ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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I love you all
3週間にわたる、音楽キャンプの仕事もようやくゴールが見えてきて、あと一息
といったところだ。たった3週間とはいえ僕にとっては色々なドラマがあった。人に直接かかわる仕事というのは、いろんな意味で内容の濃いものなんだろうと思う。

最初の週では、ベースの生徒の態度があまりにもひどいので、怒鳴りつけてしまった。僕自身がイライラしていたのと、真面目に授業を受けようとしている生徒が可愛そうになってしまい、頭にきてしまったのだ。ところが、怒鳴りつけると
その子なんとも意味不明な言い訳をしてくる。まったく話の筋の通らない馬鹿げたウソを言う。でも、その状況に接してみるとはっと我に返る思いがしたのは、ベンに対して怒鳴っているのと同じ感覚があったからだ。

怒鳴られた子が何かしらの障害を持っているわけではなく、単に素行が悪い、中学生の年齢になっても人の気持ちに立ってものを考えられない「子供」なわけなのだが、彼らもベンがするのとまったく同じ、話のすり替えをするのに気がついた。怒られている事項の核心の部分をごまかすために、関係の無い情報を色々と言い訳として言ってくる。それは、ベンが怒られたときによくやる方法で、ベンの場合は「Speak in Japanese」(日本語で言って)とか、「Speak in Spanish」(スペイン語で言って)といった言い訳にもなっていないものなのだが、基本にあるのはまったく同じコンセプトなのだ。

そして思ったのは、どんな場合においても怒鳴るのは全く意味が無いなという事。そこに意味があるとすれば、それは自分が満足するために怒鳴るということで、メッセージを伝えるべき当事者に対しての効果は皆無に近い。

今週のバンドでドラムを担当する13歳の男の子は週の途中でリタイアしてしまった。一日目は楽しそうにしていたのに、2日目の朝、送りに来た父親が「あなたが、バンドの先生ですか?うちの息子はキャンプが楽しく無いと言っている。ちょっとやり方を考えてください!」と言ってきた。随分と過保護な親だなと思い、もちろん僕も、「はいそうですか、わかりました」とは言わずに状況を説明したが、午後になってすべての原因がわかる時が来た。

6週前にひざを怪我したと言っていたその子はドラムから離れる時に転んでまたひざを打ってしまったのだ。怪我自体は大したものでは無かったのだが、そこで彼の気持ちは折れてしまったようで、もう練習室には戻って来ない。見に行くと膝の怪我を理由に一人休憩室で休んでいたので、様子を尋ねてみると「足は大丈夫なのだけれど、テネシーに住むおばあさんが危篤で明日行かなければならないかもしれない。だから、コンサートには出れないかも」と言い出した。

明らかに嘘とわかる口実だが、何か大きな理由を感じたので「そうかい、それじゃ仕方ないけど、ギリギリまで楽しんで行かなきゃ駄目だよ。音楽好きなんだろ?」と言い残してオフィスに行き状況を報告すると、すぐに親に連絡をとってくれた。すると驚くべきことに母親は一言「私どもは離婚していますので、彼の父親に連絡して下さい」と電話を切ってしまったのだ。父親に連絡を取り、結局はベビーシッターの方が連れて帰ってくれたが、泣きながら帰った彼の精神状態がどんなものであるかはとても簡単に察することができた。

やり過ごしてしまえばそれまでなのだろうが、こういった色々な状況の子供を見ていると、人間として放っておけない気がしてしまうのは僕だけじゃないだろう。
短い期間だけれど、バンドやベースのクラスの皆がハッピーにキャンプを終われるように一生懸命になってしまう毎日なのだった。


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by gakuandben | 2006-07-28 01:46
おばあさんの声
そんな事件もあって、公園のプールに行くのが少し嫌になってしまい、久しぶりに年間会員になっているスポーツ・クラブの室内プールのファミリー・タイムに行くことにした。ここのプールは一人が会員だと、週末にその家族がタダでプールを利用できる時間がある。安い年会費なので、もう5年間会員を続けているが、週末に家族で行くことも良くあった。

今日はベンも一緒に行くことになり、興奮気味に手を叩きながら前を歩いている。ベンはここのクラブのプールが好きで、3、4年くらい前によく行っていた。そしてある時一度、大変なことになってしまい、通りすがりの人に助けてもらったことを思い出す。

