ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
カテゴリ
まずはここから読んで下さい
このサイトへの連絡先
お勧めサイト
自閉症に関して
推薦文・プロフィール
タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
以前の記事
2010年 12月
2010年 10月
2010年 04月
2010年 02月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
お気に入りブログ
ニューヨークスタイル
ボーカンシャ ~『ニュー...
プロ女子アメフトプレイヤ...
ニューヨークの日本酒事情...
ライフログ
NYの総合情報サイト
www.amedori.net
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2006年 05月 ( 15 )   > この月の画像一覧
喧嘩のない兄弟
兄弟喧嘩をしたのを覚えている。6歳も年上の兄だったので、動物の本能からして立ち向かうのは馬鹿げていることなのだが、小学校低学年くらいまでは、髪の毛を引っ張ったり、噛み付いたりと出来る限りの方法で立ち向かっていた。それくらい、叩かれると反射的に叩き返してしまうのは、何だか衝動的なものでコントロールするのは難しい。

というわけで、叩かれて、叩き返さないというのは頭で理解して止めなければならないことなのだが、これを小さい頃から実践してくれているのがベンの弟。

もうすぐ10歳になる彼は、物心ついてから、自閉症である兄を理解するのにそんなに時間のかからなかったようにも見える。そして、生まれながらにスペシャルな家族のメンバーと暮らしている僕らの先輩でもある。

僕でさえ、慣れない頃はベンに叩かれて、思わずはたき返してしまう事があったのに、彼は決して叩き返さない。叩かれたのが痛くて何度か泣いてしまったこともあったけど、叩き返さない。ベンがパニックを起こして、家族中がコントロールを失った状態にあっても、一番冷静なのが彼だった。

あまりのひどさに僕が手を出してしまったのを見た彼は、「何で、叩くんだ?ベンは自閉症なんだぞ!そんな事したってわかる訳が無いだろう!」と泣きながら叫んだ。9歳の息子に叱られて、我に返った僕は、興奮のおさまった後、彼に謝ると同時に「いつも助けてくれてありがとう。」と気持ちを伝えると、「しょうがないよ。誰にだってそういう時はある。」と言ってくれる。

友達に自分の兄が自閉症である事を説明して、少しでも自閉症への理解をしてもらおうとする彼は、自然にスぺシャルな人達を見る事のできる天才だ。ありがとうベン、そして弟よ。君が高校を卒業してどこかへ行ってしまう前に、ベンをきちんと理解出来るようにするよ。それまで、色々と教えてください。

f0097272_2313867.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-29 23:15 | 自閉症に関して
What do you think ?
意見を言う事に慣れていなかった僕は、英語の問題だけでなく、意見を求められる状況になると固まってしまうことが多かった。

小学校で演奏して、ステージから降りれば子供達が「I think you guys are great !」(あなたたち、すばらしかったわ)とか、「I think this is one of best performance I ever had」(私が今までに見た中で最高の部類です)なんていう嬉しい意見が聞ける事もある。日本で僕が小学生だった頃の状況で考えてみると、大の大人に向かって小学生の分際である子供が、その善し悪しについて意見するというのは、とてもおこがましく、失礼にあたると考えて、多分「ありがとうございました」と言っていただろう。だけど、そこには何らかの意見があったことは間違いない。ただ、言わなかっただけで、絶対に何か思っていたはず。

それを言わないカルチャーで25年間過ごした僕は、いつの間にか自分の意見を言葉表現する事が苦手になっていたのだろう。はっきり物を言う方ではあったが、ズバっと物を言うというのと、意見を言うというのはちょっと違う。ズバッと言うのは直感的、どちらかと言うと肉体的な脳の反応によるものが多くて、意見というのはその背後に自分なりの考えや、判断がきちんとついている感じ。だから、そこから話が発展してゆく種になる。小学生と、色々な話題について話していてもしっかりと自分の意見を持っているのに驚くことも多い。

先週半ばのレコーディング・セッションは、音響上のことや曲のアレンジなどの意見を交わすことが多いセッションだった。あちこちに飛び散る違った意見から、1つの接点を見つけ出してみんなが納得できるようにする。小さい頃から意見を言う練習を積み重ねてきた彼らには慣れたもので、それぞれの立場から意見を述べて、自分以外の人をどれだけ理解させることができるかというミニ・ディベートが繰り広げられる。

