ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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Seasons of Love
海岸沿いにあるアミューズメント・パークというのはアメリカのビーチでは定番で、古くはブルックリンの南にあるコニー・アイランドが有名(毎夏ホットドッグ早食い大会が行われており、必ず日本人選手が優勝して記録を更新しているので、日本のテレビでもおなじみの場所)。

砂浜の上にボード・ウォークが組まれそこに海の家ならぬ、海の店が続く。店は海の幸関係の飲食店や、ビーチ名の入ったTシャツなどを売る謎のビーチ・ファッションの店、日本では射的に値するゲーム小屋、マイルドなカジノ気分の楽しめるゲーム・アーケード等が延々と軒を連ねる(アメリカはギャンブル施設の規制が厳しく、許可された地域以外にカジノは作れない)。

そして目玉となるのが恐ろしい乗り物を取り揃えたアミューズメント・パークなのだが、ここのビーチは全長1マイルはあろうボード・ウォークの両端がアミューズメント・パークになっているという豪華なものだった。当然の事ながら、生命の危険を敏感に察知するベンにとって、それらの乗り物は恐ろしい以外の何者でも無く、「Daddy I donユt go to ride PLEASE」とくり返し、抱きついてくる。

ベンは正しい。いくつかの乗り物は見ているだけでも信じられないくらいに恐ろしいものだった。巨大クレーンの端にゴンドラをつけてぐるぐると回転させるという、シンプルかつ大胆な発想のものから、バンジーコードでつながった球形の檻の中に詰め込まれた人間がパチンコの要領ではじき出されるといった、「コードが切れたらおしまい」といったものまで揃っている。どうしてこんな乗り物にお金を払ってまで乗るのかが理解出来ないが、好きな人には楽しいようで終わった人を観察してみると、割と皆ケロリとしていた。

大好物のチーズ・バーガをものの2分で食べ上げたベンは、ゲーム・アーケードに走り出した。こういった興奮のるつぼのような所に来ると、後先を考えずに一目散に走り出してしまうので注意して見ていないと見失ってしまうことがある。日暮れ後のこんな人ごみでベンが迷子になってしまうなんて、考えただけでも恐ろしい。何とかしなければと、またビヘービアー・マネージメントの方法を使ってみることにした。

ロジカル・コンシークエンスの授業で習った自己の行動を選択させる方法。これは、罰ではなく論理的な物事の結果を認識させる手段で、いくつかのステップがある。例えばこの場合だと、「勝手に一人でどこかへ行ってしまう」という問題行動に対して、一人になってしまうとどういうことが起こるかをベンに質問する。「家に帰れなくなる」などといった問題が起こる事を認識させて、次にそうならない為にどうすれば良いかを選択させる。

「ベン、家に帰れなくなるか、このまま皆と楽しく一緒に居るのとどっちが良い?」当然、後者を選択するわけだが、「もし、一人で勝手にどこかへ行ってしまうならそれはできないよ。一緒に居たいなら、必ず側に居ないとダメだ」というオチになる。これは、実際に起こるであろう、困難を利用したパターンだが、例えばテレビを大音量で見ている子供に対して、迷惑がかかることを説明し、ボリュームを下げないのなら、テレビを消す。下げるなら続けてみて良いといった具合に罰ではなく、意味の通った形で問題行動を取り除くことなのだ。

相変わらずちょろちょろとしてはいるものの、それからベンはもっと僕らからの距離を気にする様になり、随分と楽に歩く事が出来るようになった。大爆笑したのは、日本でヒットしたダンスのゲームにお金も入れずにベンが飛び乗り、激しいタップダンスのようなものを踊っていたことだった。

そしてベンお気に入りのゲーム・アーケードに到達するのだが、25セントにくずしたコインを持って一目散に走って行ったのはスロット・マシン。見ていると、レバーを回してからドラムが回転しているのを2センチくらいの距離から凝視している。しばらく眺めてからボタンを押して止めるのだが、なかなかの揃い具合には驚かされた。適当にやっているように見えるルーレットからも高得点のチケットが出て来て「レイン・マン」を思い出した。

大興奮の夜を終えて、部屋に戻ってからもなかなか寝付けない子供たち2人だったが、リチャードと一緒にギターを弾きながら遊んでいると、横になってあくびをし始めた。「ベン、この歌は知ってるかい?」と次々と弾いてみると、ミュージカル、レントのシーズンズ・オブ・ラブを歌い始めた。
 
「525,600 minutes - how do you measure, measure a year? ........」
リチャードと顔を見合わせて驚いていると、どんどん続きが出てくる。小さい頃からベンの事を知っている、リチャードとポーラは本当の叔父と叔母であるかのようにいつもベンの事を思ってくれる大切な存在。ベンは彼らにお礼を言うかのように最後まで歌い上げた。リチャードは、先に寝ていたポーラに歌が聞こえるようにベッドルームのドアを開けた。