ここのプールは50メートル程の小さめのものだが、ファミリー・タイムとなると、子供とその親で程よく込み合い楽しい空気に包まれた雰囲気になる。ところがある冬の日、連れてゆくと誰もプールに居ない日があった。ベンは以前に行った時のその雰囲気を覚えていたようで、「Where is people ?」「No children in a pool」と言い出してパニックになってしまったのだ。

「何故こんな事で」と思うような出来事で、自閉症の子はパニックになってしまう。こんな時は親である僕でさえも、本当に理解をするのに苦しみ、やるせない気持ちになってしまう瞬間でもある。「ベン、何で人が居ないのがいけないんだい?空いていていいじゃないか?きっともうすぐ誰か来るよ!」と声をかけても全く受け付けない。パニックになってしまう時にはどんなに肯定的な事を言っても単なる雑音にしかならないようで、まるでアリ地獄のように混乱のツボにはまっていってしまう。そして、その混乱を表現する声や体はまるで小さく共振していた音がだんだんと共振を重ねて大きくなってゆくかのようにエスカレートしてゆく。

収まりがつかないので、プールには入らずスポーツ・クラブを出た。ところが、これですんなりと収まるかというと、そんなことはない。問題を取り除けば済んでしまうという簡単なものではなく、今度はプールに入れなかったことを怒り出すわけだ。普通の場合なら、「そんなわがまま言うんじゃありません」というケースなのだが、これはちょっとわがままというのとは違うわけで、理由と結果がぐちゃぐちゃになってしまったような状態になっているようにも思える。

なだめるすべを失ってしまい、途方に暮れる僕を見ていたおばあさんが話かけてきた。スポーツ・クラブの横の建物はシニア・センター(老人ホーム)で、ベンはベンチなどの置いてあるセンター前の広場でかんしゃくを起こしていたからだ。

おばあさんは、にこにこしながら「Hi honey, What’s wrong with you?」(あらあらあなた、どうしたのかしら)とベンに話かける。「Don’t cry that much that makes me cry」(そんなに泣きなさんな、私まで泣きたくなるわ)と落ち着き払ったいくつかの言葉を投げかける。するとどうだろう、ひっくり返って泣いていたべンはだんだんと泣くのをやめて、家に戻る為に歩き出す体勢まで持ち直しているではないか。これには一緒に居たベンの弟も驚いて「It’s like a magic !」と驚嘆していた。

お礼もそこそこに、歩ける体勢のうちにとベンを家まで連れて帰ったのだが、今でもプールに行く時にあの角を曲がると思い出す、あのおばあさん。あの落ち着き払った声と態度がベンの落ち着きを取り戻すのに必要だったのだ。ベンが泣き続けていたのは不安で必死になっていた僕の電波が伝わっていたのかもしれない。
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by gakuandben | 2006-07-25 12:08 | 自閉症に関して
Summer time Rock
37度近い、狂ったような暑さに耐えられず、夕方になってからプールへ行った。37度といえば、体温計でも赤く表示されている数字で、越えると急に病気になったような気のする温度。それが、気温なのだから、かなり危険なことには違いない。

コンドミニアムなどの全館冷暖房や高級一戸建て住宅で無い限り、NYのエアコンの主流は室外機の無い窓に挟んで取り付けるタイプ。簡単に取り付けられて、値段の安い反面、全然冷えないなんていうこともあるので、買う時にはどれくらいの面積までを冷やせるのかを示したBTUという値を注意深くチェックする必要がある。BTUはきっちり値段に反映していて、みんな何となくケチってしまう結果、冷え方としては、なまぬるい感じになってしまうようだ。

歩いて5分ほどのところにある市営プールは、夕方6時を過ぎたというのに入場制限をしていて、そういったバシッと効かないエアコンのアパートからはじき出されたであろう子供や大人でごった返している。ベンは行きたくないと言ったので、留守番をしてもらい、次男だけを連れて列に並び待つこと15分、ようやく水の中に入ることが出来た。こんなに暑い日になると、改めて「水の中に入ると涼しい」という水の威力を感じさせてくれる。

暑さも手伝ってか、何となく無秩序な雰囲気が漂う中、やはり事件は起こって
しまった。20分ほど涼んだあとに帰ろうとして、ロッカー・ルームに戻って自分の使っていたロッカーの鍵を開けようとすると、鍵そのものが無くなっている。場所を間違えたかと思い、もう一度見てみるが、やはり無い。慌てて中を見ると当然のようにバッグが無くなっており、2人のサンダルだけが残されていた。

