ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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PAPAYA KING
ベンは肉が好きだ。いつも書いているように、未来のことを確認しないと気が済まないので、「What's for dinner?」はほとんど口癖のようなもの。そしてベンの食べたいものは、肉をはじめとするチキンや魚。夕ご飯の主役となるもを特定して、その中に3つのうちの一つが入っていれば良いわけなのだけど、スパゲティ・ミートソースとか、ハンバーガーとか具体的なメニューを言うまでいつまでも聞いてくる。

こちらも、朝や昼から給食のように夕飯のメニューが決まっている訳は無いので、
適当に、「お肉」とか「魚」とか言っておくのだが、メニューを言わないと意味が無いようだ。「何かおいしいもの」とか、「ベンの食べたいもの」とか言うのもダメ。

そのくせ逆に何が食べたいのか聞くと、「ミート」とか言って漠然な答えしか返してこない。だから、食事に関しての質問&応答はほとんど儀式化してしまって、1日に2、3回、いつも同じ様な問答をして終わる。

で、いざ食事になると、お肉や魚だけをもの凄い勢いで食べてしまい、ほとんど飲み込んでいるようにも見える。白いごはんは後からごはんだけ食べておしまい。「Finish」といって、まだみんなが食べているのに、自分だけデザートが食べようとするので、さすがにそれは皆が終わるまで待たせることにしている。

好き嫌いは無い方だが、ささいな理由で毛嫌いする食べ物もあって、よく分からない部分も多い。例えば、グリーン・アップルがシャキシャキしていれば好物なのだが、食べてみて少し柔らかいと、絶対に食べなかったり、チーズの種類でチーズトーストを食べなかったりする。食べ物に対しても、何かひとつのイメージがあって、それ以外は受け付けないということなのかもしれない。

最近の進歩は、ハンバーガーやホット・ドックを食べる時に、肉の部分を先に食べてしまうことをしなくなったこと。一緒にはさんで食べるということを理解したのか、味のバランスが良いからやっているのかは分からないが、小さい頃から必ずしている食べ方が急に直ったので、普段の食事でも、ごはんとおかずをバランス良く食べるのにつながればと思っている。

好きな食べ物が夕食に出て、自分が食べ終わったあとにまだ余っていると、まだ、僕が食べているのに、「これは、明日食べるからとっておいて」と言われてしまう。とにかく凄い食欲だ。これからの食費を考えると、恐ろしくなる。

パパヤキングはベンも大好きなホットドックの老舗。なぜかパパイヤのシェイク・ドリンクを一緒に売ることで、少しヘルシーな感じがする。
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by gakuandben | 2006-04-30 15:50 | 自閉症に関して
PLAYMOBIL
どんな年齢になっても、物欲をコントロールするのは大変だ。お金に制限のある限り、一生ついてまわる問題で、お金の価値をあまり理解していない子供をうまく納得させるのは大変だし、さらにベンのような自閉症児となれば、お金自体のコンセプトを理解させるのでも、大変なのだから、かなりの根気と時間を要する。

2、3年前までベンが好きだったのは、プレイ・モービルというアメリカではポピュラーなドイツ製のおもちゃ。「組み立て式でプラスチック製のドールハウス」とでも説明するのが適当か?4、5歳の頃から集め出して9歳くらいまでは、プレイ・モービルで必ず遊んでいたのを覚えている。

普通の子がする遊び方とはちょっと違って、人形自体を動かしたりするわけでもなく、淡々と、人形や家具を並べてある生活のスナップショット的な風景を作り出すというもの。テレビ台の空いているスペースだったり、ちょっとしたコーナーに細々と人形を並べて作る小世界は、ちょっとしたアート・ワークだった。コンピューターと平行して遊んでいたのが、段々とコンピュータ、特にインターネットを使うようになってからその割合がコンピューターだけになっていった。

小さい頃から、ビデオのエンディングロールを見るのが好きだったのが関係しているのか、今、夢中なのが映画について調べる事。それで映画を見るのかというとそうではなくて、監督の名前を調べたり、トレーラー(映画紹介のコマーシャル)を見てエキサイトしている。休みになると、ビデオ屋さんに行ってDVDのパッケージを見たいのもその延長線上にある行動。

