ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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Thanks for the Giving
ニューヨークで迎える16回目のサンクス・ギビングは一日中雨だった。

サンクス・ギビングはファミリーと過ごすというのが常識で、日本の感覚からすると、お正月のような雰囲気。空港は帰省ラッシュとなり、マンハッタンでは路上駐車駐車している車も少なくなる。

ファミリーのある人達は親類同士で集まりターキーを食べ、そうでない人も誰かのパーティーに呼ばれることが多い。そこには、サンクス・ギビングを一人きりで過ごす人がいるのは可哀想なことだという考え方がある。

先住民のインディアンと共に収穫を感謝する意味で始まった食事会が、この祝日の始まりのようだが、時を経て他の人や恵まれない人の事を思いやる日という意味合いが強くなり、コミュニティではホームレスに七面鳥料理を振る舞ったりとするイベントが数多く開かれる。

そんなわけでこの時期、僕がここ数年毎回させていただいている仕事に、ケア・ハウスのサンクス・ギビング・パーティがある。セントラル・パークに面した静かな場所にあるそのセンターは、知的障害のある人のための病院で、自閉症のガン患者や、脳性麻痺の糖尿病患者といった過酷な状況におかれた患者たちが24時間体制の看護を受けながら生活をしている施設だ。

こうした患者さん達とその家族の為に、少しでも楽しい雰囲気を味わってもらおうということで、ホールをレストランのようにテーブルセットして、ボランティアの方がウエイター、ウエイトレスに扮して注文をとり、バンドがジャズの演奏を奏でるというわけだ。

バンドはセンターに雇われる形なので、仕事としてお金も頂けるのだが、
ここでの仕事は僕にとってちょっと違った意味のあるものとなる。

音楽を心から感謝してくれる患者さんたちの笑顔や、じっくりと目を閉じて聴き入る姿を見て、音楽を演奏する仕事に就けたことを心から感謝する事が出来る1年に1回の大切な日なのだった。

日々の演奏では、つい忘れてしまいがちなこの大切な気持ちを取り戻すのは、そんなに時間はかからない。1曲目を演奏し始めればリズムをとる人、歌い出す人、曲が終われば口々に「ありがとう、好きな曲だったよ」「あの曲を演奏して!」と騒がしい。

画家の中には死後に売れる人がたくさんいた。だけど、やっぱり僕は生きている時に人から喜んでもらいたいし、喜んでいる人を見たい。それが自分の音楽の原動力になっているのを心の底から感じる事の出来る純粋な聴衆が彼らだ。

自分から出た音の魂が、キャッチしてもらえる事の嬉しさというのはミュージシャンなら誰でも知っている感覚だろうけれども、常にそういった恵まれた環境で演奏のできるミュージシャンでない僕にとっては、その感覚だけでも力が湧いてくる。

悲しむべきことに、毎年少しずつメンバーチェンジしていってしまう僕の大事な聴衆は、今年も帰り際に手をとり「来てくれてありがとう」と言ってくれた。僕は「どういたしまして」ではなく「呼んでいただきありがとうございました」と言った。
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by gakuandben | 2006-11-25 15:11
犬の目をした待ち人達
プレイステーション3の行列は発売5日前に始まり、先週末に無事終了した。マンハッタンでもあちこちの電器店で行列ができ、先頭の人がソニーの社長から手渡しで商品を受け取る様子がテレビ放映されたりして、この人が、怪しい転売目的の人じゃなくて良かったなと余計な心配をしてしまった。

ソニーの社長に祝福されて、何だか光栄な感じがするが、並んだ人は別にタダで貰えるわけでもなく、割引もされていない商品を買っているのだから頭が下がる。ただ、並ぶ事によって1000ドル近いあぶく銭が手に入ると目論んだ人が多かったのも確かで、列の中でインタビューされた何人かは仕事を休んでこちらで収入を得るとまで言っていた。

しかし、いざ発売されてみると意外に値段は低く、当初の目論みの半分である400ドル程度のプレミアしかついていないのが、イーベイを見るとわかる。400ドルだと、丁度3日くらい列並びのバイトをしたのと同じ報酬だろう。

