ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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音楽の楽しみ
日本に居た時にはブラジル音楽が好きだった。ブラジル直輸入の高いレコードを買い、バックバンドでのツアーの無い時は毎日のように、青山にあるプラッサ・オンゼという店で演奏させてもらっていた。

所変わってニューヨーク。もちろんジャズには事欠かないけれど、何かが物足りない。やっぱりネイティブなグルーブを感じられる音楽を演奏したいと常に思いながら16年が経ち、今に至る。

ニューヨークには、エスニックな音楽がひしめいているけれど、それは生活に密着したリアルなもので、僕などが入り込んでゆく余地など無いのは、始めてソーホにあるジンク・バーのサンバ・ナイトを見た時に感じた。

本当の民族音楽スピリットのルーツを確実に納得させられる演奏は、マネをするとかという次元の問題ではなく、生活や言葉のリズムが音楽になって表現されているように思え、聴いていると何か旅をしているような気分にさえなってくるのだった。

あらゆる国の音楽が、その国に人達により演奏されているニューヨークでは、エスニック音楽のシーンに入り込むのは難しく、ラウンジやパーティーの仕事でリクエスト率ナンバー・ワンである「イパネマの娘」を演奏することが、僕にとってのブラジル音楽となった。

ところが、きっかけというのは意外なところにあるもので、僕のエスニックな音楽はジャマイカとインドへシフトすることになる。単に知り合いが居たという事もあるけれど、これも運の問題で、ブラジル関係ではなく、レゲエ、インドの音楽との関わりが多くなっていったのだった。

レゲエでのベースの役割の楽しさを見いだすと、これはもう止められない。野太いグルーブの中にどっぷりと浸かる感覚はやみつきになってしまった。
インドの音楽のスピード感と、繊細なリズムはレゲエとは対照的だが、これも同じく脳の違った部分を刺激してくれる。(リンクは最近僕のかかわったプロジェクトです)

そして、演奏してみるとそのフィーリングからそれぞれの国の雰囲気と国民性が伝わった来るのだった。そして、ある時は癒しとなり、喜びと興奮の表現となる音楽の楽しさの核の部分が見えてくる気がしてならない。

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親友ポーラからのインド土産、タブラー・マシン。ダンスの時に使われるので、スピーカーが内蔵されている。下に描かれたタブラーの絵が可愛い。
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by gakuandben | 2006-10-31 04:33
HELPは僕らの為に
昨日はベンの学校のミーティングに参加して、ついでにクラスを覗いてきた。

学校のカリキュラムの説明や、事務関係のスタッフ紹介、学校外の障害者支援団体からの方もいて、障害者の受けられるサービスについての話を聞く事が出来た。

「みなさん、ハンディがある子達には、助けが必要なんです。だから、努力をして進んでヘルプを受けて、彼らそして、親であるあなたも幸せになってください」。

教頭であるエレン先生の言葉は力強く、頼もしい。僕自身、確かにケース・ワーカーの方に教えてもらうまでは、本当に知らない事が多かった。無償医療サービスのカードや、国からの援助金、さらに外部団体が行う無料の障害者へのサービスは本当にたくさん用意されているのだった。

中には親が休息する為に、週末の世話をしてくれるというサービスもあり、重度の障害児を持つ親御さんには大きな助けとなるだろう。

学校で今期から始まった興味深いプログラムは、シアター・アーツの授業で、実際に生徒達がストーリー、コスチューム、音楽を考えてミュージカルを製作してゆくというもの。プロのアクターやミュージシャンが先生として招かれるそうだ。

ミーティングが終わり、教室を見学させてもらう為にエレベータで3階へと向かう。大きな一般高校のフロアの一部を使っているのでスペースにも余裕がある感じで、確かにベンがこの場所を喜び、落第(?)したくないというのも納得がゆく。「I am going to highschool] と言っていたのも全く正しい。

しかし大きいのは学校だけではなかった。次から次へと挨拶をしてくれるベンの友人たちは野球選手やバスケット、アメフトの選手のように体が大きい。ここのサイトは13歳から15歳の子達なのだが、やはり爆発的に成長する年齢なのだろう、1年ちょっと前にベンよりちょっと大きい程度だった子が、アメフト級の体格なっているのに驚かされた。

この体格だと、僕にとってはテーンエージャーでも少しはばかる(ちょっと怖い)のだが、彼らはまったく違う。いつもと変わらず、「ベンのお父さん?ぼくの名前は○○です」と自己紹介をしてくる。ある子は握手を求め、別の子は僕の名前をきちんと覚えていて、「ハーイ、ミスター・タカナシ」と笑顔で応対してくれる。