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by gakuandben | 2006-08-29 11:15 | 自閉症に関して
大西洋の海
親友のリチャード、ポーラ夫妻がニュージャージ海岸沿いのビーチ・ハウスを借りていて、お誘いを受けたので子供を連れて泊まりに入った。金曜に仕事の予定もなく、子供を連れてゆく場所にも煮詰まっていた時に絶好のタイミングの小旅行。車で2時間程の距離だが、平日の交通量はビーチの方向には少ないので好条件ばかりだ。

「ニュージャージーの海は奇麗で良いよ」みんなに言われてはいたけれど、今まで一度も行くチャンスが無かった。ビーチは良く行く方なのだが、やっぱりロング・アイランドになってしまう。何だか近い気がするのと、わざわざ他州のニュージャージーまで行く事は無いだろうという心理もある。ウチからの行程だとトンネルを通るというのも、海に行くというイメージを壊してしまう要因になっているのだろう。

今週の始めに行く日を決めて、ベンには2日前から行きたいかどうかを確認しておいた。そして、彼の中では「1泊旅行なら良い」という事になったようだ。何せベンはプール、水遊びは好きなのだが、海の中に入るということを凄く嫌がるのだ。理由を聞いてみると「It's too dangerous」ということなのだが、どうやら波にのまれてしまう心配の他に、映画などで見た海中生物に噛み付かれたり、食われるといったことを心配しているようにも思える。だから、ビーチではもっぱら日干しになるだけで、水に触れるとしてもサンダルを濡らす程度のものとなってしまい、持て余してしまうのだが、海の音や景色は好きなようで、最近では2時間くらいは楽しんでくれるようになってきたところ。

一度は通り過ぎてしまったほど小さなサインしか出ていないシャドウィック・ビーチは居住者か、ビーチ・ハウスに滞在している人以外はお金を払わないと入れないプライベートに近いビーチ。駐車場も殆ど無いことから人が少なく随分とのんびりとした雰囲気だ。到着早々歩いて3分ほどにあるビーチへ繰り出した。

いつも行くロング・アイランドのビーチとの大きな違いは、波が穏やかな事だった。いつも高い波をかいくぐって泳いでいて、大西洋は波が高いのかなと思い込んでいたが、ここはまるで日本の海のようにプカプカとした海水浴が出来る。下の子も波の怖さから、今までビーチで泳ぐことは一度も無かったのだが、今回始めて海での泳ぎを経験して喜んでいる。

ベンはいつものように、アイス・ボックスから冷たい水を飲んだり、時折歩き回っては立ち止まり、海を眺めていたり、まるで宗教の儀式でも行っているかのようにうつ伏せに寝そべって、砂をいじったりしている。それでも、何とか僕らの時間に合わせてくれるかのように、リラックスした時間を送っていた。

「ああ、来て良かったな」と思うのもつかの間、ベンは「Can I go home tomorrow ?」と質問し始める。大好きな本屋やビデオ店は近くに無く、持って来たコンピューターもインターネットが出来ないことに危機感を感じたのか、しつこく確認を繰り返し、しまいには「Can I go now ?」となってくる。

こんな時に役立つのが、ミス・ソンバイに教えていただいた、ビヘービアー・マネージメントのテクニックだ。「ベン。僕はビーチでゆっくりしたいんだけど、もう少しそれにつき合ってくれないかな?」自分を主語にしてメッセージを伝える「アイ・ステートメント」を試してみると、少し考えなおしてくれたのか、しばらくその質問は収まり大人しくなる。

しかし、その後はいつもおなじみの質問、「What's for dinner」攻撃が始まる。午後のおそくになり、お腹も空いてきている時間。下の子からも頻繁に聞かれるこの質問は、おそらく子供を持つ親が一生のうちに一番多くされる質問だろう。

ところが、ベンの場合はこれがほとんど一日中通してくり返される質問で、ランチを食べ終えた後からすぐに始まる。そして、さらに大きな問題は、もし答えたものと違うメニューになった場合に癇癪を起こすことがある点。だから、こちらも適当には答えられないし、「I don't know yet」とか、確実に決まっている時はそのメニューを言ったりしてその場を取りもたせていた。

ミス・ソンバイから教えてもらった対応はこういうものだった。先ず質問には答えずに違う話を持ちかける「ベン、今日は天気が良いね」でも「海は気持ち良いかい?」でも何でも良い。ポイントはベンがその質問をして答えが得られるという期待をさせないという事。これはまだ試行の段階だが、最近は「その質問には答えられないよ」と回答して別の話をするようにしている。実際にその夕食を作り始めるか、外食の場合は店でオーダーして始めてその答えが出るというわけだ。
海沿いのアミューズ・メントパークに夕食を兼ねて行くことにしていたので、その予定を教えて、そこで夕食を食べることも伝えると、満足した様子でまた落ち着きを取り戻してくれた。                      