ダイヤル式ロックのダイアルをきちんと回していなかったのがいけなかった。あのタイプの鍵は、かけた後、一回転以上回しておかないと、そーっと逆回しすると開いてしまうのだ。原因はともかく、バッグごと盗まれたものの損害は計り知れず、被害報告もそこそこに家まで走って帰った。財布の中のクレジット・カードを使われないように報告しなければならなかったからだ。

バッグの中にはシャツも入っていたので親子そろって水泳パンツの半裸状態での帰宅。ニューヨークでは、暑いと普段からこういうスタイルの人もいるので誰も驚かないが、次男の学校で同じクラスの日本人のお母さんが信号の向こうに見えていたのは、見えなかった事にしておいた。

息を切らせて家に戻り机の上を見ると、そこには財布が置いてある。いつもの忘れ物癖が良い結果を生んでくれた。財布を盗られるのは金銭的被害に加えて、運転免許なども入っていることから個人情報の被害も大きい。とりあえず、胸をなでおろしたところで、何を盗られたか考えてみると、Tシャツ、携帯電話、使い古しのバッグ、そして家の鍵だった。

携帯電話は2年契約でタダになったものだったが、電話番号と、スケジュール表代わりに使っていたことから不便なのが痛手。シャツとバッグは何の価値も無いものなので気にもならないが、鍵というのは良くない。携帯に登録してある家の電話番号から住所を割り出されて泥棒に入られる可能性だってあるので、その日のうちに鍵を変えることにした。

そして、よく考えてみるとベンが留守番をしていてくれなかったら、家に入れなかったことに気がついた。これは本当に「ありがとう、ベン」な話だったのだ。

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by gakuandben | 2006-07-21 01:40
Leave me alone
日曜日は映画を見たい次男と、見たくないベンで、二手に分かれることにした。妻が次男を「パイレーツ・オブ・カリビアン」に連れて行き、僕はベンといつもの本屋に行く。ベンは最近映画館でも大人しくしていられるようになったのだが、この映画は好きではなかったようで、最後まで拒み続けたのだ。きっと、予告編を見たときに怖いと思ったのかも知れない。

二人で本屋に行くと、ベンが変な行動をとったり、大声を出したりしないように、一応何となく近くに居るのだが、本屋中をぐるぐると歩き回っているので、見失うことも多い。そんなわけで、監視がおろそかになってしまうことも多いのだが、2人だけで行ったこともあり、僕はベンの後をくっついて回っていた。

すると驚いたことに、ベンが僕がついて回るのを嫌がる。「Daddy, go away」(あっちへ行って)「Don’t border me」(邪魔しないで)「Leave me alone」(一人にしておいて)と、知ってる限りの言葉をあびせて来る。何か、見られてはまずい本を読んでいるのかと、さりげなくチェックしてみるが、そういった問題でも無いようだ。

親と一緒に居るのがカッコ悪いと思っていた時期は、僕にも覚えがあるけれど、それにはちょっと早すぎる気もするし、おまけに一人で本屋に来ることも不可能なのは自分でもわかっているはずなのに、ついて回られるのはうざったいようだ。

どうやら、ベンなりに自由な感覚を楽しみたかったようで、近くの棚からこっそりと覗いてみると、あまり独り言も発さず、にこにこしながら本を読んでいる。多分、僕からいちいち「ベン、静かにしなさい」とか、「本を叩くな!」と小言を言われるのが嫌なのだろうと思う。でも、仮免のドライバーがやがて一人で運転できるようになるように、ベンが一人で本屋に行ったりできるようになる可能性を感じさせるわけでもあり、そのまま見守ることにした。

自閉症者の一人立ちが難しいのは、予期しないケースに対処するのが難しい点にある。いつも同じように進んでいることなら問題なく出来ても、ちょっと違うことが起こるとパニックになってしまうことが多いからだ。だから、特に都会、さらに予期しないことだらけのニューヨークでは相当な試練となるだろう。
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by gakuandben | 2006-07-19 04:39 | 自閉症に関して
留守番
こうして9時から5時の仕事をしてみると、瞬く間に一日が過ぎてゆくのを体感する。通勤時間20分の距離でこうなのだから、通勤に1時間以上かけている人たちにとって一日は本当に短かく感じるものだろうと思う。実際に仕事をしている時間があるので、単純に一日が短いとも言えないけど、僕にとっての一日は、自分の時間が取れて納得のゆくものという感覚に慣れてしまっているので、その結果、短く感じてしまうという贅沢な考え方なのかも知れない。