だから、最近欲しいものは映画の歴史を年代ごとに集めた映画の本。これが結構な値段のするもので、まあ、百科事典のようなものだから、そうそう買ってやつわけにもいかず、一月に一冊と決めているのだが、これが待てない。プレイ・モービル時代は2ドル程度の小さな人形や、小さなセットを買い与えてごまかす事も出来たが、欲しい本の題名まで決まっているわけだから、それも出来ないので、ついに理解してもらわなければならないところまで来たという感じ。

カレンダーの概念は理解できるので、来月というのはわかっているのだと思うが、将来に起こる事を、何度も何度も口に出して言わないと気が済まない。未来に起こる事を具体的にとらえるのが、とても苦手なのだ。それでも、何とか納得できるところまで来たのは大変な進歩だと思う。

これから、値段の高いものを好きになってもらわないようにと祈るばかりだ。
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by gakuandben | 2006-04-29 01:04 | 自閉症に関して
炎のバイカー
今日は、ミッドタウンで昼間にリハーサルがあった。昼間のミッドタウンに行く時は、天気が良ければ必ず自転車で行く。というのも、もし車で行けばどんな渋滞に巻き込まれるかわからないし、駐車料金は間違いなく2時間で30ドル以上。地下鉄は往復4ドルで済むけど、距離が近い割に乗り換えが多くて時間がかかってしまう。

交通ルールが厳しく、自転車は歩道を走ってはいけないので、車道で車と一緒に走ることになる。ところが、人と自転車の信号無視に関して逆に警察は寛容だ。だからニューヨークっぽい風景としてテレビや映画なんかでよく見る、自転車メッセンジャーの人達は、まさに曲芸に近い自転車の乗りこなしで、僕ら一般のバイカーには決して真似することのできない危険な信号無視、すり抜けを繰り返して、あっという間に走り去っていってしまう。警察も、人を傷つける可能性のある場合は取り締まるが、自らが危険な目に遭うのは自己責任という考え方のようだ。

最初、僕にとって歩道を走れないのは抵抗があった。日本では、当然走るのは安全な歩道だったし、前方不注意のドライバーに後ろからはねられるというのは、良くある死亡事故のケース。常に後ろから走り抜ける車にひかれてしまうんじゃないかという不安がつきまとう。そんなわけで、坂も少なく、自転車が本当に便利なこの街で自転車に乗る人はとても少ない。デリバリー、メッセンジャーがほとんどで通勤、通学に使う人は自転車好きな人に限られる。危険なのに加えて、密かに自転車に乗れない人も多いのかも。

おまけに、道路事情が最悪で、ポットと呼ばれている穴があちらこちらに出現するので、よく路面を見ていないと車に轢かれる前に、自分から転倒ということにもなりかねない。自転車の車輪のサイズは軽く入ってしまう大穴もよくあるので、夜間は特に危ない。色々なことに気を配りながら、危険の恐怖にさらされることから、気が付けば異常に攻撃的になっている自分に気づくこともしばしば。タクシードライバーと大喧嘩しているメッセンジャーの人達の気持ちもわかる。

でも、マンハッタンの自転車乗りでちょっと好きなのが、セントラル・パークを通過出来る時。これは、信じられないくらいのどかな、ほのぼのした自転車乗りになる。そして、公園を出てさらに南下してゆくとミッド・タウン、タイムズ・スクエア突入となるのだが、ここは渋滞しているとそのフラストレーションがこちらにまで伝わってくるような、ブラッド・スエットアンドティアーズな世界が繰り広げられており、クラクションの音とガソリン、鉄のやける匂いを感じながら車の間をすり抜けるというのも、悪くはない。

ずっとほのぼのしているのも飽きてしまうし、ずっとストレスの中にいるのも嫌なんだけど、適当にメリハリがあるのが心地いいのは、性格の問題なのか、既に都市病の症状なのか?自転車乗りで考えさせられた。
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by gakuandben | 2006-04-27 06:16
NOISE
刺激の快楽というのがある。その刺激が自分で日常的に作り出せるとしたらどうだろう? ベンが隣の部屋で机を叩くノイズはまさにそれだ。叩くことによる刺激と音。重い自閉症の人は度がすぎて、自傷するまでになってしまうことも多いのだが、ベンの場合は幸い怪我をするには至らない程度のもの。

思い起こせば、2、3才の頃からいろんな刺激を楽しんでいた。目の前で手を降ってちらちらとした視覚を楽しむのに始まって、とにかくぴょんぴょんと跳ねていた時期もあった。目の近くに手をかざしながらくるくる回るというのは、今でも時々やる。これは、大きな室内ホールのようなスペースに行くと必ずとる行動なので、何か、周囲の環境や音が関係しているようにも思える。

