ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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You know what to do
そんな訳で、実は今、日本から投稿しています。このキャンプの期間を利用して、日本に居る母親に会うことにして、翌日飛行機に乗りました。

キャンプからは「ベンは楽しくやっています」との連絡が、家の留守電に残っておりひと安心したが、この安心には、何人にも変えがたい一人の強力なサポーター、ベンの弟の存在によるところが大きい。ベンの行くYAIのキャンプは、普通児の行くYMCAのキャンプと同じ場所で行われており、弟も去年からそちらのキャンプに参加している。YAIキャンプのコンセプトとして、「普通児と一緒に行動して、お互いに理解を深める」ということがあり、まさにこの主旨そのものがベンと弟。事前にリクエストをしておいたこともあり、去年は隣り同士のキャビン、今年はなんと同じキャビンの隣の部屋になった。

弟は、誰とでも仲良くすることの出来る天才的な才能を持っていて、こういったキャンプではその才能いかんなく発揮する場所なのだが、人を理解して、受け入れることを、生まれながらにして課された運命にある彼が、本領を発揮する場所であるとも言える。チェック・インと健康診断を済ませた彼は、キャビンに着くと、10分もしないうちに先に到着していた子供とトランプで遊び始めていた。ベンが泣き出して皆が当惑していた時も、「I know what to do, Don’t worry 」(僕はどうすれば良いか分かっているから、心配しないで)と頼もしい。

ただ、少しかわいそうだったのは、僕らがベンから離れて少しだけリリーフがあるのに対して、彼には自分キャンプでさえもベンの存在があるという事。特に今回は隣のキャビンでもなく、隣の部屋だ。

でも、ちょっと待て、去年初めて弟がキャンプに行くのを心細いと言った時には、ベンが近くのキャビンにいることを喜んでいたじゃないか!僕だってそうだ、何かが物足りない。ベンはそういう奴なんだよ。離れてみるとよくわかる。ありがとうベン!そして弟。

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by gakuandben | 2006-06-30 10:02 | 自閉症に関して
I miss you Ben
ベンがキャンプに行った。参加して3年目になるYAIという団体のスペシャル・キャンプは障害を持つ子たちが、集まる2週間泊りのキャンプ。ベンは夏が近づくと、「Can I go to summer camp ?」とか、「Ben loves to go summer camp」などと言って、期待を高めはじめる。ベンにとってのサマー・キャンプはなくてはならない夏のイベントのひとつで一年中を通して楽しみにいることの一つ。そんなベンに今回はいつもと違うことが起こったのだ。

毎年、手続きを済ませてキャビンに着くと、にっこり笑って「Bye, mom Bye dad, See you in 2 weeks」(ママ、パパ、バイバイ、2週間後にね~)と言い残して、さっさと自分の好きなところに行ってしまうのだが、今回のベンは、目に涙を溜めて、「I miss you mom, I miss you dad」と言ってくるではないか。去年までは、綱をはずした子犬のように走り出していたベンが、そう言いながら抱きついてくる。

こちらも少しびっくりしてしまう位「普通」の感情表現がそこにはあった。言葉や態度で感情を表すことが多くなってきたなとは思っていたが、ここまで感情的になるとは。1年前のベンを知っているキャンプのカウンセラーの方も、そんな変化に驚いてはいたが、
スリーピング・バッグにくるまって泣いているベンをやさしくなだめてくれていた。

12歳の子供としてはあまりにも幼い行動で、ベンが泣くのは悲しいが、そんな感情の成長に嬉しくもなり、キャンプ場を後にした。今頃、楽しく夕食を食べていることを願う。
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by gakuandben | 2006-06-28 10:44 | 自閉症に関して
Alive Again !
以前に2年くらい続いた、近所のイタリアン・レストランで演奏する仕事で知り合ったシンガーがテレサだった。ギターとベースのデュオの仕事だったところに、レストランのオーナーのアイディアで一緒に演奏することになったので、どちらかと言えばカントリー・ポップシンガーの彼女が、僕らに合わせてジャズを歌うという不思議なギグではあったが、素晴らしいシンガーなので毎週楽しく演奏できた。