所変わってソシアル・セキュリティー・オフィス。ベンの障害者給付金の申請のための面接で月曜日にアポイントメントがあったのだ。指定された10時半により少し前に到着して、セキュリテイの人に名前を告げると座って待つ様に指示された。

先に待って座っている人達の表情を見て思い出した。ああ、ソシアル・セキュリティーは待たされるので有名だったんだ。失敗したな、本を持ってくるのも忘れたし、iPodの電池も切れそうだ。でも、アポがあるんだし、一般の申請とは違うからと、自分で気を取り直して角のイスに座った。

最初の1時間が過ぎた頃に受付のドアが空いて、「サーバーが故障しました。いつ復旧するかわかりませんので待ちたい方はご自身の判断でお待ちください」という何ともアメリカンなメッセージが伝えられる。

そこには「お詫び」、とか「申し訳ない」とかいったテイストは全くなく、「私に責任のない事によって、私も仕事ができずどうしようも無いので、あなた方は勝手にしてください」というアメリカではおなじみの光景が展開するのだった。

そして、当然のように言われた側は憤慨し、口々に文句を言って退散してゆく。この文句も口に出して人に聞こえるように言わないと気が済まないので、普通でも暗いイメージの待ち合い室は邪悪な空気に包まれた暗黒空間のようになってしまう。

僕は事態を静観しつつ、殆どの人がその場を去った後に、セキュリティに恐る恐る聞いてみた。「アポイントのある人もダメなんですか?」

引き続き待つ様に言われてほっと一安心していると、僕の前から待っていた老紳士が呼ばれて面接室に入っていった。「ああ、本当に大丈夫なんだ」と思いバッテリーの少ないiPodを大事に聴きながら2時間が過ぎた。

1時半になると、もう学校に迎えに行く時間がさし迫ってくる。信じていたものが裏切られた気持ちでもう一度セキュリティに真実の訴えをしてみた。「僕は10時半の約束で来たんです。コンピューターがダウンしてるからと言って何の説明も無く3時間も待った挙げ句にもう帰るらなければならないんです。子供の障害の為に来ているのに何も出来ないまま、また世話のために家に戻るんですよ。ソシアル・セキュリティーはそういった人を助けるためのものなのに、こんな苦労をさせる為のものなんですか?」

ちょっとデフォルメが入ってるけど、これくらいが丁度良い。スーパー・バイザーに話が通り、5分もしないうちに面接を始めることが出来た。何だ、だったらもっと早めにゴネるんだったなと思ったが、やっぱり言ったもの勝ち。これが文句の多いアメリカ人の由縁だろう。

並ぶのが好きなアメリカ人は、待たされる事にも割と辛抱強くも見える。江戸っ子遺伝子のある僕のような人間にはとても真似のできない「進みそうにない列」にも平気で並ぶ。合理的な国だと思っていたアメリカに来て意外だった事の一つだ。

さらに、ソシアル・セキュリティでは、ウェブサイトを通して受付されているにもかかわらず、実際にオフィスに行くと全く意味をなしていないのも驚く。こういう一貫しない対応はインターネットが発達したここ近年に多くあるパターンだが、それ以前は電話でたらい回し、もしくはそんなアポイントは無いと平気で言われたりすることがよくあったのを思い出した。

もしかすると、アメリカでは目の前にある現実としてある行列の方が、何よりも確実で、信頼できるものという感覚があるのかも知れない。確かに行列は順番が見えているし、横入りすればすぐにバレるから究極にフェアな方法ではある。店頭での5日間の野営行列も、僕が思う程大変な事では無かったのかも。

ベンの障害者給付は、貯金残高が規定よりも多く、残念ながら受ける事が出来ない事が面接3分後に判明して、今まで2ヶ月かかった資料集めと、3時間の待ち時間はすべて水の泡となってしまった。

店頭に繋がれた犬が店内で買い物する飼い主を目で追う。オフィスの呼び出し口を見る待合室の人達の目はそれと同じ目に見えたのが心に残る。



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by gakuandben | 2006-11-23 08:43
食事中の方は読まないでください
ベンの学校からの伝達事項で、オフィシャルな物に関しては封筒に入っている事が多い。学校からもどったベンが、パッと机の上に投げ出したレターはいつもの保健関係の伝達事項のように見えた。