続く
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by gakuandben | 2006-08-28 00:56 | 自閉症に関して
4分間のチャンス
昨日は日曜日。下の子が8時から見始めたテレビはチャンネル5でやっている「ティーン・チョイス2006」という、特別番組だった。まあ、長い夏休みがだらけて来たころにこういった番組があるというのもいかにもアメリカらしいが、大人の目から見ると、ティーンのマーケティングに成功した人達に送るアワード番組という風に考えてもおかしくない程に、宣伝効果むき出しの賞が次々と送られてゆくという趣向のものだった。

ベスト・ムービーにはパイレーツ・オブ・カリビアンが選ばれ、ジョニー・デップが表彰台でスピーチをするといった具合で、お約束の連続で番組は進んでゆく。ブリトニー・スピアーズがマタニティ・ドレスで登場したのは、さぞかしティーンの性教育に役立ったことだろう。

ところが、ある賞の紹介でプレゼンターの語調が急に真面目くさくなる。こちらも話を真剣に聞き始めると、何とそれは自閉症の高校生がバスケットの試合で天才的な才能を発揮したという話だった。

番組で生徒の撮影したビデオを流すと、それは確かに奇跡のような出来事だった。試合最後のたったの4分間の間にスリーポイントラインの外側からのシュートを次々と決めてゆく。僕は良く知らないのだが、バスケットでは、ゴールからの距離によって得点が異なり、離れた距離からシュートなので得点はすべて3点、それを6回も決めたというもので、会場は選手、観客を含め、大変な興奮状態に包まれていた。

番組ではプロバスケットボールのスター達が、その少年の偉業を検証する。彼がシュートした距離と同じ位置からシュートするのだが、皆5分の1程度の確率。そのシュートがいかに神業がかっていたものだったかがわかる。

この少年、ジェイソン・マケルウィン君はその高校の特別学級に通っていて、2歳の時点で自閉症と診断され、5歳までは言葉が出なかったそうだ。僕は彼がどの程度の自閉症なのか興味津々でいると、プレゼンターは彼をステージに呼び出した。「ティーン・スポーツ・アワード」が送られたのだ。

会場から、ステージに駆け上がったジェイソン君は大きな歓声にも耳を塞いだりすることもなく、チック的な行動も無い軽度の自閉症と見受けられる。話始めると、トーンがちょっと変わっている程度で、きちんと賞に対するお礼が言えているし、自閉症というよりは、自閉症に起因する学習障害者という感じに見える。

スピーチが終わるや否や、ステージにチーム・メイトが全員集合。喜びを分かち合うというエンディングでコマーシャルとなったが、下の子に聞いてみると「ああ、彼のことは知っているよ」との答え。ティーンの間で流行っているeBaum’s Worldというビデオ配信のサイトで「驚異の自閉症バスケプレーヤー」として話題になっているニュースだったそうだ。

この話は、まるで実際に起こったフォレスト・ガンプのピンポンのシーンのよう な感動のストーリとして伝えられ、実際に彼の両親のところには数社からの映画化のオファーが来ているそうで、今後の展開が楽しみなところだが、僕が最初に思ったことは、学校の生徒達のジェイソン君に対する心優しい姿だ。特別学級というだけで、辛い目に遭うことの多いであろう高校での出来事としては驚きだ。

さらに調べると、学校中の生徒がずっとマネージャだったジェイソン君が試合に出してもらえるかも知れないということで、応援をしに来ていたということもわかった。そして彼は毎日チームの練習が終わった後に一人居残ってシュート練習をしていたこともわかった。ジェイソン君だけでなく、彼を奇跡に導いた 周りにいた学校の生徒たちの愛情も同じように讃えたい。

ジェイソン君はこの試合の後に言ったそうだ。「人と違うと思っていたけど、今は決して違いを感じなくなった」。ひっくり返すと、友人たちも、違うと思っていたけれど、違いはなかったと思っているだろう。どんなレベルの障害者にも、こんな気持ちで接することが出来たらどんなに素晴らしいだろう。

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MSNBCニュースより
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by gakuandben | 2006-08-23 00:02 | 自閉症に関して
NOISY BOYS
そんな夏休みスペシャル第一弾として企画されていたのが、前々からのリクエストだった、ミュージカルの「プロデューサーズ」。元はベンが気に入って、春休みに行く予定だったのだが、人気のミュージカルだったこともあり、チケット入手が難しく断念していたのだった。

その間に映画化されたミュージカルがDVDとなり発売され、それを買ってみた弟も、生で見たいと言い出した。ベンにも「映画で見たから良いじゃないか?」と聞いてみるが、やはり本物を見たいと言う。決意は固いようなので、昼に行ったリハーサルの帰りに劇場のボックス・オフィスに寄ると、一番安い最後尾の列が空いていたので、当日券を買うことにした。

この空いている状態の最後尾の列というのは、重要なポイントで、逆にこの状態以外の席では、まだ少しベンには無理がある。前回初挑戦した、「ムービング・アウト」の時も、最後尾だったお陰で、随分楽に観劇することが出来た。というのも、ベンは座っているだけというのが出来ず、時々半立ちになってみたり、手を高く挙げてしまったりと、後ろの人に思い切り迷惑な人になってしまうからだ。