テレサは美しく、歌の上手いシンガーであると同時に、片方の足が義足の障害者でもある。僕は彼女に一度もその理由を聞いたことが無かったが、3年前に酒酔い運転の車が原因の事故で片方の足を失ったことをホームページを見て知った。その事故は僕も当時テレビで見て、身につまされる思いのするニュースだったのを覚えている。ミッドタウンにある音楽事務所に行った帰り道、信号待ちをしていると、目の前の交差点で無謀運転の車がタクシーと接触し、はじき飛ばされたタクシーが突進して、彼女の右足はタクシーと消火栓の間に挟まれてしまったのだ。

自立して生活する障害者を多く見かけるマンハッタンで、テレサのように杖をついて歩く人の姿は珍しくないが、そんなに悲惨な事故の犠牲者だったとは知り得もしなかった。僕は何となく、テレサは小さい頃から足が悪かったんだろうと思い込んでいたのだが、それは、彼女のあまりにも凛とした振る舞いにあるのかもしれない。イタリアン・レストランでの仕事の時、椅子が不安定で、座ろうとした時に後ろに倒れてしまったことがあった。店中の人が驚いて見守る中、テレサは「お客さんにバツの悪い思いをさせてしまうダメなシンガーね」と一言、びっくりしてあっけにとられている僕に手を差し出して、「起こしてくれる?」。事故から3年しか経っていない彼女には辛い出来事だっただろうに違いない。

テレサの歌からは、生きることの意味がはっきりとわかっている人の持つ、強いエネルギーを感じる事ができる。今回、僕が手伝うことになったCDの発売記念のライブではCDに収録された、事故に遭う前に作った歌と、事故の後に作った歌を歌うことになる。彼女がどんな気持ちでステージに立つのかは計りしれないものがあるけれど、信じられないくらいのポジティブなエネルギーに包まれたショーになることには間違い無いだろう。

CDのタイトルは今の心境そのものを表した「Alive Again」。事故の後に作った歌の歌詞で「Sometimes I think I'd give everything to change what has happened to me」(私に起こったことが変えられるなら、全てを投げ出してもよよいと時々思うわ)という部分には、一瞬にして起こってしまった出来事に対する正直な気持ちが表れていて、涙を誘う。収録されている唯一のカバー曲「It don't matter to me」(私にはどうでも良い事)もブレッドの70年代のヒット曲だが、テレサが歌うことにより、違った意味を持ったメッセージを伝えることになる。

アルバムのCDトレーには、事故に遭った34丁目とパークアベニューの交差点の写真とともに、「私の人生が変わったあの交差点で私を助けてくれた救急隊、病院の方々に感謝します」とメッセージが添えられていた。

明日(6/22)の7時から、ブリーカー・ストリートのビターエンドというクラブでどうか、テレサのエネルギーを見てあげてください。


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by gakuandben | 2006-06-22 04:44
希望の叫び
先週はベンの学校でCSEメーティングがあった。公立学校のシステムの中にあるコミッティ・オン・スペシャル・エデュケーションという市の機関がベン達の通うスペシャル・スクールを取り仕切っていて、この機関が毎年定期的に生徒の障害にあった、ベストなプログラムが行われているかどうかを調査する。親、担任、スピーチ・セラピスト、サイコロジストが集まってベンについての近況報告をするといった感じのものだが、いつも学校でのベンの様子が聞けて楽しい。

サイコロジストの先生が「ベンは本当に良く喋るようになりましたね」と切り出すと、スピーチ・セラピストの先生が「今日は、濡れたテーブルの席に座って、濡れているテーブルは好きじゃない。こっちに乾いたテーブルがあるから先生もこっちに座りなよって言ってました。これは、2つの段階をふまえた会話で、自閉症児にとっては難しいものなんです。」と続ける。

