくさんいる状況になった。昔と変わらず手を叩けば、その音量はファイヤー・クラッカーのようでもあり、独り言はとても自分だけに聞こえるものではなくなっている。

昨日はレストランに行った帰りに、夜の街を歩いた。夏の終わりの夜を楽しむレストラン客達が歩道にせり出したテーブルを埋め尽くす。客席のすぐ横を歩く事になるベンを見ていて、手をかざしたり声を上げてしまうような動作は迷惑だと感じて僕は咄嗟に手をつないだ。

掴み心地の良いふっくらとして大きな手は、小さい頃と同じように掴み返してくれる。

そんないつもの動作をしながら、ふと思った、僕は父親に何歳まで手をつないでもらっていただろうか? 
一人で歩けるようになるまでは、みんな手を繋いでもらっていた。勝手にどこかに行ってしまったり、他人に迷惑をかけたりしないように手を繋いだ。

いつの日か子供は大きくなり、実際に手はつながなくなるのだったが、親が本当に子供の手を離すのは結婚であったり、就職であったりとそれぞれのきっかけがあるだろう。

僕は自分と同じくらいに大きくなった息子と実際に手を繋ぐ。
本当に一人歩きが出来る日が来るのかどうかもわからないのだが、手をつなぎ続けるだろう。

そして間違いなく思うのは、「手をつなげる人が居て良かった」ということだろう。






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by gakuandben | 2008-09-09 22:08 | 自閉症に関して
Some kind of kindness
日本に滞在中にたまたま見たのが、老老介護のテレビ対談。ドキュメントを交えながらの番組はため息の出てしまう映像の連続で、痛いほど問題の根深さが伝わってきた。
定年まで一生懸命に働いて、老人になった後は使い物にならないかのように見えないところに押し隠されてしまう。

音楽関係で知り合った方は偶然にも自閉症のお子さんの父親で、日本の自閉症介護について話をする機会があったのだが、

「日本はまだ乳母捨て山の発想が根強いですから。臭いものにはフタをするという感じですかね。」

彼の言う一言はドキリとさせられるほど怖いのだが、確信のある響きだった。

「それはアメリカと正反対ですね。アメリカでは、自分の子に障害があるために教育機関が対応しないのは、不公平だという発想から始まっていますから」
と僕は続けるのだが、言いながらすっかりと忘れていた感覚を思い出していた。

日本人として生まれた僕には、間違いなくその発想はあって、ベンが自閉症と診断された時にはそんな申し訳ない気持ちと、自分の子供に対する愛情でぐちゃぐちゃになってしまっていたのだった。

10年を超える月日が流れて、あらゆる状況で主張をする機会を与えられた「申し訳のなかった親」は、いつの間にかしっかりと誇りを持って障害児を育てられる親になっていた。

義務教育として受けられる教育が、子供の発達にそぐわないということになれば、市に対して訴訟を起こして私立の学校のための学費を支払うように求める。弁護士をたてて何故そのような特別な教育が必要なのかを立証してゆくのは大変な作業なのだが、そこには不公平であるという根本的考え方から始まった窓口が開かれているのだ。

性格の違う2つの国で、それぞれの長所短所を感じながら数々の場面に遭遇してきたのだったが、久しぶりに日本で見た現状は以前の自分に引き戻されるとともに、日本人のメンタリティとして理解できる部分も多分にあり、考えさせられてしまう。

自分の息子の障害について相談して、最初に聞かれるのが「Are you doing fine?」
助ける側に大切な違いがあるとすれば、ケアする側の人をもっと認めるやさしさなのではと思わずにはいられなかった。




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by gakuandben | 2008-07-25 15:50 | 自閉症に関して
初夏のミステリー
あれだけコンピューターにかじりついていたベンが言い出したのは、

「Dad, I have to disconnect internet」

ええっ!?ディスコネクト(切断)って、インターネットが命のようなベンが何でまたそんな事を言い出したんだ?と最初はおもしろ半分に聞いていたのだが今日で3日目、 何十回と同じことを言われているうちにだんだんと具体的な問題が見えて来た。