「ガク、どう思う?君の意見は?」と聞かれて、今に至っては意見が言えるようになったものの、以前は本当に辛い瞬間だった。ただ、失敗したなと後悔するのは、英語の問題でうまく説明できないのなら、「意見はあるんだけど、うまく言えなくて」と、きちんと伝えておけばよかったなという事。何故なら、意見が無いということは、「その事に対する興味が無いです」と言っているのも同然で、誰も人の意見に従う謙虚な人だとは思ってくれていないから。薄ら笑いを浮かべて「That's OK」とか言っていた僕は、相当やる気が無い思われていたんじゃないかと。

I think、I think とまくしたてられて、意見を聞かされていると、日本の「ありがとう」な文化が恋しくなるけど、きちんと意見出来なければ認めてもらえない。だから、どっちでも良くても「どちらでも良い」という意見を言って、何故どちらでも良いという意見なのかを説明できないといけない。

帰りの車で、交通情報とニュースのラジオを聞いていたら、ブッシュ批判をしたデキシー・チックス(女性カントリー・グループ)が謝罪を撤回したニュースを伝えていた。アナウンサーは記事を読み上げると最後に「プレジデントブッシュはアメリカを守ってくれています。なんという恥でしょう。」と意見を言っていた。f0097272_316017.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-27 03:16
ジョージの願い
ベンがパニックを起こした時、泣きながら必ず言い出すのは、起こっている事実の説明。例えば本屋さんに行く予定がダメになった時は、「Ben can not go to book store because store is closed」とか、僕が何かのことで叱った時は「Gaku (Daddy ) is very angry」とか、はずみで人を叩いてしまった時も「Ben hit it, Hitting is very bad, Don't hit !」などと、多少の説明文までついた物語調の文章になっている。

実はこの文体、ベンが小さい頃から好きだったキュリオス・ジョージの文体だったことに最近気が付いた。今だに古いビデオをひっぱり出してきては時々一人で見て、興奮しているこの物語の何がベンをそんなに虜にするのか?

キュリオス・ジョージ(ひとまねこざる、おさるのジョージ)といえば僕が小さい頃にも読み聞かせてもらった覚えがあるほどの、世界共通のクラシック絵本だけど、もちろんアメリカでも、6歳くらいまでの子供が読む教育的絵本のひとつ。ベンはいまだに幼児番組を見るのが好きで、テレビでもニュースを見ていたかと思うと、次の瞬間にはテレタビーやブーパを見て笑っていたりする。

ジョージはいつもいたずらをしてトラブルになるのだけれど、どのお話も、最後にはそのトラブルのお陰で良い事が起きるというハッピー・エンドを迎える。アイスクリームショップで、店の人が居ない間、勝手にバナナファッジを作ってしまい怒られるジョージ。でも、その素晴らしい出来映えを外から見た子供達が、アイスを欲しくなって行列を作るといった具合。実はこれがベンがジョージを好きなところなんじゃないか?悪い方向に向かっていた事が、良い事に転じる。なんだ、よく考えてみると僕も大好きな展開じゃないか。

泣きながら、ジョージの物語として訴えるベンは、その先に良いエンディングが訪れるのを待っているのか?僕もそうなってくれることを願うよ、ベン。f0097272_23465231.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-25 23:48 | 自閉症に関して
Angel in your eyes
土曜の夜は郊外にあるカントリー・クラブで仕事をすることが多い。マンハッタンから高速道路で45分くらい行ったところにある、アイゼン・ハワーパークの中にあるゴルフ場に隣接したクラブは、ゴルフをする人のクラブというよりは、裕福な人達の集まる社交場といった感じの場所で、結婚式やパーティなども毎週行われている。

レストラン、ラウンジ、大小パーティ・ルーム(何だか宣伝文句みたいだな)からなるクラブはフォーマルな服装をした人たちが集う。ロング・アイランドにはたくさんの富裕層が住んでいて、そうした人達がお金を使う場所を求めてこういった所にやって来るという考え方もできる。到底電車で来れる場所ではなく、駐車場に止められている車を見ればそれは一目瞭然だ。

バンドのシンガーが歌うのは、そんな人達がお気に入りのジャズ。フランク・シナトラやトニー・ベネットのレパートリーを余韻たっぷりに歌ってみせる。例えばナイト&デイなら「ナイラン デェ〜イ、 ユ〜オウ ザ ワオン!(Night and day you are the one)」。