なるほど、家でも良く喋るようになったとは思っていたが、学校ではさらに英語の環境が良くなるので、もっと色々な表現を使っているようだ。一番嬉しかったのは、担任の先生が「ベンの喋る量が増えて、暴力が減りました」とおっしゃってくれた事。いまだに、手や机を叩いてノイズを出したり、人を強く触ってしまう事はあるけれど、癇癪を起こした時に見られた、明らかに人に対しての暴力は減ったというのだ。

「暴力」これは、ベンの今後の人生を左右する程の大きな問題。暴力をふるう癖のある者は、障害を乗り越えて、たとえ仕事が出来るようになったとしても、受け入れてくれる所は少ない。暴力はすべての可能性を台無しにしてしまうばかりか、隔離された施設などでの生活を強いられることにさえ、なってしまうのだ。

最大の課題であった、暴力の問題を克服しつつあるベンは、気に入らない事があると、人を叩かない代わりに大声で叫ぶようになった。静まり返った本屋や道端でやられると、かなり大変だが、それでも暴力で表現するのとは比べ物にならないくらいに良い事なので、今度は何とか声の大きさをコントロールするように教えていかなければと思っている。

僕も自分をコントロール出来るようになるのには、実際の生活でも、音楽的な部分でも時間がかかった。自分を表現するのにも、テクニックと努力が必要なのはベンが教えてくれた事。ありがとう、ベン!

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by gakuandben | 2006-06-20 13:04 | 自閉症に関して
Save this one for Ben
僕には、仕事で夜中に帰った時に気をつけなければいけない事がある。
お腹が空いて何か食べたくなって、冷蔵庫を開けると出てくる夕食の残り物。これは明らかに「残り物」なのだから普通は食べて良さそうなものだが、食べると次の日に大変な事になってしまう場合がある。

ベンは気に入った夕食が出ると、食べ終わった後に「Save this one for tomorrow 」(明日のために残しておいて)と言って次の日に食べることを決めてしまう。残らなくても残っても、残り物を食べる予約をしてしまうのだ。そして、実際に残った場合にはキッチンに置いてあるお皿を確認して、「I'm gonna eat this tomorrow for breakfast 」(これは、僕が明日の朝ご飯に食べる)と、もっと具体的になってくる。

この、ベンの想いのつまった残り物を、彼らが寝静まった後に帰った僕が、何事もなかったかのように食べてしまうと、次の日の朝、「Oh NO, My breakfast is gone !」(僕の朝ご飯がなくなっちゃったよ〜!)という叫び声で目を覚ますことになる。自分で勝手に作り上げた予定が、ダメになってしまったのを怒っているわけだ。

ベンの食欲は凄まじい。これは自閉症であることとは関係なく、12歳という年齢の男の子(女の子?)なら誰でもそうだろう。とにかく食べたい。よく、仕事に行く前に、僕の分だけの軽い食事を作って食べることがあるのだけれど、作っている最中から、「I smell food, What is this ?」(食べ物の匂いがする。これ何?)とキッチンにやってくる様は、まるでハンターの感覚だ。もちろん気に入った物なら食べさせてくれと頼まれて、結局3分の1くらいを食べられてしまうなんて事もよくある。

何故か頭の中で流れるのは、高校の時に流行った尾崎亜美の名曲(オリビアを聴きながら)。「出会った頃は〜こんな日が、来るとは思わずにいた〜わ〜」。生まれたての赤ちゃんを見て、誰がここまで食べるようになると想像するだろうか?

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僕の好物は「フィラデルフィア・チーズ・ステーキ」
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by gakuandben | 2006-06-18 06:57 | 自閉症に関して
出来ない事の出来る事
ベンは三輪車に乗れなかった。どんな子供も自然に乗れる三輪車にまたがったまま、公園の真ん中で足で地面をけって動かしていた。乗るところまでは出来るのだが、ペダルをこぐことが出来ない。ハンドルを動かすけど、同時に二つのことをするのが出来ないように見えた。