ミュージカルは2度目の挑戦だが、前回はビリー・ジョエルの曲に合わせて歌って踊るという、殆どロックコンサートのようなもので、静かになってしまう部分が少なかった。それに比べて今回のは台詞の部分も多いので前とはちょっと勝手が違う。ちょっと心配なその予感は的中し、休憩後の静かな会話の部分で、ベンは喋ってしまう。これは、完全に僕の失策によるものだ。

休憩前の席はバルコニーの後ろだったが、結構人が居た為にベンがモゾモゾすると周りの人が気になる感じの距離だった。大人しくしてはいたが、やはりストーリーを見ているというよりは、舞台セットの面白さや、歌と踊りの部分が楽しいようで、会話の部分になると持て余してしまうようだった。僕は休憩後に、前や横に誰もいない端にある一人がけの席を見つけて、ベンにそこに移るように言ったのだ。そこなら、モゾモゾしても周りの人を気にしないで済むと思ったからだ。

ところがこれは全くの逆効果で、周りに人に居ない自由を与えられたベンの動きは激しくなり、おまけに僕が少し離れて座っていたために喋り声が大きくなってしまったのだ。失敗したなと思った時は既に手遅れで、一番静かな会話のところで手足をバタバタとやりノイズを出し始めた。あわてて「Ben, be quiet ! 」と注意すると、今度は「Daddy, I have to be quiet, I am not noisy」と丁寧に答えてしまう。これは自閉症の典型的な会話のパターンで、何かを言われた場合にそれを完結させないと気がおさまらない「こだわり」によるものだ。

普段なら何のことは無い、この一往復の会話も、静かな劇場で会話のシーンとなるとかなりの時間と音量を占有してしまったように感じられて、心臓が止まりそうになりながら外に連れ出した。トイレに行って用足しさせながら、「ベン、劇場ではどんな場合でも、喋ったり、音を立てたりしてはダメなんだよ」と念を押してから、席に戻る。

その後は割と静かに見てくれて、何とか事亡きを得たが、やはり、過信は禁物、常に冷静に状況を分析しなければいけないなと実感させられた夜だった。

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by gakuandben | 2006-08-18 20:15 | 自閉症に関して
I will survive
ベンのサマー・スクールも金曜で終わり、子供2人を相手にする僕にとっての本格的な夏休みが幕開けとなった。先週の間はまだ弟の方だけだったので、融通は利いていたもはずなのだが、それでも子供の世話というのは時間をとられるもので、特に何かを集中してやろうとする時間をとるのが難しい。

おまけに週末にあったシュプリームスの譜面がギリギリまで届かずに2日間で20曲のベース・ラインの練習をするはめになり、兄弟が交代交代に「Daddy, Iユm hungry」と1時間おきに言われる度にブチ切れそうになっていた。

学校に行ってくれている時間がどれだけ有り難い時間だったのかを心の底から実感する事のできるこれからの3週間、色々とプランはあるのだが、仕事の予定と重なる事も多く、あまり綿密な計画を立てることは出来ない為、すべて行き当たりばったり的なものとなりそうだ。

でも、僕はもともとそういうサバイバル・キャンプめいた旅行が好きで、ホテルを予約して、何かの観光名所に行ってという明確なプランを持ったバケーションというのがあまり面白いと思えない、ファミリー向きでないところがある。

というのは、中学1年の時に、大学受験に失敗して浪人が決定した兄と、箱根に1泊旅行に行った時の思い出にさかのぼる。不憫に思った母が旅行でも行きなさいと兄に金を渡したらしく、丁度春休みだった僕は道連れになった。

新宿からロマンスカーに乗ると、あっという間に箱根湯本の駅に着き、そこからケーブル・カーに乗って強羅で降りる。夕日の奇麗な坂道だらけの道を歩き、幾つかの小さな旅館で泊めてもらえるかを頼んだが見事に断られ、兄は到底不可能と思われる辺りで一番大きな富士屋ホテルのフロントに行き、部屋があるかを尋ねると、以外にあっさりと部屋を取る事が出来た。

ホテルの隅の方にある小さな部屋だったけど、古いのに清潔感のある、子供なりに良い雰囲気を感じるホテルだったのを覚えている。
こちらに来てからは日常的となった、足付きバスタブやタブの中で使うシャワーも、きっとあの時初めて体験したのだ。

次の日はケーブルカーで山の上の方まで行き、そこからハイキングをしながら山を降りてゆくとういことになった。いや、確かにハイキング・コースだったのかもしれないが、中学生の僕にとっては何とも恐ろしい原野のように見えて、道に迷った場合を想定して、たまたま持っていた読売旅行か何かの雑誌を一枚ずつちぎって道に置きながら進んで行った。

もちろん今になって思えば、兄は箱根の山で道に迷う事など到底心配しておらず、僕のしていた安全対策を面白がって見ていたのだろうけれど、こちらとしては兄も助けてやりたいと思う責任感なども芽生え始める程に、几帳面に一枚ずつ木の根っこのあたりに置いていたのを覚えている。