心の底から名前を呼ばれて、こんなに嬉しい思いはどんなに高いお金を払ってソシアル・クラブに行っても味わえないだろうなと考えつつ、教室に入るとクラスはランチに出た後で、奇麗にアレンジされた展示物の中にベンの上達したハンド・ライティングがあった。

たまたま教室に残っていたアレックスは僕を見つけると、日本語で「こんにちは」と言ってくる。驚いて先生に聞くと、彼は自分で色々な外国語を勉強しているそうで、「Light means ひかり、Night means よる」と確認するようにいくつかの単語を言ったあとには「日本とアメリカの友好関係は、お互いに信頼できるものである」と、いきなり国際社会についての意見を述べ始めた。

感動と驚きの中、ベンを探すと5階のランチ・ルームで一人いち早くランチを食べ終えて座っていた。ランチ・ルームは高校と共用で、ベンたちのエリアのすぐ隣で、高校生(ギャル達)が友人達と誕生パーティをやっており、ベンはそれをぼんやりと眺めていたようだ。

ランチ・ルームの一角に座る彼らを見て、教頭先生の言葉を噛み締める。

今週のニューヨーク・マガジンでは、「年間最高1400万の学費を一体誰が払えるのか?」という私立の自閉症児専門学校に関しての記事があった。これらは、市の教育課に対して訴訟を起こすための弁護士を雇うことのできる人だけが、訴訟に勝ち、市からの援助を受けて行くことができる場合が多い。やはりお金という努力も存在するのだった。
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by gakuandben | 2006-10-26 01:43 | 自閉症に関して
ベンダーのない街角
今日はいつもお世話になっている街角のフルーツ・ベンダー(野菜や果物を売る屋台)が一つも見当たらない。というか、あらゆる屋台が姿を消している。こらは、もしかしてと思い家に戻ってカレンダーを調べると、やはりイスラム系の方々の祝日(お正月)だった。

職種や労働者の階級が人種によりかなりはっきりとしている「自由と平等の国アメリカ」では、屋台ビジネスや、タクシーはイスラム系の人々によって営まれている場合が殆どなのだ。ということは、今日はタクシーも少なめで、つかまえるのが大変な日かも知れない。

フルーツ・ベンダーで僕が必ず買うのが、バナナとブロッコリー。今日は仕方なくスーパーで買ったが、お金を払ってみると、いつものベンダーの有り難みを思い知る。

パウンド69セントのバナナを2本買って払ったのが89セント。ベンダーでは量り売りでなく5本で1ドルだからその差は大きい。ブロッコリーに至っては1束3ドル近くするものが、ベンダーでは半額以上の値段になっていることが多い。多少品質にムラがあるものの、やはりこれに慣らされてしまうとスーパーで買う気がしなくなってしまう。

下の子が毎日食べるのが、バナナ。ブロッコリーは野菜嫌いのベンも食べるので夕食用に買う。他のいくつかの果物も、ベンのスナック用に買っておかないと、不健康なものばがりを食べてしまうので欠かせない。フルーツ・ベンダーはウチの家計と健康を密かに支えてくれる存在だったのだ。

自閉症の子の偏食というのも不思議なもので、リンゴでもグリーン・アップルは食べるが、赤いリンゴは食べない。同じリンゴだろうと思うのだが、ベンにとっては、色、食べた食感が大事なようだ。ちなみに、フニャっとしたバナナなどは一切口にせず、ネクタリンやプラムなどの歯ごたえのある果物を好む。

しかし、ベンの頭の中にある、食べ物に対する不思議な法律は、時々改正になるようで、試してみると色々と発見がある。

この間も、普段ゆでタマゴは食べないのに、おでんに入っているゆでタマゴは喜んで食べている。柑橘系の果物は好きだが、オレンジ・ジュースは飲まないはずが、昨日ふと飲み物を見るとオレジューを飲んでいる。驚いて妻に言うと、「知らなかった?最近飲むのよ」との返事。