ベンが言うのは、
1、ユーチューブなどの動画サイトをブロックして欲しい。
2、動画サイトは脳に良くない
3、コンピューターは消して、テレビや本を読むのが良い
4、健康に良いものを食べる

4は直接コンピューターに関係していないが、何かにつけてベンが言うことで問題を解決したいときの最後に必ず出る結びの言葉とも言える。

まあ、少しコンピューターから離れることになるから丁度良いなと思い放っておいたのだが、今日になってベンは 「I am scared」と言いながら泣き出した。

泣くとなると、事態は深刻だ。ベンに一体何を恐れているのかをしつこく聞き出してみると、どうやらプレイモービルに関したサイトから、問題が起こっているようなのだ。

プレイモービルといえば、ベンが8歳くらいまで熱中していたプラ人形のおもちゃなのだが、点の目がかわいらしく想像力をかきたてられる楽しい遊びで、大人でも多くのコレクターがいる。

話をつめてゆくと、ユーチューブで見たプレイモービルを使ったムービーの中に、問題のある内容のものがあったようで、「Children are crying」とか、「インターネット・ポリスに電話しなければいけない」などと言っていたことから、何かしらの悪い内容があった可能性がある。

とにかく、ベンはトラウマになるくらいの嫌な内容の動画を見て、動画サイト、そしてコンピューターまでもを恐れているようなのだ。コンピューターに「STAY AWAY」と張り紙をし、モニターには買い物袋をかぶせてから取れないようにセロテープで貼ってしまった。

何かがベンの頭のなかでぐるぐると回っているようでしまいには、「コンピューターの無い場所に行かなければならない」と言いながらソファで横になっているうちにうたた寝までしている。

魂が抜けたようになってしまったベンは少しして起きると、また同じ事を言い始めた。 「ベン、コンピューターは自分で操作するものだから見たくないものがあれば、見なければ良いだけなんだよ!」と強い口調で言い、コンピューターの所へ一緒に行くと、怖いと言いながらスイッチは入れる。

しばらく一緒に見ていると、だんだんと活気を取り戻してくるので、「ベン、もう大丈夫なのかい?」と聞くと、「Yeah, I am OK」とすっかり立ち直った様子でインターネットを楽しんでいる。それは、まるでお化けの恐怖に怖がる小さな子供を暗がりへ連れ出すかのようでもあった。

3日間続いた6月の真夏日の後に起きた不思議な事件は、今も真相がわからないまま。隣の部屋からは、ベンが動画サイトを楽しむ音が聞こえてくる。

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by gakuandben | 2008-06-14 06:45 | 自閉症に関して
行ってしまったバスの後
小さな頃からあいまいだった、IとYOUの関係はベンの言葉の理解にとっての大きな難関のようで、今も続いている状態だ。

「Can I come with you ?」 (一緒に行ってもいい?)は頻繁に使われるフレーズだが、ベンは「Can I come with me ?」と言ってしまう。

確かに、「私」と「あなた」の関係は、主となる人がいてこそ成り立っているために主となる人が常に変わってしまい、He や she または名前のように普遍のものではないところに問題がある。


学校のバスに乗り遅れたベンを連れて、天気のよい朝の街を2人で歩く。雨上がりの清々しさも手伝ってか、ベンがナイスな事を言ってくれた。
「Dad, I love to walk to school with me」

?

「ベン、meじゃなくてyouだろ?」と言うと即座に言い直すのだが、これだけの年数を間違え続けているということは、よほど頑固な論理なのだろうと察する。もしかするとホントにyou無くてIで、ただ自分のことだけを言っているだけだったりするかも知れないなとも思ったこともあるが、指摘をすれば言い直すのでそういうことでもなさそうだ。

せっかく相手に対して良い事を言っているのに間違っていてはもったいない。名前と照会して説明しようと思い、「ベン、Iはベン、Youはガクなんだよ。もしダディが言ったらIはガク、Youはベンなんだ。」と力説すると「OK Dad」といつもの返事だが、考えて理解した様子でもない。

今回もベンが自分で理解するのを待つことになりそうだが、その目の奥には可能性の光も一杯入っていて、そんなナイスな一言を言ってくれるベンを愛おしく思うのであった。

春風にのった雨上がりの街の匂いは緑色で一杯だった。

                              