ベンが鼻血を出しましたとか、かゆみで腕を掻きむしって血が出ましたとか、
ピーナッツ・アレルギーの症状が少し出た、などの細かい説明と、通知がされる書類なのだが、今回はちょっと違うことが書いてあるようだ。

ニューヨーク市保健局のレターヘッドのついた重々しい手紙をよく読んでみると、ベンの学校のライブラリアンがNeisseriaという感染症にかかったということの事。熱や頭痛、湿疹などに始まり、放っておくと神経に支障をきたすので、もし生徒にそのような症状が表れたらすぐにポイズン・センターに連絡をしてくださいと怖いことまで書いてある。

これって、もしかしてあの病気?と思ってすぐに調べるとやはりあの病気、「淋病」に関係するものであることがわかった。「図書館員が性病か?」と疑いの念を抱きつつ、もう少し調べてみると、それは同じ淋菌が原因の Neisseria meningitidisという中東・アフリカ地域に多い髄膜炎菌であることがわかった。

キスはもちろん食べ物、飲み物の回し飲みなどでも感染の可能性があるというから、近しい間柄だったらかなりリスクは高い。もちろんベン達がそういった接し方をしているはずも無いのだが、学校としては伝染病に関して公式な通達を出すことが決まりになっているのだろう。

しかし、この伝染病関係の通達というのは意外に多い。はしかや水疱瘡、シラミは年間に2、3回は当たり前、時々聞いた事の無い病名の伝染病などもある。やはりこれも、様々な住環境や国籍が入り交じった先生や生徒達が集まるニューヨークの学校の特徴なのかも知れない。

やはり、自ら衛生的な生活を心がけるようにするのが大切なのだが、コンセプトを理解するのが苦手なベンにこういった事を教えるのは中々難しい。

ルーティーンとして、手を洗う、シャワーを浴びる、うんちの後におしりを拭くといった認識はあるのだが、目に見えないもの関してはおろそかになってしまう傾向がある。例えば、うんちを拭くのは目に見えてきれいになるので大丈夫なのだが、手を洗うのは手が凄く汚れている場合以外は目に見えて変化してゆくものではないので、つけた石鹸をすぐに流すだけといったいい加減な洗い方となってしまう。

何度言っても改善されない問題で、がっかりしてしまうものに、トイレの便座を使わないでうんちをしてしまうというのがある。先日もババガンプ・レストランのトイレで隙間から覗いてみると、便器の上に直接座っていた。きちんと便座を使っている時もあるのだが、それは僕が監督している時で、殆どの確率で直に座っていると考えられる。

便座と便器の間の汚い部分に直接座ってしまうというのは、恐ろしく不潔であるという事は、特にいつも開閉して使っている男性ならすぐにイメージできるだろう。

僕が想像するには、ベンは明白な汚れがある場合は紙で拭き取ってから座っているのだが、そうでは無い場合は気にしていないということ。そして、ベンは便器におしりが直接あたる感覚を好んで便座を使わない主義と思われる。

目に見えない菌が不潔であることを理解するのにはもう少し時間がかかるようだ。そして、ベンの無便座主義が早いうちに変わってくれることを祈る。


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by gakuandben | 2006-11-17 01:56 | 自閉症に関して
血染めのTシャツ
エレクション・デイは学校が投票所となるために、すべての公立学校は休みになってしまう。何故か学校の無い土・日には行われず、ウィーク・デイになっているのが腑に落ちないのだが、礼拝に行く事や、休日を大切にするカルチャーが関係しているのだろうか?

よって、残念ながら市民権の無い僕には参加することの出来ない選挙は、ただ子供が学校をおまけで休めた日に付き合わなければいけない一日ということになる。

しかし、下の子ももう10歳なので、何から何まで世話をしなければならないということも無く、ベンもそれなりに自分でランチを用意したりもできるので以前に比べれば随分と楽になった。朝のうちに簡単なリハーサルの用事を済ませることが出来て、午後はお約束の本屋が待っている。

ベンは学校が休みということになると、どうしても本屋に行きたいようで週末に連れて行ったにもかかわらず、必ずリクエストしてくる。幸い本屋も歩いてゆける距離にあり、1時間でも行けば気が済むので、気分転換と散歩の効果も兼ねて連れて行くことにしている。