3、4歳の頃は、ぶどうが好きでとにかくぶどうばかり食べていた。あの甘くてツブツブな感覚が好きだったのだろう。ぶどうは今でも好物だけど、ベンダーでもちょっと高めなのであまり買ってあげられない。そうだ、今度ベンダーが出ていたら、感謝の気持ちを込めてぶどうを買おう。
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by gakuandben | 2006-10-24 01:45
If I could write a book
僕は小さい頃から本を読むのが苦手だった。自己分析すると、それはせっかちな性格と、完璧を求める性格に由縁しているようにも思える。せっかちな部分は本を読むスピードに納得出来ず、完璧な部分はゆっくり読んで理解しないと気が済まないという所に影響してくる。

音楽が好きになっていった理由も、音楽は時間で消えてしまう所が心地よく、そのスピード感かもしれない。

学校では、随分と本を読むように言われて課題図書というものもあったのも覚えているが、せいぜい夏休みや春休みの宿題で、感想文を書かなければいけないというのが更にイメージを悪くしたのだった。

こちらの小学生には徹底的に本を読ませる教育がなされているのに感心する。次男の学校では、毎日の宿題として30分の読書があり、それは小学校1年からずっと続けられている。とりたて感想文を書かせる訳でもなく、全員が同じ本を読むわけでもないので、好みの本を学校で借りて読むことになる。

クラスに置いてある本はリーディング・レベル別に分けられており、自分に指定されたレベルの本(1つのレベルに30冊程度)の中から自由に選ぶ事が出来る。担任の先生は読み終わった後に、その本に関する質問を生徒にして完全に理解出来ているかを確認する。だから、感想文というものではなく、単にチェック程度のものだ。

僕が嫌だったのは、決められた本を読まされた後に、必ず書かされる感想文というのも大きな原因だ。感想というのは、感動したときや、その逆の場合に発生するものであって、どうでも良い場合はとりたて感想は無いから辛い。

今日は次男の学校でパブリッシング・パーティという催しがあった。それそれ自由な課題で描いた作文をお互いに読んでコメントを書くというもので、5年生全クラスとその父兄が、自由に皆の作文を閲覧できる。

いくつかの作文を読んでみると、色々なスタイル、話題がある。会話調もの、意見陳述しているもの、女の子はお母さんとの料理を手伝った話が多く、男の子はスポーツにまつわる話が多い。どれも上手に書けており毎日の生活の中でのトピックが、自然な文章になって表現されていた。

本を読む習慣で、文章への抵抗を少なくして、書くことへの興味が育くまれているのだろう。何回かの授業でドラフトの状態から仕上げていったそうだが、どれもネタに困った感じがせず、書く事を楽しんでいるのが伝わってくるのが素晴らしい。

僕が嬉しかったのは、スペシャル・クラスの子供達の作品。毎年新学期になると、勉強が追いついて行けない子達が集められるクラスなのだが、彼らの作品は何ら通常のクラスの子達から見劣りする事も無い、楽しいものばかり。勉強という尺度でクラスは分けられてはいるものの、表現する力を着実につけているのが頼もしい。

ベンも書く事による表現で、もっと自分の世界を広げて行けるようになることを願いつつ、学校を後にした。


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by gakuandben | 2006-10-21 02:05
Stairway of Life
ベンの学校では体験しなかったが、次男は来年6年生になるので、ミドルスクールの選択をしなければならない。学校から、5ブロック先で飛行機の激突事故のあった翌日ではあったが、何事も無かったかの様にミドル・スクール進学の為の説明会は開かれた

4年生の時に行われたニューヨーク市共通の国語と算数テストの結果で、学区内で行けるレベルの学校が決まるということは知っていたが、どの学校がどの程度の点数を取っていれば行けるとかの具体的な説明は無い。

またしても、セルフ・サービスな手続きである事は良くわかり、自分で動かないと何も先へ進まない感じだ。大体、算数のテスト結果もまだわからないのに学校見学の予約を取るように言われても、行けるかどうかもはっきりしないので、何ともどうすべきか悩むところでもある。

話を難しくしているのは学校のグレードで、要するに中学生の時点で勉強出来る子の行く学校、普通の子の行く学校、出来ない子の学校と振り分けがされるということになる。勉強嫌いな子が中学生から好きになることもあるだろうし、その反対もあるだろうから、ちょっと早まった判断のような気もする。

色々な質問が飛び交い、父兄達は一番良い学校に入れたくて一生懸命になっているのだろうと思っていると、実はそういった訳でもないことが、会が終わってから、父兄達と話していてわかった。

親達は、子供に一番合った学校に入れたいと考えていて、そのためのリサーチに一生懸命になっていたのだった。だから、レベルというよりは、学校の立地や先生や学校のポリシー、生徒の雰囲気などを実際に見るスクール・ツアーに行くと言う。