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by gakuandben | 2008-05-28 14:24 | 自閉症に関して
活かされた時間
ベンはステージにあがると、にこにこしながらギターを弾きはじめた。3つのコードと音だけで演奏できる「ルイ・ルイ」だ。

2人だけの演奏だが、もう一人の子がコードを弾けるので、ベンは単音3つを弾くだけで何とかなっている。

幼稚園児から高校生までの自閉症児が一同に集まっての学芸会は、今年もそれぞれが出来る事を一生懸命にやっていた。

どうしたって比べることの出来ないこのパフォーマンスを見ていると、表現することの純粋な喜びが目の前に広がってくる。

車いすに乗った高校生の女の子は、アリシア・キースの「No One」を歌った。無心に歌う表情は幸せに満ちあふれていて、聴いている側の気持も彼女の喜びに合流してゆくのだった。

パフォーマンスを見ていると、本当にそれぞれに違った自閉症の症状があり、単に障害を持っているというだけの観点に加えて、それぞれの障害を考えさせられる場面でもある。

ある生徒は自閉症に関してのスピーチを何のよどみも無く読み上げ、先生やスタッフに感謝の辞を述べるが、客席ではステージに上がることもままならず、スタッフと一緒に座っていなければならない生徒もいるのだ。

だからクラスがあっても、それぞれの能力に合わせて結局は一人一人に対応してゆく必要があるわけで、先生方の努力も大変なものに違いない。

今後、自閉症教育の専門家がたくさん必要になってくるのは間違いないし、スタッフを減らさない為の予算を確保しておくことは、彼らの将来にとって絶対不可欠だろう。

幼稚園クラスの演技を見ていて、ベンが小さかった頃の事を懐かしく思い出す。皆がそれぞれに、それぞれの方法で成長してゆくのだった。                     

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by gakuandben | 2008-05-22 03:57 | 自閉症に関して
Autism Awareness Month
オーティズム・アゥエアネスの月である4月は、一般の人に自閉症に関する認識を高めてもらう為のイベントが数多く行われている。

去年のこの時期に始まった「ロック・オーティズム」は音楽ケーブル局VH1のが主催しているのだが、その後も1年間ずっとスポットを流し続けていて、現在も続行中だ。

エアロ・スミスのスティーブン・タイラーやKISSのジーン・シモンズが真面目な顔をして自閉症の現状を伝えるこのスポットは、僕が感じたのと同じようにロック・ファンである親なら誰しも心強く思うに違いない。

こうした有名人の活動は、それに加えて一般の人へのアピールも絶大な効果があるだろう。サイトに併設されたコメント欄を読んでいると、その反応は手に取るようにわかる。

先週の日曜は、やはりケーブル局のコメディ・セントラルが主催した、ライブ中継のファンド・レイザーが行われた。

多くの有名コメディアンが登場して、募金を募るというものなのだが、かなりきわどい内容で、見ている方が心配になってしまうようなジョークや、放送禁止用語も連発されているような状態なのだが、合間に自閉症の現状を紹介するビデオなどが流れ、募金の趣旨は一貫して伝えられている。

コメディアン達のパフォーマンスも、それぞれが募金につながるようなメッセージを持たせてはいるのだが、それとは関係なくばかばかしさに笑えてくる内容でもあった。

シット・コムの人気番組オフィスで主演するスティーブ・カレルは100ドルの募金を例に100ドル分のカクテルとケーキを食べてみせたり、売り出し中のサラ・シルバーマンは自分に自閉症の従兄弟が居る事を冒頭でちょっとだけ触れるのだが、最後は体をはった芸で爆笑を誘う(ビデオ参照)。

しんみりとした雰囲気はどこにもなく何も考えないで見ていれば大物コメディアンの集結した豪華なショーなのだが、当事者である僕にとってはそういった気の抜け方も心地よく感じられるものがあった。全体にあたたかい思いやりの気持が流れているのがわかる。