叩くことによる手と音の刺激は8才を過ぎたあたりから始まって、ここ数年だんだんとひどくなってきている。最初のうちは、体や壁を軽く叩く程度で収まっていたのが、体の大きさも伴って叩く強さも激しくなり、だんだんとエウカレートしてきた。力が強くなっているのに、いつもの調子で叩くものだから、物を壊してしまう。最近はLCDスクリーン(モニター)やキーボード、学校のプロジェクターを叩いて壊してしまい、さすがに参った。だけど、一番問題なのは、去年あたりから興奮するとチックのように叩くのを繰り返してしまうのと、この叩く癖が時に人にも向かってしまうようになったこと。

ひどいかんしゃくを起こした時に暴力をふるってしまう。暴力といってもひっかいたり、腕を強く握ったり、蹴飛ばしたりというレベルのもので、叩く刺激行動の延長線上にあるもののように感じる。だけど、その対象が母親にはじまり、先生、友達と、だんだん広がってきているのが良くない。

見ていると、たまったフラストレーションが噴火したかのような勢いで、止めるのも大変だ。ただ、本能的なものか男性にはアタックせず、かならず女性か、男なら自分と同じ年頃なのが、力関係に対して冷静であるようにも思える。

この前も隣に座っている女の子の持ってきた本が見たくて、それを拒んだその子をひっかいてしまったらしく、学校から電話がかかってきた。その前は給食のおかわりが原因で先生のことをひっかいている。母親に対しては、ほとんどがベッドタイムの前にコンピュータをやめさせる時で、必ず僕が仕事で居ない時に起こる。

人を傷つけるのも大変なことだけど、見かけは普通に見えるベンが、見知らぬ人を叩いてしまい、殴り返されるなんていうこともあり得るので早めに何とかしたいものだ。(以前、土曜日に行っているリクリエーションで、他の大きい男の子に殴り返されて、パニック状態で帰ってきたこともあった。)

薬でコントロールした方が良いのかとも思い、医者にも相談したが、かんしゃくを起こした時のためだけにいつも薬を飲むというのもあまり勧められないという意見だったので、先週から、行動管理の先生に来てもらい、かんしゃくを起こした時のコントロールの仕方を教わるプログラムを始めている。
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by gakuandben | 2006-04-25 23:34 | 自閉症に関して
ユニバーサル対応
今日は下の子を連れて、ヤンキースタジアムのデーケームに行ってきました。ベンは毎週土曜日に、自閉症児を集めて行うリクリエーションに行くので、下の子のリクエストにつき合ってあげられるのです。というか、自分も行きたいんだよね。文章にすると本当のことがわかる。

降雨確率100%なのに、何とか6回までは雨が降らずに済んだ。マツイは昨日、満塁で見逃し三振の悲しい結末だったので、今日はなんとかして!と思っていたところに、満塁2ベースがでたのでみんな大喜び、その後も猛攻をしている時に雨が降り出し、点差のひらいたところで帰ることにした。

帰りの地下鉄は、あらゆる人種のヤンキーファンで一杯。そこで思ったのが、野球の素晴らしいところ。あらゆる人種のプレイヤー達が、チームの一員となって活躍するアメリカでは、野球のプレイヤーのオリジンによって、その国民なり人種なりの理解の助けになるという点で、かなりの効果があるものじゃないかと思う。

実際に、僕自身イチロー、マツイ、イグチがこちらで活躍し始めてからは、スポーツ・バーなどではかなり居心地がよくなったことは確か。それ以外にも、ちょっと野球ファンの人ならば、日本人といえば.......という感じになってくるので話のきっかけもつかみ易い。ニューヨークには日本人が多いからあまり感じないけど、オリオールズのホーム・ゲームにヤンキースが行った時には、ボルチモアだから、「日本人マツイ」の存在はかなり大きいし、野球チームのある都市に関しては親善大使級の役割はあるんじゃないかと思う。

逆に僕は、ピッチャーのチン・ミン・ワンが活躍して台湾で野球が盛んなことを初めて知ったし、近隣国の出身者として親しみが湧くなんてこともある。またヤンキースで活躍する半分以上の選手は南米、ドミニカ、プエルトリコやパナマの出身で、南米系移民の多いイースト・ハーレムやブロンクスの盛り上がりも理解出来る。

そういえば、僕が小学生の時には、何の理由もなく巨人の5番ジョンソン選手が好きだった。何だか格好良く見えたんだと思うけど、こっちの日本人でない子供もマツイが好きな子は多い。日本人としては、何だか街で日本人以外の人がマツイTシャツを着ていると嬉しくなるもの。他の人種の人達もそれはあるんじゃないかな?