自閉症と診断された、そんな4歳頃のベンの思い出が一瞬にしてよみがえる。

今日は天気の良い午後だった。自転車で仕事に行った後に片付けようとしていると、ベンが自転車に乗ってみたいと言う。最近になって、弟の乗っているキックボードに挑戦してみたりと、乗り物に興味が出て来たようなのだ。サドルを低くして、またがせると24インチの自転車がぴったりのサイズ。本当に大きくなったものだ(良く食べてるからね)。バランスが取れないのでハンドルを持って一緒に歩くと、ペダルの上に足が乗ってこいでいる。これって当たり前だけど、ベンにとっては7歳になっても出来なかった事だった。何となくバランスも取れそうな感じさえする。「ベン!バイクに乗るの楽しいかい?」と聞くと「I love bike ride」と答えた。

あの時、辛くなった。「何でこんな簡単な事が出来ないんだろう?」教えようとすれば、どこかへ行ってしまうし、何か投げやりな気持ちで公園を後にしたのを思い出す。ただ三輪車に乗れないだけなのに、もうこれからの人生の何もかもが出来ないような気がしてしまった。自閉症という診断で、勝手に面白くない子育てをしている被害者気分になっていた。

今、自転車に乗ろうとするベンを見て、心の底から嬉しい。でも、この嬉しさはベンが教えてくれた嬉しさだった。何でもない事だけど、少しづつでも進んでゆく有り難さ。君がいてくれなかったら、僕はわからなかった。ありがとう、ベン! 10年後には二人でサイクリングに行ける日が来るかもね。f0097272_10474524.jpg
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by gakuandben | 2006-06-16 10:50 | 自閉症に関して
I don't want to die. Neither do I.
学校から電話が掛かってきた。「ベンが、死にたくない、ミュージシャンは死なない」と言っています。保健の先生からの電話だった。そういえば最近ベンはよく「I don't wanna die」を連発していた。何が原因なのかはわからないが、年齢的にもいつかは死ぬことを具体的に認識する年だし、もしかすると映画のことを調べている時に、何かしらの死ぬシーンが気になったのかもしれない。

僕も、以前からベンをおどかす為に、食べ過ぎの時などに「そんなに食べると胃が破裂して、死んじゃうぞ」などと冗談を言っていたが、そんな時もベンは必ず「I don't wanna die」と答えていた。でも今回の場合は、もっとはっきりと「死にたくない」と思い始めたように感じる。だから、ベンは「I want to live」(生きたい)と続ける。そして自分がミュージシャンになりたいことからか、僕がミュージシャンだからかは知らないが、「Musician don't die」となったのだと思う。

学校の先生は、「あなたはベンと死と音楽について話したのですか?」と尋ねてきたので、少し笑ってしまった。僕は先生に「僕もベンと同じように、死にたくないです。僕もそう思いますし、きっと誰もがそう願っていることをベンは口に出して確認しているんじゃないでしょうか?」と答えて、あらためて確かにその通りだと思った。先生は、ベンが何かを恐れて「死にたくない」と言っていると思い心配をしてくださったのだが(確かに家で虐待されたりしている例もあるので)、実は、僕らみんなが考える「死」自体を嫌がっているわけで、まったく理にかなったことなのだった。

だから、ベンは「I eat healthy food and live longer」(健康に良いものを食べて、長生きをする)とか、「Painter die early but musician never die」(画家は早死にするが、ミュージシャンは決して死なない)などど、とんでもなく失礼で都合の良い事を言ったりもしている。

ちょっと極端だけど、これで少しでも「死なない」ように、自分の行動に注意してくれるようになればと願う。そして、僕もベンのように、なるべく長く生きられるように努力したいと思う。楽しい時間がなくなっちゃうのは良くないからね、ベン!
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by gakuandben | 2006-06-15 04:00 | 自閉症に関して
言葉の先生
最近のベンは本当に良く喋るようになった。ボキャブラリーがも増えてきたが、長いセンテンスをよどみなく、最後まではっきりと言うようになっている。だからといって、会話が続くかというと、そうではなく一方的に喋り切っておしまいというパターン。それでも5歳から10歳くらいの頃の言葉の発達と比べると、最近になってかなり進歩しているように感じる。やたらといつも独り言を言っているのも無駄にはなっていないんだなと思った。