ディナーの後にカクテルなどを1杯飲みながら聴いて行く人が多い中、昨日はひとりでポツンと座っている老女がいる。きれいなピンクのドレスを着て一人でじっと座って演奏を聴いていたが、テンポの速い曲になるとステージの近くへ歩み寄って踊りはじめた。一人で来る人自体が少ない場所なので、みんな気になってしまうのだが、本当に楽しそうに踊るので少し安心する。

旦那さんを亡くした方が思い出に来られているのかな?とか、ずっと独身でダンスが趣味だったのかな?とか色々考えてしまうのだけれど、とにかく心から音楽を楽しんでおられる姿が美しい。間奏中にシンガーが手を取って一緒に踊ると、他のお客さんも席を立ってパートナーを努める。みんなジェントルマンだなあと感心するけれど、シンプルにやさしい心遣いがいい。

休憩時間にドラマーのジョンが言った。「こんなにお金持ちばかりが集まって、いつも態度のでかい客ばかりなのに、彼女は一体何なんだ? 音楽を一生懸命感謝して聴いてくれて、本当に有り難いよ。おい、もしかしたら彼女はエンジェルかも知れないな?いや、多分エンジェルなんだよ!」

ピンクのバッグを持った老女はトイレに立ったのかと思いきや、もう席には戻ってこなかった。

f0097272_1320574.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-24 13:23
Straight from the heArt
ベンの学校では、自閉症児のアート作品を一般の人達に見てもらうためのアート・ショーを毎年開いていて、僕はそのイベントにジャズの演奏という形で参加をしている。ブロード・ウエイの96丁目にあるコミュニティ・センターを借りてアートの展示をするのだが、部屋のサイズもよくあるアート・キャラリーと同じ位でちょうど良い。おまけにブロード・ウエイに挟まれた中州の部分にあるので交差点を渡るついでに入ってくる人も多く、「一般の人」へのアピールは絶好の場所だ。

イベント自体が充実していて、毎年良くなっていくのが素晴らしい。3年前に始まったこのイベントの立案者であるロンは、体育の先生でもあり、エネルギーと行動力に満ちあふれていて僕ら障害者の親に元気を与えてくれる。そして何よりも生徒達の作品が面白くて、アートの知識のない僕でも心から楽しめる作品揃いだ。

今回、特に素晴らしかったのは、招待状の表紙にもなったジョーの作品。ベンよりも1つ年上のジョーは僕より背が高く、すでにうっすらとヒゲさえも生えたアフリカン・アメリカンの男の子。もの静かで眼鏡をかけたアーティスト風のジョーが描いたのは、アポロシアターの前でビッグ・バンドが演奏している絵だった。鉛筆で描かれたちょっと漫画タッチの作品は、楽しそうにトランペットやサックスを吹くミュージシャン達。傍らにはベース・プレーヤーが立っていたのも個人的に嬉しい。

どの作品も、人に見られることや、評価されることを期待していないせいなのか、何かストレートに伝わってくる感じがする。ベンは一体どんな作品を描いたのかと見回してみると、最初にあったのは大判紙2枚を使い、ペイントをスプラッシュさせた(本人の説明によるとジャクソン・ポーラック調)作品、そして一筆書きによるNYのスカイライン。そして、ベン・アズ・ミュージシャンというタイトルの自分がドラマーになった夢を描いたものだった。

「ミュージシャン冥利につきるな〜泣かせてくれるよベン!」と感動しながらもう一度見回してみると、もう1つベンの作品がある。何だかなぐり書きのような人の絵だが、よく見ると胸の部分にバツ印が書いてある。タイトルを見ると、「 Girl in bathing suit」(水着を着た女の子)とある。ありゃりゃ〜と思って見ていると、女の先生が、「ベンがこれを書いている時に私が近くに来たら、あわてて胸の部分にバツ印を描いたのよ。」と教えてくれた。もうすぐ13歳になるのだから当然の成長なのだが、最近は水着などの写真に興味があるベンは、自分の興味をストレートに表現したのだろう。