それでも、これだけヘイト・クライム(人種関連の犯罪)の多い街に住んでいると、ひどいニュースも多く、ちょっと心が折れそうになる。それに正直言うと自分だって、人種で人を中傷してしまう時だってあるくらいだから、そんな自分にとって野球は大きな理解の助けの一つになっていることは確か。

違ったものを理解して受け入れるのには、理解する努力が必要だというのも、気が付けばたくさんベンから教わったこと。誰もが違って当然というところからスタートすることにしています。f0097272_12494326.jpg
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by gakuandben | 2006-04-23 12:48
歌詞のエネルギー
ニューヨーク→ミュージシャンと言えば、何とも格好よく響くフレーズだけど、実際のところはミュージシャンにとって、もの凄く大変な街だ。アメリカ中にとどまらず、ありとあらゆる所から、あらゆる才能の集まってくる場所だから、飽和状態になってしまうのも無理ない。競争が激しいから音楽家として結構なキャリアを持った人でも、別の仕事を持っている人が多いし、生活を安定させることにより、自由にアート性の高いものを追求している人など、昼間は仕事をしながら、素晴らしい作品を作り出すアーティストもたくさんいる。

シェリルもそんな友人の一人で、もう10年来の付き合いがある。ニューヨーク5番街にある老舗の高級デパートで働く彼女は、メイクアップ・アーティストでもあり、化粧品の販売をしている。ローワーイーストサイドにあるピアノという店で定期的に行うギグでは、彼女の歌とアコースティック・ギターと僕のアコースティックベースだけというシンプルなものだけど、そのパフォーマンスはメッセージがたくさん詰まっているものだ。

シェリルのギグでは、何人か他のシンガーもギター1本で歌っていたけど、その強いエネルギーに感心させられた。歌詞に込められたメッセージを歌って伝える、シンプルでストレートな音楽の表現。

音楽を職業にしている人には、楽器の演奏や歌を歌うことが好きというのが大きな条件としてあるだろうけど、自分のプレーに対しての満足感や開放感の方が先立ってしまうことも多い。ギターだけを弾きながら歌う彼らは、僕のように、楽器だけで、テクニックを重視しがちな音楽に携わっていると、つい忘れてしまいそうになるメッセージの大切さを教えてくれる。

そして、当然のように見えてくるのが、この競争の激しい街では、どちらにもバランス良く卓越した人が素晴らしいミュージシャンとして活躍していること。

ジャンルや形態にこだわらず、お互いに良い音楽のためにリスペクトし合える環境にいつも身を置いていたい。
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by gakuandben | 2006-04-22 06:40
エ(イ)クスキュース・ミー
今日のメニューは歯医者とオモチャ屋さん。車で59丁目の橋を渡って10分ほど走ったところにある、クイーンズのアストリアに行ってきた。おなじみのトイザラスはちょっと寂しい感じのショッピング・センターの一角にある、ベンお気に入りの場所。3、4年前は毎週のように来ていた。

今になって考えてみれば、ベンにとってオモチャ屋さんは、本屋やビデオストアに比べてら、かなり楽に振る舞える場所だった。子供の集まる場所だから、展示方法も安全だし、多少問題があってもみな寛容だ。それが本屋となると、完全に一般の人の中での行動なので、マナーなど細かい点も注意しないといけない。

例えば、本屋で探す棚が他人と重なってしまったら、僕らの感覚なら少し待つなり、急いでいれば「Excuse me」ということになるのだが、ベンにとってそこに居る他人はただの障害物になってしまう。結果として、もの凄く強引な割り込みをしてしまうことになる。「Excuse me」を教えると今度はそれを言えば良いものだと思って、「EXCUSE ME !」と大きな声で言いながら、突進してしまう。

こういった、何となく自然にできる人とのかかわり合いが、彼らにとって大きな課題になるわけで、1つ1つ積み重ねるように教えていかなければならない事。公園の砂場で砂を投げてはいけないというのに始まって、今は本屋がその教材になっている。