音楽関係の仕事をしているお父さんは、少し離れたチェルシー地区にある学校に興味があるという。スクール・オブ・フューチャーという名前からして先進的な感じのその学校は、リベラルな先生が多く、アフター・スクールのプログラムも、シアター・アーツ、バンド、アートなどに力を入れており、すべて無料というのも大きな魅力との事。確かに個人でアフター・スクールのプログラムに参加させたら月に300ドルは下らないわけだから、これは大きい。

勉強の出来る子には、ラボ・スクールと通称される学校があり、これは科学、数学などを専門にレベルの高い授業を行うようだ。これらの学校は、共通テストの成績とは別に入学試験に相当するものがあるようで、公立の中学と言えどもちょっと真剣にならざるを得ない。

これらの学校は宿題に費やす時間が日に3時間を超えるということもザラにあるそうで 、子供に本当に許容力があるかどうかを確認するためにも選抜試験というのは良いアイディアだろう。

面白いのは、同じ学校でも、普通コースとスペシャル・コースに分けられている場合があること。そしてスペシャルの方が成績に低い子用に「特別」に組まれたプログラムになっている。学校そのものからの落ちこぼれを防ぐためには、これも良い方法なのかもしれない。

ちなみにベンの学校は独立したスペシャル・エデュケーションの「プログラム」なので、普通の学校に付属のスペシャル・コースとは違う。そのため、年齢により場所は変わるが、学年や、小学校、中学校という呼び方は特に無い。

しかしながらベンはどこかで覚えたらしく、ドロップ・アウト(落第)する事を恐れていて、何か失敗すると必ず「I donユt want to drop out, I want to stay in school」と連発する。残念ながらベンには落第は無いのだが、その心意気を大切にして、「ベン、落第しないようにしっかりやれよ!」と声をかけることにしている。

色々な意味で、今後の方向性を決めることになりそうな次男のミドル・スクール選びは、情報を徹底して集める事から始めるのが適策のようだ。
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by gakuandben | 2006-10-17 05:02
一日のご褒美
ベンのビヘービアー・マネージメントも講習の段階を終え、行動をコントロールできるようにさせるための実践的な方法を試してみることになった。

ミス・ソンバイに考えていただいた方法は、お金を使うことにより、その結果としてご褒美がもらえるというシンプルかつ、明快なものではあったが、先ずはベンにそのコンセプトが理解できるかを確認する。

月曜から金曜のスケジュールを箇条書きにし、問題なく完了できた後に本人がチェックを入れる。一日の終わりにはすべてのスケジュールがチェックされ、問題が無かった場合には5日分の1ドル札をコピーした表の横にステッカーを貼ることができる。つまり、問題なく過ごせた日は、一日1ドルが支給されるというわけだ。

ベンが欲しい物は20ドル程の映画関係の本なので、1ヵ月問題なく過ごすと本が買えるという目標を持たせる。ベンに丁寧に説明すると、「OK、I will do good job and make some money」と意欲的だ。

最初はお金で子供をつるようで少し抵抗があったが、始めて2週間経って、これがシンプルかつ明快な効果があることに気づかされた。

スケジュールはベンに無理の無いように家族で話し合って決め、起床から歯磨き、帰宅してから、洋服を片付けることなどのごく簡単なものから、夕食前に宿題を済ませる事、就寝時間の厳守が盛り込まれており、押さえるところは押さえた感じのもの。

ベンは寝る時間にコンピューターをまだやっていたいがために、注意されて癇癪を起こすことが多かったのだが、この方法での効果は大きく、時間を認識しての行動が出来る様になってきたのが感じられる。

「お金」という目標も、実はベンにとって一番理解しやすいご褒美であることに違いない。相手の気持ちというのを理解する、「人に迷惑だから静かにしなければいけません」というのも難しいし、「遅くまで起きていたら明日学校に行くのが大変だろう」という未来に起こりうる問題を考えて行動するのも、まだ難しい段階ではあるからだ。

お金を貰えて、自分の好きな物が買える為の努力をすることで、少しでも社会性を身につけさせる事が出来れば良いのだが。

しかしながら、自由奔放に生きるベンと僕らの違いは一体何なのかというのも同時に考えさせられた。誰だって、自由に生きたいけれど、そこにはお金を稼ぐための目的や、人から批難されないようにしている部分がたくさんある。