去年までは、ベンが帰宅する時間に合わせて休憩時間に家に戻っていたのだが、今年からは、アパート1階にある洗濯屋さんに鍵を預けておいて、自分で入るようにしてもらっている。僕が戻るまでの間、1時間ちょとあるのだが、アイスクリームやソーダを冷蔵庫に入れておき、スナックを出しておくと、それを食べながら、コンピューターに向かっているようだ。確認の電話をしてみると、相変わらず、「Daddy, I didn’t hit」から始まり、「What’s for dinner?」(夕ご飯何?)と逆に質問され返されてしまう。まあ、問題が無いのが何よりなのだが、12歳なら当然出来るはずである一人での留守番も、以前のベンの様子からでは考えられなかった事なのだ。

だから、今年からは休憩時間に休憩をすることが出来て、ベースの練習をしたり、コンピューターに向かう時間が出来るのが本当に有難い。僕は夜に仕事をする事がほとんどなので、朝の時間は自由に使えるのだが、妻が昼間働いてくれている関係から、子供の帰宅に合わせてすべてのスケジュールを組まなければならなかった。でも、こうして一人で何とか出来るようになってくれると、これから先のスケジュールの取りかたにも大きな余裕が生まれることになる。

ミュージシャンの一生で、どれだけの活動が可能なのかは人それぞれだとは思うけれど、障害児を持つミュージシャンの活動として、出来る限りのチャレンジをしてみたいと思う。
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by gakuandben | 2006-07-15 02:32
How am I supposed to do ?
あっと言う間に週末は過ぎ去り、去年からはじめた子供の音楽キャンプの仕事が始まった。ベンは普段通っている学校がサマースクールを行ってくれるので、いつもと同じように朝、スクールバスで通学してゆく。僕は下の子を連れて、15ブロックほど離れた、学校に自転車で行く。下の子にはキック・ボードを使ってもらい、通勤時間が短縮された。

キャンプでは、ベースのクラスとバンド・アンサンブルのクラスを受け持つのだが、去年同様、最初の週は自分の息子のいるバンドを受け持つことになった。小学校の5年生くらいが7人集まったバンドになるのだが、去年とは違って今回は中々手ごわい子供たちだ。というのも、10歳くらいになると、既に人格が出てきており、言われて「はい、わかりました」という事にはならなくなっている。かと言って、自分の置かれている状況や、周りの状況が理解出来ているわけでも無いので、バンドとして音楽を成立させるのは困難を極めることになるのだ。

バンド・メンバーの女の子は、ギターのコードも弾けないのに、自分が弾けないことを、何とかしろと言わんばかりに文句を言ってくる。子供が相手とはいえ、真剣に頭に来てしまうのは、いつも一生懸命に出来ないことに挑戦する障害児たちを見ているせいだろうか?

僕の知るアメリカのカルチャーで、最も苦手なもののひとつに、女性のわがままぶりがあるけど、それは10歳にしてすでに形成されているものだったようだ。そんなネガティブは方向に考えが向かってしまうほど、7人の子供たちをまとめるのには苦労が多い。

ところが、3日目くらいになってくると、それぞれ個人的な繋がりが出来てくる。まとまった子供たちの束から、僕と一人一人の関係が希薄なものながら、伝わり始めてくる。こうなってくると、少しだけ楽になってきた。なるほど、これが友人の中学校教師が「あの年頃の子供たちは、一人だと良い子達なのに、集まるとデビルになる」と言っていたのを思い出した。だから、集団で警察に捕まる率も中学生が一番高いそうだ。

僕のバンドの子達は中学生の年齢には達していないけれど、デビルになるべく始まりの部分を見ているような気がしないでもない。主張のぶつかり合いと、お互いを牽制しあう気持ちが、いつの間にか連帯感を生み出して、飛びぬけた行動を取る事がヒーローになるための条件になる。

バンドの練習では、なるべく個々の意見を尊重しつつ、誰もつまらない思いをしないように注意しているが、逆にその点では問題は無く、それぞれに満足しているように見えるのはさすが、アメリカの子供たちなのかもしれない。

3週間で終わる、擬似教師体験でも、これだけ考えることがあるのだから、僕にとっては、実際の教職に携わる方々のご苦労を察する良い機会になっている。

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by gakuandben | 2006-07-13 04:59
I'm home !
そしてキャンプも終わり、ベンと弟は同じバスに乗ってキャンプの風景からはあまりにもかけ離れた、34丁目の10thアベニューにあるYAIのビルの前に着いた。