ベンの普段の生活を見ていると、テレビやビデオ、そしてコンピュータ−のゲームなんかでも、言葉を発するものであれば、とにかくただのサウンドとしてキャッチして口まねをしている。どうやらその時点ではあまり意味が分かっていなくても、後からそのセンテンスの使われる状況が分かってきて、実際の場面で使うようになるという過程を経て、言葉を自分のものにしているように見える。

面白いことに、これが機械的なものや、テレビやビデオなどのいつも同じトーンと調子で喋られているものが良いようで、僕らが普通に喋っている会話のやり取りにはあまり興味を示さない。小さい頃からいつも同じビデオを見たり、学習おもちゃが喋るのを口まねしていたのもそのせいだ。

昨日は夕食を食べていると、早めに食事を終えたベンが、「Daddy, Try not to get angry OK ?」(怒らないようにしてみてください)と言う。僕が「何で?また何か壊したの?」と聞くと「Ben broke a CD-ROM, but try not to get angry OK ?」(CDを壊しちゃったけど、怒らないようにしてみてください)人差し指を一本立てて、まるで先生が生徒に注意するかのようにこちらを見据えて言われたので、怒る気もなくなってしまったのだが、Try not toをうまく使っているので感心した。

Try not to は、Don'tと言ってしまうより柔らかい感じになる言い方で、人に何かを教えたりするときに、キツくならない 言い回しとして便利な言葉なのだが、ベンはインターネットのゲームか何かでこのフレーズを覚えたようだ。

どんな方法で覚えたにせよ、ベンがその言葉を「利用」するようになってきたということだろう。どちらにしても、僕には正確に英語を教えることはできなかったわけだから、本当に助かっている。ありがとう、ベン!

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by gakuandben | 2006-06-13 03:55 | 自閉症に関して
But not for Me
ちょっと無理かな?と思ったことでも挑戦してみた事の一つに、ベースを弾きながらコーラスをとる事がある。どちらかといえば、ジャズな世界に生きて来た僕にとっては、あまり機会が無かったこともあって未知のエリアだった(昔、一世風靡セピアとの仕事で「ソイヤ、ソイヤ」とかけ声をしたのが最後)。おまけに英語の歌詞をどれくらいうまく(ごまかして)発音するかというのも大きな挑戦だ。

NYには日本人のシジャズ・シンガーの方がたくさん活動していて、発音や訛を克服するための苦労はよく話に聞いていた。日本で英語の歌を歌うのとは違って、やはり英語の国で歌うというのは、言葉をきちんと伝えることに意義があるわけで、その辺のプレッシャーは大変なものだろう。まあ、僕の場合コーラスだから、メインのボーカルに隠れることが出来るのが、まだ有り難い。

「アームス・フォー・シャンティ」というインドで活躍していたバンドに誘われて、演奏し始めたのは2年くらい前の事。本国ではCDも発売して、人気があったバンドのようだが、リーダーの2人がNY移住してからは、細々と活動を続けている。ボンベイのインターナショナルスクールで育ったウデイの書く作品は、幻想的かつシニカル(?)な内容で、ラブ・ソングという感じのものでは無い。タブラー(インドの古典楽器)を演奏するメンバーもいて、音楽カルチャーの混ざり具合が面白いバンドだ。

テレビやコンサートで、バンドの人がバック・アップのコーラスをいとも簡単にやっているのを良く見るけど、実はあれは、慣れないととても難しいものだと言う事が自分でやってみてよくわかった。特にベースの場合はリズムのパターンと歌うタイミングが違っているような場合はかなり苦労する。弾いているリズムのパターンに歌がつられていってしまう。音程に関しても、同じ事が起こったりもして、よく練習・復習しておかないと、ステージで恥をかくことになってしまいそうだ。

このバンドのライブは明日(もう今日か、6/9)トライ・ベッカにある、ニッティング・ファクトリーというクラブで夜10時から演奏しますので、練習の成果に興味のある方は是非いらして下さい。