ベンが今やっているのは、僕らが今やっていることと一緒なのかも知れない。一日をきちんと生きて、お金という自由の利くご褒美を貰うために。


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by gakuandben | 2006-10-12 23:28 | 自閉症に関して
ロックな輪廻現象
アメリカでは、ローティンの時点で既にロックな趣味が芽生えるようだ。

それはきっと、親の影響が一番大きく、学校や本、テレビの影響もあるだろうが、次男に関してはこれといったロック教育をしたわけでもなく、何となく60年代のロック・カルチャーが好きになっていった。

それは、ビートルズにはじまり、レノン、ジョージ、そしてジミ・ヘンドリクスと幅を広げて行き、今はウッドストック世代のヒッピー・カルチャーとジョン・レノン。

僕自身それほどのロックファンではないし、ソウル、ジャズの方に興味があったので、ビートルズに関しても逆に教えられる事の方が多い。ただ、レコードを集める趣味があったので、家にレコードがたくさんあることから、CDではなくジャケットも楽しめるレコードが好きになったのも大きな要素でもありそうだ。

ダウンタウンの中古レコード屋に行き、ビートルズのアルバムを買ったり、ビートルズやウッド・ストックの映画を借りて見たりしているうちに、具体的な音楽の趣味が形づいてゆき、今は立派なクラシック・ロックのファンだ。

面白いなと思って見ていたが、この現象は今の子供全体にあり、特に親が音楽好きである家庭の子は、こういったパターンになることが多いようで、必ずクラスに何人かはこういったロック・キッズ的な子が居るようだ。

ポケモンや遊戯王の後はビートルズにレッド・ツェッペリン、そしてAC/DCという流れも急な気もするが、何か子供の心をつかむものがあることには間違い無い。

ターゲット(総合量販店)に行けば、ビートルズ、ヘンドリクス、AC/DCのTシャツが、大人用と子供用共にあり、GAPのテレビコマーシャルではC/DCのバック・イン・ブラックがヘップバーンの古い映像と合わせて使われていたりして、クラシック・ロックは世代を超えた人々の心を確実につかんでいる。

アメリカには多くに人種がいるので、すべてに同じ好みが通用するという訳では無いが、それぞれのカルチャーの中で音楽が確実に息づいているのが感じられて楽しい。

ただ、ドラッグや暴力と結びついていってしまう音楽は、悲しい限りで、音楽を好きな親こそ、本当の素晴らしさを子供に教えてあげることが大切に思えてならない。バンドや音楽に傾倒するあまりに、彼らと同じ生き方をしてみようとする子供がいるからだ。

彼らの憧れであるミュージシャン達が残してゆく問題は、まさにアメリカの抱えている問題そのものでもあり、ドラッグと銃が浮き彫りになる。ヒップ・ホップのラジオ局の玄関で、敵対する局の関係者にDJが撃たれたり、ラッパーが出演後に狙撃されるなんていう事件も多い。ロック・ミュージシャンは警察に逮捕される以前に、ドラッグのやり過ぎで死んでしまう。

音楽が好きな人こそ、音楽で不幸になってもらいたくないと思うものであり、素晴らしいアートを楽しみながらもそういった点についてきちんと説明しておくことが大切だろう。

閉店の決まった老舗ライブ・ハウスCBGBのギャラリーで、先週、演奏するチャンスがあった。まさに、イースト・ビレッジのパンク・シーンの生き証人であるかのようなその店の前には、タイム・スリップしたかのようなパンク・ファッションの若者たちでいっぱいだった。
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by gakuandben | 2006-10-09 22:48
We can Work it out
次男の大学進学に備えて預金をするセービング・ファンドへのお金も毎月の家計からは苦しい中、ベンの為に預金をしてゆくのまでの余裕はとても無い。

大学には進学しないであろうベンもあと10年で22歳。何らかの仕事に就ければ良いが、どちらにしても一人で生活に充分なお金を稼ぐことは難しいだろう。行き当たりばったりな人生を歩んで来た僕が直面した、最初で最大な将来への準備は考えれば考える程、果てしない課題なのだった。

そんな中で一筋の光となって差し込んできたのがケース・ワーカーの人に教えていただいた、SSIという制度。サプリメンタル・セキュリティ・インカムという日本での障害者給付金にあたるもので、盲目から、心身障害まで全般をカバーしており国から直接給付される。

ベンは日本生まれの為、僕ら夫婦と同じ居住外国人(グリーン・カード)になるので、アメリカからそういった援助は受けられないものだろうと思っていたのだが、どうやらそうでも無いらしい。