弟の方はYMCAのキャンプなのだけれども、ベンと同じバスで帰るためにYAIのバスに便乗させてもらっている。そのせいか、バスの先頭に座っており、ドアが開くとすぐに飛び出して来て涙ぐんでいる。弟はキャンプの直後1、2日はいつもこうで、口数も少なく妙に大人っぽい。久しぶりに親に会えたのと、2週間一緒だった友達との別れが一緒になって、センチメンタル・ムードになってしまうようなのだ。

さて、ベンの方はというと、これは至ってストレートな表現と共にバスから降りてきた。「Daddy, I didn't hit」(パパ、僕は叩いてないよ)が開口一番。これは
、僕がいつもベンが学校から帰ったときに、いつも誰かを叩いたり、引っ掻いたりしなかったかをすぐに確認している事によるもので、僕の顔を見た瞬間に、反射的に言ってしまったものかと思っのだが、その後すぐに、実際に友達を叩いてしまったことがバレてしまう。

アーロンという友達が続いて降りてくると、ベンは「I am sorry Aaron, I will not hit 」と言いながら握手を求めている。さらに僕に同じ事の書いてある紙切れを渡す、入念なお詫びをしているのだ。ダウン症の男の子である当のアーロンは全く気にする様子もなく、今度は二人で抱き合っていた。

カウンセラーの方にベンの暴力に関しての注意をお願いしておいたので、毎日、ニコニコマークの表が作ってあり、僕に渡してくれた。見ると確かに1日だけ、水曜のところがニコニコしていない。でも、2週間で1日だけというのは、今までのベンのペースからいうとかなりの快挙。勉強などのストレスがなかったせいもあるだろうけれど、これからも、続けて欲しい成績だ。

キャンプの後の昼食に、毎年行っていたバーガー・キングがビルごと取り壊しになっていて、マンハッタンの地上げの凄まじさをまた体感することになる。最近はビルごと取り壊して、コンドミニアムを作るというのがあちこちで行われていて、見覚えのあるコーナーが半年もしないうちに、全く別の風景になっていたなんて言う事もよくある。

2人とも早く家に戻りたい様子だったので、家で夏らしく「ざるそば」を食べることにした。

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by gakuandben | 2006-07-12 13:54 | 自閉症に関して
We will see you soon.......
8日間の日本滞在も終わり、ベンの住む街ニューヨークに帰ります。
飛行機に乗れないベンは「I hate Japan, I have to stay in America」(日本は嫌いだ。アメリカに居なくちゃいけない)などと、よく口走っているが、それは飛行機に乗るのが嫌だから言っているのか、本当に日本に行った時の印象が悪くて言っているのかは分からない。

ベンが前回日本に行ったのは、弟が生まれてすぐ、3歳半くらいの時だった。妻は仕事の都合で行けなかったので、友人の日本人の方と一緒に新生児である弟とベンを連れて飛行機に乗った。普通の子供や大人でさえ、しんどい13時間のフライトでベンが静かにしていることは不可能で、8ミリビデオや数々の用意しておいたお菓子をもってしてもかなりのきつい旅だったのを覚えている。

何度は寝てもくれたが、どうしても立ち上がって歩き回りたくなるので、10分おきにトイレに立っていた。それでも、まだ4歳になっていない子供だったので、何とかなってはいたが、今は体も大きくなっているしパニックでも起こして騒ぎ出したら、飛行機は最寄りの空港へ直行して、降ろされてしまうだろう。4、5年前にエア・フランスが自閉症(成人)の客を飛行機に乗せなかったというので訴訟になっていたが、権利の主張という意味では一理あるけれど、実際に起こるかもしれないことを考えると、納得せざるを得ないところもある。

ベンが飛行機に乗れるようになる日がいつか来るのかは未知数だけど、今のベンにもう一度自分の生まれた国を見せてあげたいと、心から思う。そして彼のおじいちゃんやおばあちゃんに、日本で会うことが出来たらどんなに素晴らしいか。

「当航空では、夏休みには2便、専門のCAが同乗する自閉症の方専用のフライトを行っておりますので、是非ご利用下さい」なんていう時代が来てくれないかな? ベン自身が飛行機でのマナーを少しでも理解してくれれば、ラップ・トップ・コンピュータと大きめのビジネス・クラスの座席というエグゼクティブなスタイルで13時間を乗り越えることも出来そうだが、二人分のビジネスのチケットはそう簡単には買えるものでは無い。