とりあえずは何でも良いから知ってもらえることが有り難いのであって、逆に涙の感動ストーリーを番組にして見てもらえないより、人寄せ的な番組でもたくさんの人に見てもらえた方が興味の無い人にまで知ってもらえるチャンスがあると思うのだった。



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by gakuandben | 2008-04-18 02:34 | 自閉症に関して
Dream Boys
物事に対する反応が大袈裟な奴というものは居たものだが、今のベンは大袈裟を通り越して、自分で話を作り上げてしまう事がある。

セリフ(台詞)口調の受け答えでも、語彙数が確実に増えているのは喜ばしい事なのだが、その解説の先には事実に反することが含まれているのが大変迷惑なのだった。

学校では、先生から注意されたのをきっかけに前の席に座っている友達が、自分をからかっていると言い出したそうだ。「You are teasing me !」

何もやっていない友達は、さぞかし当惑したことだろうが、パニック状態になった時の八つ当たりとも言える被害妄想はさらに発展して、先週の事件を迎える。

ようやく整理のついてきた部屋に必要なものを買い足しに、週末の込み合ったIKEAにベンを連れて行った。

IKEAでのベンはいつも割と楽しくしていて、その日もミート・ボールのランチや、展示されている部屋のディスプレイを満喫しているようだった。ただ、順路にそってデザインされた店内は死角も多く、一瞬目を離したすきに姿が見えなくなったかと思えば、すぐ横にある部屋のベッドに横たわっていたりするといったことがしばしばある。

それでも何十回と通っていることもあり、見失っても何となく見つかるという甘えがあった。ショールームとマーケットが1階と2階に別れた構造はどこのIKEAも同じ作りをしているが、どちらの階も巨大なスペースであり、2階に居なければ1階にいるという事がすぐさま確認できるような場所では無いのだ。

独立心が出て来たのか、最近のベンは人の話を聞かずに自分の判断で行動してしまう事が多い。そんな事からも僕がトイレに行く前に「1階に降りてよい」と伝えたのだが、指示を聞いた事を確認しなかった事に問題があった。ベンが先に1階に行ったと信じていた僕らは、彼を2階に残したまま1階に移動してしまったのだった。

それでも10分ほどは危機感もなく、きっと先の方に居るのだろうと思っていたのがさらに時間が経つにつれ不信感に変わって来た頃に店内アナウンスがある。「ベンのご両親は近くの店員までご連絡ください」

!気の弛みというのは重なるもので、いつもなら持たせている携帯電話も家に忘れてきていた。皆で顔を見合わせるや否や店員に連絡すると、2階の子供部屋のショールームに居るとの事。

それぞれ別の経路を辿って駆けつけると、ベンは既に妻と一緒に居たのだが、彼女は「私が先に来て良かった」と言う。どうやら、ベンは係員の方と子供用ベッドに座って僕らの到着を待っていたのだが、その間「This is a disaster」(最悪の事態だ)、「Daddy going to punch me」(お父さんに殴られる)とか「I am scared」(怖いよ)などと言いながら泣いていたそうなのだ。

全身の力が抜ける思いがしたが、確かに彼女の言う通り。ベンの周りは通行量も多いところで皆立ち止まりはしないものの、僕は遠巻きに見ている人の興味の対象になっていたことには間違いなさそうだ。

現実と空想の世界を秒刻みで行ったりきたりしているように見えるベンは、迷子になった恐怖でパニックになり、その先に待ち受ける恐ろしい話を作り上げていたのだった。

アイスクリームを食べて機嫌良く車に乗り込むベンだったが、僕の脱力感は簡単には戻らずに、次の本屋の駐車場では昼寝をすることにした。


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by gakuandben | 2008-04-11 02:07 | 自閉症に関して
Costco な生活
コスコ(日本ではコストコと読むそう)はアメリカで始まった会員制の一般消費者向け卸売り店だが、これだけ物価高になると、普通のスーパーのものは何でも高く思えて、コスコで買ったものでなければ割安感を感じることは無いくらいの状況だ。

そんなわけで、近所のスーパーで買い物をするのを極力控えて、週末に行くコスコが頼りでウチの家計は成り立っている。

ただ、問題はどうしても1度に買う量が増えてしまう事。ほとんどの商品が数のまとまったパッケージになっているので、買うと同時にストックをすることになり狭いアパートでは置き場所にさえ苦労する。あまり食べない食品などは腐らせてしまうし、コスコでの買い物は、結構頭を使うのだ。