歯医者でのベンは、「I'm scared」(こわいよー)を連発していたけど、これは何かの本かビデオ(多分キュリオス・ジョージのジョージ歯医者に行くの巻)の影響で言っていたようで、実際に椅子に座ると、大人しく口を開けて問題なく終わった。

5歳くらいの時に、虫歯治療をするのに全身麻酔をかけたことを思えば、信じられない進歩だなあ。ありがとうベン。全身麻酔はお金も半端じゃないからね。

トイザラスで見つけた松井のフィギュアの顔があまりにも似ていないので写真に撮ってみた。他の二人も似てないけど。(右はジータ、左がジアンビ)
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by gakuandben | 2006-04-20 23:56
真冬のブランコ
アメリカの学校は今、春休み。子供が学校に行き始めてから、就学時間イコール自分の時間だったのが、休みの時には完全に子供のための時間になる。妻も昼間は働いているので、たったの1週間半だけど、かなりの覚悟が必要だ。

学校が休みになるともう一つ大きな課題になるのが、以前のブログでも書いたように、ベンの行きたいところに対する「こだわり」への対処。どんな子供でも休みになれば、行きたい所ややりたい事があるだろうけど、ベンの場合はちょっと強力で、とにかく必ず行かなければ気が済まないところがある。そんなわけで僕ら家族の週末の過ごし方の基本になっているのは、ベンの行きたいところにとりあえず行くことになっているくらいだ。

ここのところ2、3年は本屋とビデオ・ストアー、その前はオモチャ屋さんだった。もとを辿ると公園でのブランコだったかな?とにかくそこに行く事が、ベンが一日をハッピーに送るための条件とも言える。

全く同じ場所に行かなければならない訳ではないので、日によって場所が変えられるし、マンハッタンに住んでいることで、色々と本屋や公園にバラエティがあるのがラッキーだった。まあ、それでもこういった連続した休みの時はなかなかキツい。

こちらも毎日そういったところに連れてゆくのも大変なので、何とか短く楽にしようとするのが、結果として彼のストレスになってしまうようで、あまり満足できなかったりすると、全ての行動でイライラを発散させようとする。だから、満足出来ていない時に予定の変更などのさらなるストレスが加わると、かんしゃくを起こしたりして大変なことになってしまうパターンがよくある。

4、5歳の頃は、こんな時よくひっくり返って泣いていた。これはいわゆるダダッ子がよくやる事だが、ベンの場合は原因が分からず、何かを買い与えれば済むというわけでもないから、右往左往しながらその原因を探っていた。今は大声で叫んだり、物や壁を叩いたりし始めるので、外出先ではかなり大変だ。もう12歳なので、力も強くなって、かんしゃくを起こすとかなり目立つし、見ている人も怖いだろう。

でも、そのイライラの背後にあるのは、何かもっと大きな欲求不満なんじゃないかということに最近気が付いた。例えば、何か買いたいものがあるのだけれど、うまく説明できなかったりとか。だから最近は言葉もよく使えるようになってきたので、何が問題なのかよく聞き出すことにしている。そして、それが可能なことなら、例えばいつ買うとか、出来るだけ具体的にしてあげるのが良いみたいだ。不可能なことなら、その理由を説明して、代わりになるものを探させる。

普通の子供なら、何の問題なく出来る「おねだり」も、どちらになるかわからない中間的な感覚や、人の顔色をうかがうことの苦手な彼らにとってはかなり難しいことなのだろう。

真冬の公園でさえ、いつもブランコに乗りにいったベンは、まだブランコが好きかな?
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by gakuandben | 2006-04-18 11:51 | 自閉症に関して
なんでも訴訟の国、アメリカ
ベンの通う学校はパブリック(公立)で一切お金はかからない。養護学校というのが良いのか、特殊学級というのが正しいのかは、日本の障害者用学校を見た事が無いので見当がつかないけど、どちらにせよ特別な建物があるわけではないのであまり疎外感が無い。

ニューヨーク市の教育課が運営しているこの障害者用の学校過程に入る為には、スペシャル・エデュケーションのオフィスでの、インタビュー、診断、会議が必要で、医師の出した診断書をもとに、ありとあらゆるテストが行われる。つまり、その子供に本当に一番合った学校なのか?ということを慎重に決めさせられることになるわけだ。4、5回はオフィスに行ったかな?