昼前から歩き始めてた山道が終わり、日が暮れた頃からは車道を歩いて、ようやく箱根湯本の駅まで戻る。帰りはロマンスカーではなく、急行電車に乗ったのだろう。ドアの近くに立ってネオンに輝く新宿の街が電車から見えると僕は泣き出してしまった。どういう感情だったのかは自分でもわからないのだが、1日にしてあまりにも
たくさんの出来事に心がオーバー・ロードしているという状態だったに違いない。

楽しい、悲しい、怖い、嬉しい、寂しい、びっくりした、疲れた、

兄は新宿でうまいカツ丼屋があるということで、そこに行って遅い夕食を食べるのだが、僕は泣いてしまったせいもあって胸が一杯で食べれないので半分近く残してしまった。夜11時近くに家に戻ると、母親が「もう、どうしちゃったのかと思っていたわよ」と言い残して寝てしまうところまでが、僕の記憶に残る一番楽しかったその旅のエンディングだった。

そんな訳で、予定のある旅の楽しさよりも、ちょっと危険な香りのする予定の無い旅の楽しさを知ってしまった僕は、そういった旅行の仕方を良くしていた。だから今でも、ちょっと思いつきでどこかへ行くとかいう人が羨ましくて仕方が無い。

子供が小さい間はちょっと無理だけど、中学生くらいになったらこういう旅に一緒に行きたいと思っていた。ベンにとって予定の決まらない事や変更は一番の難題だ。あの時の僕と同じ歳を迎えるベンがどこまで挑戦できるかはわからないが、先に起こる事がわからない事の楽しさを何とか教えてあげたいものだ。

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過酷に思えたシュープリームスの仕事は大成功でした。
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by gakuandben | 2006-08-16 12:15
I Statements for New York
マンハッタンの駐車状況は厳しく、時間帯や曜日によって路上駐車をするのは至難を極める。こちらには、車庫証明などは必要ない為、路上駐車を続けることにより、月400ドル近い車庫の経費を節約出来るが故に、車を維持することが可能になっている人も多く、僕を含めて車庫を持たずに路上駐車だけで何とかしている人にとって、駐車スポットの獲得は死活問題だ。

パーキング・カルマなんて言葉もあって、「俺のパーキング・カルマが悪いのは、先祖が停車中の馬車をはねて殺してしまったからなんだよ」なんて冗談を言っている人もいる。人から見ると僕のパーキング・カルマはかなり良い方らしく、先祖に感謝したいところだ。

窓を開けてコンピューターに向かっていると、外で言い争っているのが聞こえてきた。ストリート・クリーニング・ルールというものがあり、一日おきに道路の片側ずつを掃除するために1時間半ほどの駐車禁止時間がある。このため路上駐車は、ずっとしている事は不可能で、10時半の駐車禁止が解除されるのを待って、たくさんの車が駐車場所をキープするために待機している。だから、この時間にはこういった場所の取り合いのトラブルが多い。

既に止まっている車に対し少しスペースを空けて欲しいと頼む男性と、それを無視するドライバー。すると、その前でゴミ出しをしていた口論好きなアパートの管理人が文句を言い始めた。

「おまえらアメリカ人はいつも文句ばかり言っている。充分スペースがあるんだから黙って止めれば良いじゃないか?」明らかなヨーロピアン訛でまくしたてる。「アメリカ人は」と言うくらいなのだから何か深い恨みを感じずにはいられないが、ただ車を止めようとして、そんな事を言われた「アメリカ人」も黙ってはいない。

「おまえはどこから来たんだ?俺はここで生まれたんだぞ。アメリカに居てアメリカ人のやり方で何が悪い?」あまりにもアメリカンな発言に、少し笑ってしまったが、これだけの人種が入り乱れる街では確かに言いたくなる気持ちもわかる。でも、彼は自分の祖先も200年くらい前は移民だったのを忘れてしまったようだ。

熱いスピリットを持つヨーロッパ系と思われる管理人のおじさんは、期待通りの展開に勢いがついて何度かの口論の応酬の後、「おまえらは牛といっしょだ!モーッモーッ」と擬音なども交えての小学生レベルの戦いにもつれ込ませようとしている。さすがの「アメリカ人」もその誘いに乗る事はなく、ボルテージが下がり喧嘩はお開きとなったが、ここで思い出したのが先週に引き続いて、ミス・ソンバイのビヘービアー・マネージメントの講習からの話。

前置きが長くなってしまったが、今週は「アイ・ステートメント」でのコミュニケーションがいかに大切であるかを教わった。「I Statements」とは、人に自分の感情を伝える場合にYouでなくIを使うという事により、否定的な状況でもスムーズな関係を作り出すというテクニック。例えば、キッチンが散らかっていた時に「おまえは、僕が今まで見た中で一番だらしのない奴だ」と言うのと、「僕はこんなにキッチンが汚いと料理が出来ないな」と言うのでは、片付けさせるという同じ結果を期待できるが、言われた人の印象にはかなりの差がある。