そういった真剣勝負な買い物の間、ベンは本とDVDのコーナーで好きにさせているのだが、時々売られているソファの展示品にどっかりと座って本を読んでいたりすることもあって、人から干渉されない楽しい場所のようだ。

1月ほど前のこと、買い物を完了して本のコーナーにベンを探しに行くと、目を輝かせて「I found classic book series」と言ってボックスに入ってセットになった小学生向きの本を差し出して来る。

古くからある、子供本のスタンダードらしいシリーズはシャーロック・ホームズやハイジなどの作品が大きめの字の本文とイラスト入りで構成されている。 文章のページの隣は必ずイラストなので、絵本から普通の本への過渡期を意識した作りがベンの心を捉えたのだろうか?

「買うのかい?」と訊くと「No,I don’t want to」と言うのだが、これは好きすぎて興奮を抑えきれない場合に起こる現象で、実は欲しいという事が殆どなので、「ああそう」と言いながらショッピングカートに入れる。

案の定、店を出るや否や、本を手にとって嬉しそうにしているのだが、僕はベンか本当にこの本を読むのかは半信半疑でいたのだった。

ところがその夜から寝る前にその本を取り出して読んでいる。何故か読んでいる本を毎日必ず学校へ持ってゆくようになり、朝にはベッドの横に落ちた本を拾い上げてバックパックにしまい込む。見ると本にはきちんとしおりが挟んであり、本の扱いが僕より格段に良いではないか。

1週間ほど前には一冊目の本を読み終えた事を報告しに来た。「I finish to read Sherlock Holmes, I am going to read Heidi(ハイジ) next !」と嬉しそうに言っている。

8冊セットで10ドルちょっとのまとめ買いは、安いばかりでなく、次を期待するベンの楽しみをもたらしてくれた。


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by gakuandben | 2008-03-06 14:47 | 自閉症に関して
Rebel Without a Cause
テレビドラマに登場する自閉症者は、きちんと型通りの生活をして、パニックを起こさない限りは物静かな人物であることが多い。

これも1つのタイプなので決して間違ってはいないのだが、自閉症者のイメージとして一般の人が持つのは恐らく殆どがこういったレインマン的なものだろう。

もっともレインマンは特定の分野に限って天才的な能力を持つ「サバン症候群」なので、自閉症といってもさらに稀にみるグループになる。自閉症に起因するという説もあるが、高機能自閉症者なら誰もがそういった能力を持っているかのように勘違いされている場合も多いのだ。

さて、ベンはどうかというと前途した記述に全くそぐわない自閉症のタイプで、
簡単にいうと自由奔放型とでも名付けようか? 形式めいた事もするにはするが、意外にフレキシブルで絶対に○○でなければならない的なものは少ない。

笑わないわけでもないし、無表情でもない。感情表現は必要以上にあるような感じさえする。そんなわけで、小さい頃には全く自閉症の兆候にあてはまらないように見え、言葉の遅れと言われ続けてきた。そして、それは確かに今を持ってしてもあてはまっていないのだった。

ベンが自閉症であることの決定打は、自分以外の世界との交信が無くなってしまう事。はまり込んでしまうと夢の中にいるようになってしまう。昨日は学校に迎えにゆくと、読み書きの先生が最近のクラスでのベンの様子を教えて下さった。

「ベンは好きな勉強以外はやりたくないようで、最近は私が質問しても上の空でいることが多いですね。宿題もやっていないようですし」。先生は苦情を言うというスタンスではなく、ベンのことを一生懸命に考えてくださっているからの発言だというのが話し方から受け取れる。

宿題は必ずやってゆかないと気が済まないベンだったが、ここにきて状況が変わりどうでも良いことになってしまったのか、単に忘れてしまっているのか。どちらにしても好きでないことをやらないで済ませてしまうという考え方に基づくものには違いなさそうだ。