学校の関係で、日本にいた頃から憧れていた有名なドラマーの方との共演というもの凄い「おまけ」までついた今回のアートショーは、僕にとって一生忘れられないものとなった。ありがとう、ベン、そして作品を描いた生徒、先生、来場してくださった方々、ありがとうございました。
f0097272_284464.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-23 02:13 | 自閉症に関して
耳の記憶
僕は腰にヘルニアを持っているので、医者に勧められたこともあり、毎日子供を学校に送ったあとはプールで20分泳ぐことにしている。多分マンハッタンで一番安いだろうと思われる室内温水プール。朝行くと、僕以外は大体おばあさんが泳いでいる、ちょっと老人健康センターという感じになっているが、元気にシャキシャキ泳いでいる高齢者も多い。

プールは腰にも良いのだろうけど、僕にとっては1日1回、水の中に浮かぶという非日常的な経験のできる場所で、リラックスできる場所でもある。前の日にベースを弾きすぎて、手や肩がボロボロになったような気がしても、水の中で体を動かせば、まるで水にマッサージされているような気分にさえなる。

水の中に耳が入った時の音も好きだ。空気振動から完全に隔離された耳の中の音と水の音。耳を使う仕事なので、違った環境の音が気持ちよく感じるのかも知れないけど、自分の呼吸する音も良く聞こえる。ただ、この呼吸の音だけが、1つだけ僕に深いため息をつかせる。

こんなに離れて暮らしているのに父親の死に目に合えるなんて、本当に運が良かった。病院に着いた時はまだ意識もある状態で、ほとんど寝てはいたが、話も出来る状態だった。声をかけて気がつくと、うだつの上がらない息子に対してまずはお金のことを心配してくれる。車が壊れて新しく買い替えたこと、そしてベンのこと。最近あったことをこちらから一方的に話した。気管支拡張症といういわゆる老人病を患っていた父は1月前に電話で話した時は声が弱くなっているのを感じたけれど、あっという間にこんなに衰弱してしまっているとは驚いた。

若い時に肺結核を患っていたのもあって、ほとんど肺が機能していない状態になってしまい、エネルギーを作るために筋肉から脂肪を使い出すようになり、どんどん痩せていってしまうそうだ。それはまるで、空気の抜けた人形のように靴下でさえ、ブカブカになってしまっている。

肺を取り替えるわけにもいかないので、医者も義務として必要なことだけをするだけで、あとは電池の切れるのを待つように、父が死んでゆくのを待つことになった。

日が経つにつれて、だんだんと寝ている時間が多くなり、呼吸も弱々しくなってくる。意識レベルも低く混乱してしまうのか、痰を取りにきた看護婦さんに声にならない声で、「おい、先生を呼んでくれ、治療方法を変更することにした。息子も帰ってきてるし、家で食事しながら治療する」。この食事というのは、点滴だけで口からは何も食べれないので、本当の食事がしたかった気持ちの現れで、オレンジ・ジュースを買ってきてくれと頼まれたこともあった。

もちろん、そんなことが出来るわけもなく、ついに酸素マスクに人工呼吸器と話もできない状態になっていった。お腹も空いているようだし、早く楽になってくれればと願っていたが、人間の生きる力は強くて血圧が下がってもうダメかなと思うと、また盛り返す。

10日間の滞在予定の8日目になって、ついにその時が来た。兄と母と家族4人で1つの病室で過ごした夜が終わり朝になると、下がった血圧は元に戻らず医者を呼んだ。おもむろに母はお別れのメッセージを耳元で叫ぶ。「ありがとう。楽しかったわ。ご苦労さま。」兄に続いて僕の口から出たのは「心配しなくて良いから、ベンは大丈夫だから、あなたの息子として生まれてよかったよ。」だった。数時間前に痰がからんで看護婦さんを呼んだ時には、「みんな、いるんだよ!」と伝えると、うなずいていたのだが、さすがにあの血圧レベルだともう、言葉を理解することも不可能だったと思う。でも、自分のために言えて良かった。

プールの中で聞こえる自分の呼吸音は、あの時ずっと聞いていた人工呼吸器の音。74歳で死んだ父に、何だか心配ばかりさせてしまった息子だったなと振り返ると、今だにため息が出てしまう。

f0097272_0372155.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-18 00:38
Tell me something good
また誕生日がきた。自分の誕生日。こういう仕事をしていると、人のお祝いばかりに従事してしまって自分のことはどうでも良い気がしてくるのだが、42歳という年をとるのがあまりうれしくなくなってきた年齢のせいもあるだろう。