Youや相手の名前を主語にすることによって起こる中傷や、批難はどこまで行っても否定的なメッセージとしてしか伝わってゆかず、本当の改善を生み出さない。逆に自分を主語にして状況を説明すれば、問題のある状況を察知した相手は言った当人が困っている状況を見て、助けてあげるという観点に立って状況を改善することにつながるというわけだ。

この話を聞いた時、これは障害者の行動管理の話だけにしておいては勿体ないなと思ったのは、NYの街で起こる口論のすべての原因はここにあるように思えたからだ。駐車スペースを巡っての口論も「おまえがここに居るから」と言わんばかりのエネルギーがすべての状況を悪くしてしまったわけで、その後の口論の応酬はすべて、当人が何を求めていたのかもわからなくなってしまいそうな程「おまえ」主導だ。

これだけの多種多様な人種、カルチャーがひしめき合うこの街では、このアイ・ステートメントこそが、大事な言葉のニュアンスなのではないかという気がしてならない。




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by gakuandben | 2006-08-10 06:39
癒しの歌声
癒し系の歌声というと、何ともチープな宣伝文句のようになってしまったが、癒される声というのは確かにある。歌が上手いとか、声が奇麗だとか、高くてソフトな声だとか、何となくそれっぽい感じの歌声はたくさんあるけれど、本当に癒される歌声というのは、音の中に聴いている人リラックスさせるアルファー波のようなものが出ているようにも思える。

近所にある小さめの図書館、地下に古本や中古CD、ビデオを売るセラーというお店があって、そこには少しだけレコードも置いてある。ボランティアで成り立っている店で、商品の移り変わりもあまり無いのだが、しばらく行っていなかったので、プールに行った帰り道に寄ってみることにした。

ドアの中は古本の匂いで一杯で、妙に心が落ち着く瞬間でもある。僕は中学生の頃からレコードが大好きでいつもレコード屋さんに通っていた。そしてそこで聴いて気に入ったレコードを中古レコード屋に行って探して買うというのが休日や、学校帰りに費やしていた時間だった。だから、こうやって中古のレコードをめくって見てゆく動作だけでも、何かホッとさせられるのだ。

そして見つけたのは、小学校の頃FMから録音したものを繰り返し聞いていたシカゴのアルバム。2枚組なので当時とても手の出ない代物だった。傷もほとんど無く、2ドル。言い表せられないくらい幸せな気持ちになる。シカゴは80年代になってから、ソフト・ロックの代表みたいになってしまったが、このアルバム当時の70年初頭は硬派なロックバンドで、反戦などの歌詞のメッセージの強さから、社会派ロックなどと呼ばれていた。大ヒットしたのは「Saturday in the Park」もちろん小学生だった僕が、歌詞を理解していたわけではなく、ただ、ブラス・セクションと曲の括弧良さにシビれていたわけだ。

そして見つけたもう一枚のレコード。これが話の本題となるカレン・カーペンターの声。カーペンターズは父親がステレオ購入と同時に買ったベスト・アルバムのようなものがあり、小さい頃からよく耳にはしていたのだが、久しぶりにレコードで聴いてみると、彼女こそが、本当の癒しの声を持ったシンガーであることを感じさせてくれる。

そして、その声はCDで聴くよりも、レコードで聴いた方がさらに安心感のある声に聴こえるような気がしてならない。カレンのように、独特の倍音を持ったシンガーはCDではカットされてまう周波数の音をたくさん含んでいるのだろう。

家族揃って車に乗っている時に、妻にこの話をしながら、他に誰がいるかな?と考えてみた。僕が最初に思い立ったのはル−サー・バンドロス。彼の声には、どんな曲でも良い曲にしてしまうくらいのマジックがある。次は大好きなバンド、アース・ウインド・アンド・ファイヤーのモーリス・ホワイト。これは、いつも聴いているので、耳が慣れていることによる安心感なのかも知れない。妻は、サラ・マクラーレンを挙げた。確かに、トイ・ストーリー2での「When she loves me」で歌い始めた瞬間から、映像に入り込んでゆく歌声は何度聴いてもジーンとさせられてしまう。

後ろに座っているベンに聞いてみた。「ベン、最近はどんな歌が好きなんだい?」すると、スラスラと歌い出したのはブロード・ウエーで最近公開になったウエディング・シンガーのテーマ曲。僕も良くは知らないのだが、ホームページにアクセスして覚えたようだ。「ベン、2番目に好きな歌は?」と聞くと、今度は中島美伽の「愛してる」を、舌足らずの日本語で歌ってくれた。