そんな気軽な気持ちで本屋に入るが、今回はちょっとした事件が待っていた。
いつものように、ベンは子供のコーナーに行ったり、アートの本を見たりとあちこち回っていたのだが、絵本を見ている最中に鼻血が出て来てしまったのだ。

僕らは鼻血が出ると慌てて鼻をおさえるものだが、ベンは違う。Tシャツの上にポタポタと垂れる血を見ているだけで、にこにこしている。

たまたま着ていたのが真っ白なTシャツだったこともあり、映画のように真っ赤な血がさらに赤く見える。人間の本能からか、一般人の僕にとって、血の色は不思議な緊迫感を持って行動を慌てさせるのだった。

混み合った子供本のコーナーは、天気の悪かったこともありベビー・シッターのみなさんの社交場と化しており、みんなが驚いて見ているのがわかる。

ちょっと想像がつかないかも知れないが、こちらの大型書店というのは立ち読み開放型で、それにつけ込んだ客たちはまるで図書館のように本屋を利用する。スター・バックスなんかが併設されていると、売られている本を持ち込んで、堂々と机でレポートを書いていたり、子供本売り場に至っては、公園と同じ感覚で子連れ客が集まり、買う買わないは別として、「ハング」しているといった状況となる。

返り血を浴びた犯罪者か、心臓近くを拳銃で撃たれたかというようなベンは、ティッシュの持ち合わせが無く慌てふためいている僕を尻目にご機嫌で別の場所へ移動しようとする。

と、とにかくトイレに連れて行けば何とかなるだろうと考え、トイレに向かわせようとするのだが、そんな事はどうでも良いベンは「NO」と一言、動いてくれない。事態を察してくれた店員さんがテッシュを渡してくれて何とか血の拡大は防ぐことができたが、シャツをコートで隠すのは暑くて嫌がるので、自分の着ていたデニムシャツを着せてボタンを閉じて何とか一件落着。鼻血も止まってくれた。

家で夜、この話を妻にすると、「ティッシュは絶対持っていないとダメね」と言う。そして彼女が感じるのは、そういった時にティッシュを持っていないお母さんを見る周りの目はとても冷たいのだそうだ。

確かに、お父さんだと許されるけど、お母さんだと厳しいという風潮はどこにでもある。男親でも、肉体的にも精神的にもこれだけ大変なのだから、障害者を抱えるお母さんの苦労というのは相当なものなのだろう。

「ちり紙とハンカチはちゃんと持って出かけましょう」と小学校で先生がいつも言っていた意味の大切さを思い知らされる出来事だった。
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選挙では民主党が議席を広げ、ブッシュ政権は大ピンチ。
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by gakuandben | 2006-11-11 08:59 | 自閉症に関して
You can do it !
日曜日はニューヨーク・マラソンだった。毎年の事だが、アパートのすぐ近くを走るファースト・アベニューがコースとなっており、テレビを見ていて先頭ランナーが家の近くに近づいてくると、通りまで出て行って見物する。

今年は最高のマラソン日和で、走る人にとってはもちろんの事、応援する人達にとっても有り難い天気。まだ11時だというのに通り沿いのバーではマラソン見物ということで、ビールを飲むきっかけをつかんだ人達であふれ返っている。

そんな雰囲気の中、歓声を浴びながら一生懸命に走るランナーを見ると、いつもはどうでも良い、学校の行き帰りにただ横断するだけのちょっと暗めのファースト・アベニューが、輝いて見えてくるのだった。

このマラソン大会を見物して毎年のように感動するのが、通常のレース前に出走する障害者のランナーの方々。レース用の車椅子を手でこぎながらもの凄いスピードで疾走して行く姿は、障害という言葉までも跳ね飛ばしてしまうかのようだ。

中には車椅子さえも使わず、自作の板に車輪をつけたスケート・ボード状のもので、参加している下半身を失った障害者の方もいて、沿道からは大きな声援が送られていた。

僕らは彼らの一瞬を見て感動するのだけれど、本人達はスタッテン・アイランドからはるばる走って来ているわけだし、その精神力は相当なものだろう。おまけに車椅子の生活をしている人がこういった大会に出場するというアイディア自体も果てしないチャレンジであって、それは本当に長い道のりであっただろうに違いない。