アメリカに来てから、誕生日の感覚がちょっと変わった。というのも日々の生活の中で、誰かの誕生日の場面に出くわすことが多いのと、誕生日のとらえ方と重みの違いがあるからで、テレビのニュースなら今日生まれの偉人とか、ラジオでも、例えば5月13日はスティービー・ワンダーの誕生日ということで、ほとんどの局が数時間おきに曲をかけて、「Happy Birthday Stevie !」ということになる。ジャズの局では、誕生日のジャズ・レジェンドの作品を1日中流し続けるなんていうこともよくあって、嬉しい限りだ。それ位、一人の人にとって大きな存在感のある日になっている。

家族や近しい友達は、覚えていてくれるけど、近所の商店のおじさんや、アパートの管理人が自分の誕生日を知っているわけがない。スピーク・アップの国、アメリカでは、自分から誕生日を申告するのが当たり前の行為で、逆に言わないでいると、「なんで言わないの?」ってことになる。だから今年は徹底的に言ってみた。電話が掛かってきた仕事の人から、アパートの管理人、仕事で行った先のバーテンダー、みんな笑顔で、「あ〜そう!おめでとう!」と言ってくれる。ジムの受付のお姉さんは、会員証の生年月日を見て、「あら、あなた誕生日じゃない?ハッピー・バースデイ!」と先に言ってくれた。

それで、どう思ったかというと、「誕生日というそれぞれにとってスペシャルな日を、少しでも多くの人とわかち合えるというのは良い事だな」と。人が生きてゆくためのエネルギーで、「自分のことをちょっとでも気にかけてもらえること」の有り難さを感じることが出来る。何も得をするわけでも無いけど、言ってよかった。
ハッピー・バースデイの原点ここにありというわけで、そのスペシャルな日に対する考え方も、大切に思う人への感謝と思いやりというのが表現されているのだろう。

スペシャルな1日は、演奏中にいつの間にか日付が変わって終わりになっていた。

f0097272_6473437.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-15 06:52
深夜放送
昨日は親友であるリチャードとのプロジェクトで、ラジオ出演をした。WKCRというコロンビア大の運営する非営利放送局で、コマーシャルでない硬派な音楽プログラムが多く、僕も好きなステーションのひとつ。

夜中(早朝)2時頃からの生演奏とインタビューなので、さすがにキツかったけど、生ラジオというのはレコーディングとはまた違った楽しみがある。取り消すことのできないスリルと、「どこかで、顔も見ぬ誰かが...」的な想像をかきたてられ、ウエブ・サイトでライブ放送もしているので世界中でオン・エアされているということになるのもエキサイティングだ。

リーダーでピアニストのリチャードは日本の琴に興味があり、本番でも最初に琴を使った邦楽のCDをかけた後、短めインタビューで僕が曲紹介をする。琴のCDの紹介をラジオですることになるなんて、想像のできなかった展開だけど、日本人としてきちんと説明できたかな?そして生演奏の時間となるのだが、リチャードのリクエストにより、日本的なベース・ソロから曲を始めたいという。

リチャードからは良くあるリクエストなのだが、日本人としては、「さて、どうするかいな?」と正直、戸惑いがあるのは隠せない。日本的な音階を使うの以外に、何かもっと邦楽の持つスピリットが表現できないものか?

そんな経験から最近気づいたのが、日本語で演奏すること。「?」と感じるかもしれないけど、これは特にジャズを演奏する人や、聴く人ならわかってもらえる感覚だと思う。

例えば、日本人でジャズを演奏している人の演奏が日本語になっていることがある。良い悪いの問題でなく(ジャズは世界中で演奏されていて、それぞれ個性があって良い音楽)、テクニックやフレージングは同じでも、アメリカのジャズの感じとはちょっと違うものが出来上がるというわけだ。つまり、アメリカのジャズは、フレーズの作り方やリズムのタイミングが英語のタイミングになっているということ。

面白いのは、ドラムのフレーズを口で表現する時。日本語で「タカタカ、ドコドコ」と言うところを、英語では、「ゥラカタカ、ゥロコトコ」、ポルトガル語のブラジル人は「トラッカドコ、ブゥラッカドコ」うまく表現できないけど、喋っている言語で少しずつ表現が違ってくる。言葉の持つリズムやフレーズのキャラクターは色々な民族音楽にも反映されていて、注意して聴いてみると面白い。