両親揃って思った事は、「何だ、いつも聞いているベンの声こそが、癒し系だったのか」という事だった。

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by gakuandben | 2006-08-08 06:37
Life is like a box of chocolate
キャンプの仕事も終わり、たまっていた用事を片っ端から片付けながら、下の息子とプールに行く毎日。ゆっくり食事をとる時間も無かった先週から比べれば、既に天国のような生活なのだが、これに加えてちょっと楽しいことをする時間の余裕にあるのが嬉しい。

ベンは引き続き、学校で行われているサマー・スクールに通っているので、それが終わってしまう来週の金曜までは、割と身軽に振る舞えるのだ。

水曜日には、朝10時からのバンドのリハーサルに下の子を連れて行った。ミッドタウンでの3時間程のリハーサルだったが、ラップ・トップのコンピューターで遊んでもらい、公文(算数の教室)の宿題なんかもやらせて、3時間を過ごしてもらった。帰り道には、吉野家の牛丼が近くにあったので、自分が食べたいこともあり、それをランチに採用。久しぶりに食べたこともあり何故か妙においしかった。

せっかくミッドタウンにいるのだからと、久しぶりにタイムズ・スクエアをちょっと歩いてみてから帰ることにした。すると、移り変わりの激しいエリアだけあって、あると思っていたものが無く、何もなかったところに何かがある。

最近、ベンが興味をもっていた映画がフォレスト・ガンプ。何故か数週間前からよく、「I love Forest gump」などと言っていたので、たまたまセールをやってた電器店でDVDを買ってあげた。知恵おくれのフォレストが、ベトナム戦争で知り合ったババとシュリンプ・ビジネスをする約束をする。ババは戦場で死んでしまうのだが、フォレストはその約束を守り、大きな財産を築くという下りがある。ベンはどの程度ストーリーを理解しているのかはわからないけど、障害を克服するどころか、それがすべて良い方に転がってゆくストーリーは何か訴えるものがあるのかも知れない。

タイムズ・スクエアを北上してゆく左手にあったのは、何とそのババ・ガンプ・シュリンプのレストランだったのだ。1階にはショップがあり、映画に出てくるるババ・ガンプ・シュリンプの帽子が売られていたり、入り口のところにはバス停のシーンで主演のトム・ハンクスが着ていたあの白いスーツとスーツ・ケースが飾られている。次男も映画を見たばかりだったので大喜びだ。

何だかちょっと嬉しかったのは、架空の話ではありながら、あの映画がビジネスとして成り立つくらいに親しまれていたことだった。1994年の封切りだから、もう10年以上も前の作品で、僕が初めて見たのはビデオになってからだったから多分それから2年後くらいだったような気がする。ベンは3、4歳、何の気なしにとらえていた主人公の障害は、その当時の僕にとってまぎれもない「架空」の話だった。そういった主人公がテーマになる「レイン・マン」や、「アイ・アム・サム」などの映画は、もちろん後々好きな映画になってゆくわけなのだが、僕のように関係者として興味を持って見ている以外のたくさんの人達にも、こういった障害のある人をテーマにした映画が作られることによって少しでも理解が広がってゆくのを本当に素晴らしく思う。

家に戻ってから「人生は箱入りチョコレートのようなもの、何が出てくるかわからないわ」とフォレストにお母さんが言い聞かせる台詞をかみしめながら、もう一度フォレスト・ガンプを見た。

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by gakuandben | 2006-08-06 05:48
Effective Praising
ベンの行ったサマーキャンプの団体であるYAIから、ビヘービアー・マネージメント(行動管理)の講習をしに来て下さっているミス・ソンバイの授業も4回目を迎えた。YAIは障害のある人を支援するためにあらゆるサービスを提供する民間の団体でNY地区では主要な存在でもある。

週に一度のペースで行われるこのクラスは、学校や、母親に対してのベンの暴力がかなりひどかった時に申請した。手続きや行動分析のための準備で時間が経過してゆくうちに、実際の暴力の問題はかなり落ち着いて来てはいるものの、まだ安心出来る状態ではなく、特に体も大きくなってきたこともあり、これから真剣に対処していかなければならない問題だ。

僕が考えていたクラスというのは、マネージメントという言葉の響きから、何とはなく「ベンがこういう行動を起こしたら、このように対処して下さい」的なものを想像していて、例えば「足で蹴ってきたら、どのように押さえ込むか」とういような、ロール・プレイのようなものが行われるのかとまで思っていたのだが、実際には起こした行動に対する深い考察と冷静な対応の方法を考える為の勉強会だった。

夫婦そろってビデオを見て、ビヘービアーの何たるかを理解するためにいくつかの質問がされる。お行儀、素行、態度という訳がふさわしいが、概して否定的な意味合いが強く使われるこの言葉は、子供を持つ人ならかなりの頻度で耳にする言葉だろう。

「ミスター・タカナシ、それではあなたが今考えるビヘービアーとは一体なんですか?」まるで禅問答のような質問をされて、一瞬戸惑う。確かに、漠然と捉えていた言葉なので、そう質問されるとズバリと答えられないのに気づかされる。
「そうなんです。誰もがこの言葉を大きな意味で何となく使っていて、何故その問題が起こるかの核心の部分を見るのをおろそかにしてしまっているのです」とミス・ソンバイは続け、状況と原因を冷静に分析することがいかに大切であるかを説明してくれた。