がっかりした気分にさらに追い打ちをかけるように、担任の先生はベンが怒って机を叩いたり、蹴り飛ばしてしまったという話をして下さり、状況は穏やかではないことを知った。

自由奔放型と名付けた通り、感情のおもむくままに行動してしまっているようで、自分の中でのルールはおろか、社会の規律を乱すほどの傍若無人ぶり。即座に先生の前で注意したが、事の重大さに気づいたのかベンは「I’m sorry」と先生と僕の両方に言い続けている。

思春期における感情の起伏がそのまま行動に現れているようで、さらに話を聞くと、気に入らないことがあるとゴミ箱を蹴ったり、何もしてもいない友達が自分のことをからかっていると思い込んで言い合いになったりということもあったそうだ。

理由なき反抗?

やれやれどうしたものかとため息をついていると、夜も11時をまわりベンが「Good night, I’m doing good job」と言いにくる。しばらくして部屋を覗くとBill EvansのWaltz for DebbyのCDを聴きながら寝ているベンがいた。

どちらも寝る時の平和な儀式だった。


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by gakuandben | 2008-02-10 03:02 | 自閉症に関して
Believe in Humanity
ここ数日間気になって仕方が無いニュースが、佐賀の知的障害者取り押さえ死亡事件。

事件が起こってから3ヶ月以上経っているのだが、被害者のご両親が県警を告訴したことにより、障害者に携わる僕らにはさらに目の離せないニュースとなった。

25歳の授産施設に通う自閉症者が、自転車に乗っての帰り道にパニックを起こし、警察に拘束され死亡という話なのだが、焦点となるのが警官が暴行を加えた可能性があるという事。

当初は事実を隠していた県警も、目撃者の情報により再検証を迫られることになる。

事実関係がはっきりとしないので結論づける段階ではないが、もし暴行を加えているのであれば、間違いなく警察の過失であり恐ろしい話である。

取り押さえの際、体を触られたことにより興奮した障害者から唾を吐きかけられたというから、警官が逆上し殴った可能性がある。さらに、彼らは障害者とは知らずアルコールか、薬物中毒患者だと思っていたとも述べている。自転車に乗れるくらいなのだから、確かに外見は普通に見えたに違いない。


実はこの部分がまさに僕が常日頃心配している事であり、成人してゆく息子を危惧する最大のハードルと重なっているのだ。

もし、この話がアメリカであったなら暴行の部分は無くなり即座に銃で撃たれてしまう結末だってありうる。実際に、持っていない拳銃を出すような動作だけで撃ち殺されてしまった(健常者)という事件も訴訟になっている。

しかし、この佐賀の事件に関しては、たとえそれが何らかの中毒患者であったにせよ5人がかりで取り押さえ、さらに暴行を加える必要は無かったと思われ、事実関係の究明、告訴も当然の事だろう。

普通に見える外見と障害を持った内側。明白に障害のわかる身体障害者とは違い、誤解される事の辛さは一生つきまとう。僕らは今まで何度説明しただろう、バスの乗客すべてに向かって、病院の待ち合い室で、公園の砂場で、そして警察官に。

授産施設施設で仕事が出来るようにまでなった息子さんを、ご両親はどんなに誇りに思っていたことか。

インターネットでこの事件に関しての意見を見ると、それぞれの立場や感覚でそれぞれの言い分があり、誰が悪いのかを見つける事に終始してしまう議論は読んでも暗い気持ちになるだけだ。

そんな中で行き着いた明るい情報は、障害者であることを知らせるバッジ。
こういった事件をきっかけに、全国、世界レベルで何らかの共通サインが使われるようになればという希望が見える。

リストバンドなど、障害者の証明のある人のみに配られるようにして、せめて警察官のみにでも認識できるようなシステムに出来ないものかと考える。サインは、差別や犯罪のターゲットにされるなど別の問題を生み出してしまう可能性もあるが、トラブルが起きた時の最終段階で頼れるのはやはり警察だろう。

その警察に誤解され、殺されてしまう可能性があるのでは、本当に行き場のない気持ちにさせられてしまう。

つづく
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こちらはイギリスTreating Autismで販売しているバッジ
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by gakuandben | 2008-01-17 09:01 | 自閉症に関して