あとは、本番であまり僕のマイクのレベルをあまり上げないように、サウンドの人にこっそり言っておくだけ。
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by gakuandben | 2006-06-09 13:06
巻き戻せない青い空
週末は、色んな意味で話題の映画「ダビンチ・コード」を見に行った。夜は仕事ということもあり、朝一番の回に行くのだが、週末の11時というのは一般の人には早すぎるようで、いつも空いているので嬉しい。そんな空いている映画館で、本編の始まる前に、もの凄くヘビーな映画予告を見てしまうことになる。

8月公開の「ワールド・トレード・センター」というタイトルの映画。ニコラス・ケイジが警官の部長役で主演していて、それはもうリアルなNYの警官の姿だった。たった3分くらいの予告の中で、朝の朝礼からはじまって、タワー追突、そして現場に到着するシーン、そして生き埋めになってしまうシーンが出てくるのだが、僕はボロボロに泣いてしまった。

というのも、あまりにもリアルな映像と演技そして、本当にこの地であった話であることが何よりの原因だろう。NYのテレビ局は、WTC関係の映像を放映することを自粛してきたので、久しぶりに見たというのもある。でも、何が悲しいかって言うと本当に天気の良かったあの日の青い空が、映画の中でも全く同じ青さだったこと。それを見たとたんに、あの日の気持ちが一瞬にして戻ってきてしまった。

新学期が始まって2日目の出来事だった。ベンはスクールバスで学校に行き、下の子を学校に送り届けてから、一休みしてテレビを見ていると、WTCから黒煙が立ちのぼる映像が飛び込んできた。驚いて見ていると、花火のように2機目が激突していった。その時点では、ニュースキャスターでさえ何が起こったかわからずに、スローモーションで見て確認していたほど。最初は事故という雰囲気で落ち着いていたキャスターが、2機目も飛行機であることを確認して、急に慌て出したのを覚えている。

僕自身も、最初は野次馬的な感覚で見ていた事故からテロへと状況が変わったとたん、とてつもない不安に襲われて、警戒に飛ぶ飛行機でさえ、こちらに向かって攻撃してくるんじゃないかと思うくらいだった。そしてやはり倒壊が、大きなショックとして今でも脳裏に焼き付く。100ブロック以上離れたこの近所まで、ビルの粉塵が飛んで来て独特な匂いに包まれた。前のドアを叩く音でドアを開けてみると、住人の家族の方がドアをノックしている。「中にいるの?返事をして!」一人暮らしだった彼女は、もう二度と仕事から帰っては来なかった。

WTCの近くに住んでいたピアニストのジョーは鉄の残骸が窓ガラスを突き破って、家の中に入って来るほどで、川沿いまで避難して救助を待ったそうだ。事故のあと2年くらいしてから、話をしてくれたジョーは、話をしながら泣き出してしまった。現場の近くで働いていて、粉塵の中を歩いてブルックリンまで帰った友人も、やっぱりあの時の話になると泣いてしまう。

僕はそこまで悲しくなってしまうことはなかったけれども、彼らは明らかに後遺症があるのだと思う。ひとそれぞれにレベルは違うものの、皆何かしらの悲しみを抱えていて、僕の場合は映像がそれを呼び起こしてしまうんだろう。でも、僕が一番悲しいのは、映画の中にも出てきた朝礼のシーンのように、本当に天気の良い、何でもない日が始まろうとしていたところ。あの青い空とともに何も起こらないで良かったはずの1日が、一瞬にして目茶目茶になってしまった。巻き戻してそのまま何もなかったことにできないかと考えてしまう。

あの後2,3ヶ月の間NYの人は優しくなった。一時的な戦争体験のようなあの出来事は、何でも無い平和な一日の有り難さを教えてくれることにもなった。でも、NYであの体験をした人にとって、この映画はちょっとヘビーすぎるのは間違いない。

ベンはあの後、毎日のようにブロックでワールド・トレード・センターを作っていた。ベンの大好きだったNYのスカイラインも変わってしまった。巻き戻せない現実がそこにはあった。

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by gakuandben | 2006-06-07 12:48