こうした授業の中から、大きくうなずかされたものの一つにエフェクティブ・プレイジング(効果的な褒め方)という項目がある。子供を褒める時の大切な条件を挙げ、躾けのテクニックとして活用するもので、「きちんと目を見て、嬉しい感情を示しながら褒めましょう」といった基本的なものから、「良い事をした直後に時間を置かずに褒める」など、ちょっと犬じゃないんだからねえ、というものもあるが、確かに大切な事なのだ。そして、一番見落としてしまいがちなのが、「子供を褒めるのでなく、その行動自体を褒める」という事。

これは、考えてみると意外とやっていなかった事に気づいた。僕はベンが何か良い事をした時に、「Ben, Good job」(ベン、良くやったね)とだけ言って終わらせていたことがほとんどだったからだ。このテクニックに従えば、「ベン、映画館で静かにしてくれてありがとう。」といったように具体的な事項をきちんと伝えて褒めるということになる。つまり、「ありがとう、ベン」という事がやっぱり大切だったのだ。

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by gakuandben | 2006-08-04 01:07 | 自閉症に関して
さよなら夏の日
そして迎えたデイ・ジャム・キャンプの最終日。今週のバンドは本当に皆楽しんでくれたようで、9人もいたバンドの子たちがそれぞれ仲良くしてくれたのが本当に嬉しい。僕自身も気持ちが通い合えたのは彼らは丁度ベンがこれから迎える年頃だったせいかもしれない。

ギターのスティーブは昼休みに自分の小遣いで皆にピザをご馳走したいから買って来て欲しいと言う。おまけにデザートのカップ・ケーキまで用意してきた。僕はこういう「やさしい」事をする人が近くにいるとそれだけで、もの凄く幸せな気持ちになってしまう。

ベースのハザーとギターのクローイはニュージャージーから通ってくるヘビ・メタファッションの女の子二人組み。紙は半分ピンクで必ず目の周りを黒々と塗っている。13、4歳になると、これだけはっきりとしたスタイルが生まれてくるものなのだなと感心させられた。

ボーカルの女の子、ナターシャとハーレイは全くバンドの練習をやる気が無い困り者で、もっぱら話をするのに夢中。こういうボーカルの子っていたよなあと自分が高校生の頃を懐かしく思い出す。

去年もキャンプに参加していたギターのジェラルドとダニエルは、今年初めて見た時に目を疑う程に大きくなっており、体重、身長ともに僕より大きくなっていた。体の大きさが2倍になる薬でも飲んだかのように、たった1年で大人の体になった彼らだったが、今回彼らが作った曲の歌詞には「You steal my heart」なんて歌詞も入っており、初恋や片思いの年頃の匂いをを感じさせる。

バンドの問題点は、仲が良すぎて練習しないという事だった。つまり、キャンプとしては大成功、音楽キャンプとしては最悪という状況の中、金曜日のコンサートの日を迎える。

借りている学校の講堂は超満員、200席はあろうシートは父兄やその友人達で埋めつくされていた。一曲目を何とか無事に終えたものの、二曲目となると、油断が表面化してしまう。いつも問題なく演奏していたので大丈夫と思っていた二曲目の方が実は落とし穴で、バンドのみんなは練習の時にいつも僕が出していたキュー(次のセクションに移る時のシグナル)に頼り切っていたのだ。

ところが、本番では僕が前に立っているわけでもなく、ステージの脇で見ていることしか出来なかった為にみんなが完全にコントロールを失ってしまった。サビの部分を演奏するのが、4人のギタリストが全員バラバラになってしまうという状態。小人数編成のバンドならともかく、9人もステージ上にいては完全に修復不可能となり、シンガーの二人も何処を歌ったら良いのかわからずに凍りついてしまう。

何とか曲を終わらせてステージを降りたが、みんな後味の悪い思いをしてしまった。ベースのハザーは一番真面目だったせいもあり、泣きそうになっていたが、僕はみんなに「凄く良かったぞ、失敗したけど楽しかったよ」と言うと、「I love you Gaku, my whole week was awesome」(ありがとうガク、今週は最高だったよ)と言ってくれた。

僕は別れ際がダラっとすると、ずっと後ろ髪をひかれているような気がして嫌なので、「みんな好きだよ。僕も1週間楽しかった。みんな、もし会えたらまた来年会おう!夏休みを楽しく過ごして、タバコやドラッグをやるんじゃないぞ」と伝えて、帰ることにした。

すると、みんな「Let me hug」といって一人ずつ順番にハグをして別れることになった。もう子供のサイズではない彼らとハグをしながら気が付いた。「ああ、これはベンとハグをしているのと一緒の感覚だ」と。彼らは、僕が見るかもしれなかったもう一人のベンを見せてくれたんだ。


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by gakuandben | 2006-08-01 00:21