そんなわけで、僕は日本語で和音階のインプロビゼーションをしてみた。別に歌詞を考えるわけでなく、適当な言葉のイメージ。「このよの〜、おわりにぃ〜、い〜ぃいっ、おまえの〜きもおおちぃ〜が、つれずれぇ〜にぃ〜?!」という感じで弾くと、何となくキマッたような気がしたけど、伝わっていると良いのだが。

3曲ほどの演奏が終わるともう3時半になっていたので、番組が終わるのを待たずにウチへ戻って寝た。どこかで誰か聴いていてくれたことを祈りつつ。

f0097272_1494166.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-13 01:52
T-Shirts KING
季節が変わった。やっと暖かくなってTシャツでも外を歩けるようになったけど、ベンは随分と前からTシャツだけで学校に通っている。というのも、ベンにとって季節が変わるのは、テレビのチャンネルが変わるような感覚で、捉えられているようで、「It's spring I have to take T-shirts」とか、「No more jacket for spring」などと言ってジャケット類を着る事をやめてしまう。

その時期というのをどのように把握しているのかは、聞き出せないのだが、どうやら、テレビ(ベンはNY1というローカルニュースをよく見ている)とかで、「Spring is here」などと暦上のことを言っていたり、暖かい日があったりするのがきっかけになっているようだ。あと、カレンダーも理解しているので4月からはスプリングだと決めている可能性もある。

困るのは寒い日だ。4月とはいえNYでは気温5度といった日も少なくはなくて、実際には皆まだコートが手放せない状態なのに、ベンは一人半袖Tシャツでスクール・バスを待っている。ちょっと異様な光景に、親切心おばあさんが「オー、ディア、あんたのジャケットはどこ?風邪をひいてしまうわよ〜」と忠告をしてくれるが、ベンが耳を貸すわけもなく、完全無視でいつものようにパンパンと手や体を叩いている。どこかで見たような光景、相撲取りが場所前に体をパンパン叩くのと似ている。実は寒いと感じている皮膚に気合いを入れているのか?

さすがに、あまりにも寒い日には無理矢理にでも長袖を着るさせようとするのだが、「It's spring ! I don't need this!」と怒り出してしまうので、とりあえず手にもたせるか、バッグに入れるということで解決させている。

そして10月くらいになるまで、ベンは半袖を突き通し、大好きだった夏が終わり「Fall」の認識をするや否や今度は「It's winter time, I need a jacket」ということになり、一番上まできちんとジッパーを上げた、ジャケットを着ているベンがバスを待つ。f0097272_472135.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-11 04:03 | 自閉症に関して
アイス・ディスペンサー
最近のベンの行動でとても有り難いことがある。冷たい飲み物が好きな(というか、飲み物は冷たくなくてはならない)ベンは学校から帰ってくると、大好きなソーダを飲むのを習慣にしているのだが、買い置きしてあるソーダを冷やし忘れてしまっていることが多く、氷を入れて飲むことを覚えてからは自分で氷を用意するようになったこと。

「Get Prepared、オッケー!」と言いながら、製氷皿の氷をバリバリと割っている。よく見ると、氷の破片を散らかさないように下にタオルが敷いてある。ウチでは割った氷をジップ・ロックの袋に入れて保管しておくのだが、ベンこの袋にストックされている氷が充分でないと心配なようだ。そして、経験から氷がすぐには出来ないこともわかっているので、氷を取り出した後はすぐに水を入れて冷凍庫に製氷皿を戻している。

数分後には、お気に入りのトール・グラスに注いだソーダをストローで飲むベンがコンピュータの前に座っているというのが、帰宅後15分後の風景。カロリーと興奮
を抑えるため、ダイエットのデカフェイン・コークだけど、ソーダ好きのベンはこれでいつもハッピーだ。

自分が気に入った方法で飲むために、自分で用意して、先のことを考えて準備までするというのが、将来、何らかの仕事ができるようになることにつながってゆけばと願う。

もう一人ハッピーなのが、深夜にウイスキーのソーダ割りを作る僕で、面倒くさかった氷を割る作業がなくなり、いつもバッグ一杯の氷が冷凍庫で待っている。
f0097272_452365.jpg
[PR]
by gakuandben | 2006-05-10 04:50 | 自閉症に関して