ソシアル・セキュリティのオフィスに電話してみると、とにかく審査をするから資料を送ってくださいとの返事だった。ソシアル・セキュリティーのウエブサイト上で、診断歴、医者の連絡先、学校などに関する、細部にわたる質問表を記入し、送信。さらにベンの障害に関する出来る限りの資料を集めて郵送した。

ケース・ワーカーの方は「これでダメならあなたが市民権を取れば、ベンくんも自動的にアメリカ国籍になって、問題なく支給されますよ。市民権獲得の費用は600ドルです」と簡単に言う。確かにその通りだとは思うが、これには、まだ少し躊躇がある。

資料集めに2ヶ月もかかってしまい、審査されて結果がわかるまでにはさらに3ヶ月程がかかるようで、実際にお金が支給されるのは来年の事となりそうだが、もし少しでも支給される事になれば、ベンにとっては生涯にわたって続いて行く給付金となるわけだから、何とも心強く、これで、少しでも将来の自立の手だてになってくれればと、願ってやまない。

映画「アイ・アム・サム」でのサムは自閉症で知恵おくれであるにもかかわらず、スターバックスで働く事が出来て、娘まで育ててゆくことまで出来る。もちろん物語の中の話だけれど、もしそんなことがベンに起こったら、僕は毎日スタバに応援に行くだろう。そしてそれは、涙が出るくらい嬉しい光景だろうと想像してしまう。親というのはどんな状況にあろうとも、子供が自立してお金を稼ぐようになってくれることが一番の幸せなのだろう。

「就職しないでミュージシャンになる」と父に始めて切り出した時、父は「お金はちゃんと稼げるんだろうな」と言った。こんな形でその言葉の意味の大切さを感じるようになるとは思いもしなかったが、それがそのまま僕のベンに対する夢となった。

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by gakuandben | 2006-10-05 12:35 | 自閉症に関して
スペシャルな関係
ドラムが大好きなアスペルガー症候群のジョナサンは、ドラムへの興味は持ち続けているものの、教わるということが本当に苦手。教えはじめて半年が経つけれど、ベンとの共通点があるような、無いような、自閉症という障害の範囲の広さを改めて認識させられることが多い。

ベンとは違い、教えようとすると、それから逃げようとするテクニックがあり、会話に支障も無く器用になる分、そういった難しい点も多いのも悩みの種だ。さすがに彼の持っている情報の量は膨大なもので、有名ドラマーがどんなシンバルをどういうセット・アップで使っているかまで知り尽くしている。だから、個々のドラムの配置や種類に関してのこだわりが常についてまわり、実際に練習するというところまでたどり着くのが大変だ。

2人に決定的に共通している点は、うまく出来ないことに対するストレスが大きい事。普通なら、「まあ、いいか。始めてだしな。出来ないのも当たり前だ、練習するうちに出来るようになるさ」といった15パーセント位の心のパーティションが彼らには無いように思える。

上手く出来なければ、ダメなのであって、即ストレスとなってしまう。ジョナサンはスティックで自分の頭を叩き、ベンは声を上げて癇癪を起こす寸前といった感じとなる。

「出来なくても良いんだよ。始めてなんだから。みんな最初は出来ないんだから」なんていう慰めは通用しない。ジョナサンは「僕は才能が無いからドラマーにはなれない」とか、絶望的なことばかりを言い、ベンに至ってはそんな話を聞こうとする耳さえ持たない。

今度は絶対に出来る簡単な事を教えようとすると、「それは基本的すぎる。僕はもう初心者じゃないんだから」とそれも拒否しようとする。こういった面ではベンの方が楽な位で、プライドとかレベルといったものを意識しない分だけこちらの言う事を素直に聞いてくれる。

一度ジョナサンのお兄さんが練習中に部屋に来た時には、見せたいという気持ちからか一生懸命に練習したことがあった。こういった気持ちはベンにはまだ芽生えてこないのだが、ジョナサンには誰か第三者に見せるのも効果があるのかも知れない。

PDD(ベンの正式な診断名)であれ、アスペルガー、学習障害でも、対処してゆくのにはどれが簡単で、どれが難しいなどという事ではなく、すべての場合においてそれぞれ対応の工夫や努力が必要なのだろうと思う。

お父さんにシンバルを買ってもらいたくて仕方が無い彼に「誕生日はいつなの?」と尋ねると、それは僕と同じ誕生日だった。



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by gakuandben | 2006-10-03 10:56 | 自閉症に関して