ベンの場合、コミュニティ・センターの保育園に通っていた4歳頃、既に自閉症の診断がされていたので、そのコミュニティー・センターのソシアル・ワーカーの方が会議や、インタビューのセットアップをして下さり、本当に助けられた。かなり多くのプロセスを乗り切らなければならないため、英語という問題も含めてヘルプが無いとかなりキツかっただろう。

最初に診断を受けた専門医に言われた「自閉症の子には、一般の子とは違う教え方や理解の仕方があるので、一般の学校に行かせても、意味が無いことになってしまう場合が多い。」というのが、一番気になっていた事なので、うまくプログラムに入れた時は本当に嬉しく、安心した。妻ともどもとにかく必死だったので。

それから7年間、大きな問題もなく良い先生に恵まれて12歳になったベンに、これからしてあげたいのは、持っている才能をもっとのばしてあげれるような、環境と、ゆくゆくは一人で生活が出来るようにする練習。これには全寮制の学校や郊外の大きな施設を持った学校が良いようだけど、みな私立で学費は年間500万から、1000万とウチでは考えられない額。

ところが、裕福な家庭の子だけがこういった学校に通えるかというと、実は州からの援助金をもらって通うという方法がある。しかしこれには弁護士を立てて、市の教育課を相手に訴訟するという形(「あなた方の用意した学校環境はウチの子にとって最適でない」という訴えを起こす)になるため、さらに気の遠くなるような時間と過程があるので、相当な根気が必要になりそうだ。

公園で、すっかりティーンエイジャーになった保育園の同級生見ると、保育園のクラスルームに一日中付き添って、ベンを追いかけまわしていた頃を思い出す。

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by gakuandben | 2006-04-15 08:02 | 自閉症に関して
Wedding Band
久しぶりにウエディング・バンドの仕事に行ってきた。ロングアイランドにあるワイナリーを貸し切っての盛大なパーティ。ロングアイランドはニューヨークから西へ広がる半島でビーチがたくさんあり、夏になると幹線道路のロングアイランド・エクスプレスウエイは大渋滞となる。ワイナリーがあるエリアはマンハッタンから2時間くらい車で行ったところで、ハンプトンなどの高級避暑地なども近いところ。

アメリカでのウエディングの様子は映画なんかでよく見られるけど、かなりの確率で、何らかのライブ・バンド(生バンド)を入れていることが多い。バンドの種類として一般的なのが、トップ40のバンド。クラシックのロック、ソウル、ディスコから、何曲かは最新のヒット曲もレパートリーに加えている。そして、とても重要なのが新郎、新婦ファミリーの民族音楽を演奏できること。

民族音楽といっても、CDのカテゴリー的ものじゃなくて、彼らにとって自分を証明するような音楽とでも言えるような、テーマ・ソングという風に考えても良いんじゃないかと思う。ジュイッシュの人達なら、ハバナギラ(なぜか蒲田行進曲にそっくりの曲)、アイリッシュの人達はダニー・ボーイ(音楽の教科書に載っていたような気がする)といったように、お約束の曲があって、バンドもそれぞれコミュニティの中でのコネクションで雇われることが多い。例えばグリーク(ギリシャ人)のウエディングでは、9拍子や11拍子の民族音楽をガンガン演奏する専門のバンドを呼んで、徹底的に盛り上がるというパターンが多いらしく、ただトップ40を演奏できるだけでは雇ってもらえない。

そんなわけで、アメリカでの結婚式というのは料理、音楽ともに新郎、新婦ファミリーのお国柄を反映したものになることが多いので、僕らミュージシャンは、イタリアン・ウエディングとか、グリーク・ウエディングといった言い方して、その仕事と音楽の方向性を伝えることもよくある。どちらにしても、ウエディングはお金の良い「おいしい」仕事なので、有り難い限りだ。

アメドリのインタビューで南こうせつさんが、国際人としての愛国心について語っていたけれど僕も同感だ。そんなに大袈裟ではなく、自分の故郷を好きなのが良いんじゃないかな。だから、彼らに自分のルーツを伝えられるような音楽が身近にあるっていうのを凄くうらやましく思う。見ていると、もともとパーティとダンスっていうカルチャーがあって、そのビートが始まると体が自然に動き出してしまう本能がDNAに組み込まれているような感じ。日本でいうと、祭りだ、祭りだ〜ということなんだろう。

そういえば、老人会でボランティアの演奏をした時、日本人の老夫婦がジャズの曲に合わせて盆踊りを踊っていたのを思い出した。みんな見てましたね。

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by gakuandben | 2006-04-13 01:13