でも、苦労して着いた日本で 到着するや否や「I love Japan 」と言いそうな気がしてならない。嫌なことが取り除かれると、急に意見が変わるというのは常日頃からよくあるベンの得意技でもあるからだ。そして、いつもの微笑みをうかべてひらがなを読むのだろう。「おかえりなさいませ」。


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by gakuandben | 2006-07-08 13:18 | 自閉症に関して
宴の代償
渋谷から12時半の終電に乗って家に帰ることにした。電車が到着すると信じられない人数の人がが乗り込んでいて、すっかりと忘れていた金曜日の終電の状況を一瞬にして思い出す。

やっとの思いで目的の駅に着くと、今度はタクシー待ちの列が100メートル以上続いている。一列に並んだ人は駅の階段の上の改札口近くまで達していて、最初は何の列なんだか分からない。でも、みんな観念したかのように静かに列をなしている。

一日中働いて、週末に同僚と酒を飲み、家へ帰ろうとすると、待っているのはぎゅうぎゅう詰めの電車とタクシー待ちの1時間近い列。おまけに雨まで降ってきて、これはいくら何でもちょっとひどいんじゃないかと思った。

これだけの都市で、公共交通機関が24時間営業でないというのも、久しぶりに経験すると、ちょっと信じられない不便さで、よく何とかなっているものだと逆に関心してしまう位だ。でも、そこには文句を言わずに我慢してくれる一般の会社員の方たちの努力がある。

せめて週末だけでも、1時間に1本でも良いから電車を走らせてくれれば、みんなこんな思いをしないでも済むのに。 沿線の騒音の問題や、駅の職員の問題があるのかも知れないけれど、始発までの4時間、電車を1本も走らせない理由は、あの文句を言わない長い列の努力に値するだけのものがあるのだろうか?

電車がなくなることによって出来るタクシーの渋滞、終電に合わせて組まれるエンターテイメントのスケジュールなど、制約を受けることによる余裕の無さ、時間の無駄は、単なる不便を通り越して、日本人の生活をつまらなくしてしまう大きな要素になってしまっているようにさえ思えた。


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by gakuandben | 2006-07-04 10:18
Respect
母の検診に一緒に行くことにした。大学病院なので、待合室に居るといろいろな症状の患者さんを見ることになる。そんな中で本当に見ると辛いのは小児病棟からの子供の患者。看護婦さんに車椅子を押されて移動中、ゲーム・ボーイで無心に遊んでいる子の頭には大きな十文字の手術痕があった。

僕はいつもそういった子たちを見て、「神様はとても不公平だなと」思ってしまう。せめて子供にだけは、あんな思いをさせないで置く事はできないものだろうかと真剣に考えてしまう。

電車に乗る用事があり、駅に行くと、駅前では障害児たちが体験学習で豆腐を売っていた。ベンより少し上の年頃のダウン症や発達障害の子供たちが声を張り上げて「お豆腐いかがですか~」と頑張っている。誰も見向きもしないけど、僕は近づいてお豆腐を見ることにした。

ベンに障害があるとわかった時、なんで自分の子だけがこんな事になるんだと思った。「何だよ、僕の息子だけ大変な思いをして損をしてるじゃないか?」と。

障害や病気の当事者ではない僕が、色々と思いを巡らせるわけなのだが、どう頑張ったところで、実際に彼らと同じ経験をすることは出来ないわけで、本当の彼らの幸せを考えるのは果てしなく難しい。

僕らの側から見た彼らの幸せと、病気や障害者である彼らが本当にハッピーになることには少し隔たりがあるようにも思えてならない。所詮、同じ痛みを感じられないのだから、無理に理解するのではなく、リラックスして考えてみて、僕は彼らを心から尊敬するようになった。可哀想だから助けるという感覚ではなく、興味を持つことによって彼らから色々なことを教えてもらおうと思う。

助けてあげるのではなく、僕が助けてもらう。レゲエのミュージシャンがよく言う「リスペクト」(尊敬)は、お互いを尊重することで、みんなハッピーになる。そこには損でも得でもない素の人間としての思いやりがある。

だから、これからも辛い気持ちの代わりに彼らを尊敬して、自分が成長するためのお手本にしょうと思う。そしてベンだけでなく、みんなに「ありがとう」と言いたい。
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by gakuandben | 2006-07-04 09:53 | 自閉症に関して