そういった彼らの発想は「出来ないかも知れないな」というところからスタートしているのでは無いのだろう。イメージの中で作り上げた目標を達成する自分の中に、入り込んでゆくようなマジックを感じる。

毎年彼らを見るたびに、そのワイルドな精神のエネルギーを与えてもらっているような気がしているのは僕だけでは無いと思う。

今年は自転車レースのチャンピオン、ランス・アームストロングが一般ランナーとして参加、完走後に「いままでの生涯の中で肉体的に一番辛い経験だった」と語ったそうだ。
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by gakuandben | 2006-11-09 06:15
10年ひと昔
障害者福祉団体のYAIが製作する、ビヘービアー・マネージメントの教材ビデオの撮影にベンと一緒に参加してきた。

指定されたユニオンスクエア近くにある住所に行くと、そこは普通のアパートのように見え、何のサインも無い。中に入ってみると、雰囲気の良い昔ながらの屋敷を改造したアパートになっており、YAIはマンハッタン内にいくつかのレジデンスを持っていて、成人の障害者をサポートしていることを案内の方から聞いて始めて知る。

上の階は実際に障害者の方が生活をしているアパートになっているが、撮影は地下にある練習用のキッチン、ダイニングを使って行う。ビデオの撮影は、ベンのための指導をして下さった、ミス・ソンバイからの「簡単だから、是非やってみたら?」という言葉を信じて行く事にしたのだが、台本を見ると中々大変そうだ。

先ずは僕のパートの台詞が長い。スタッフの方は「適当に変えて良いですから」と言うのだが、適当に変えられる英語力も無いので本当に困ってしまった。

さらに、追い打ちをかけるのがベン。当たり前の事なのだが、演技が安定しないので、僕が良いテイクを出してもタイミングをはずしてしまったり、関係ないことを喋ったりと苦難の道は続く。

最初は楽しんでいたベンだったのだが、同じテイクを重ねるのにだんだん飽きて来て「Let's go home」と言い出す始末。

ベンが僕ら大人が会話しているところに邪魔をするというシーンで、「ハッピー・バースディー」とジェスチャー入りで登場した時には、スタッフ一同が笑い転げてしまい、コメディー・ドラマのようになってしまった。

他にも、ソーダをおねだりするシーンで、僕が「ダメだよ、もう2本も飲んだだろ?」という台詞を言うと「No ! I want more !」とごねるべきところで「I want to be healthy」と勝手に台詞を変えておねだりをやめてしまうなどといった、現実の行動と混同してしまう場面もあり、やはりちょっとベンと僕にはレベルが高すぎたと思う。

しかしながら、僕が、家で行われたクラスの時に見た前の教則ビデオは背景やファッションがあまりにも古く、現実味の無い感じさえあったので、新しいものを作るのに少しでも力になれたたことは嬉しい。

スタッフの方に聞くと、前のビデオは30年程前に撮影されたそうで、その時僕らと同じシーンを演じたダウン症の少年は、現在このレジデンスで生活をしているとの事。

10 年間を表現するのにDecadeという言葉を使うと、時間の経過が何とも重々しい感じになる。このビデオ・プロジェクトは3ディケードを経て再び企画されたものだったのだ。

今はきっと僕と同じくらいの年齢であろう彼のことを思い、次のビデオを製作する時にベンがどうしているかを想像する。次の3ディケードが過ぎた後もどこかで楽しく生活できていることを願う。

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The American Museum of Natural History 
Rose Center for Earth and Space
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by gakuandben | 2006-11-07 02:04 | 自閉症に関して
Halloween Boy
「ハロウィン関係の消費は年々成長して、今やクリスマスやサンクス・ギビングに並ぶ季節のイベントとして定着しています」とニュースが伝える中、ダウンタウンでは仮装してハロウィン・パレードを見に行く人達でいっぱいだ。

確かに、「トリック・オア・トリート」と子供がキャンデーを集めるというだけでなく、大人にとっても年に一度の仮装大会となっているのだ。

残念ながら、危険な事件も毎年必ず起こってしまうのだが、仮装している人達を見るのは面白い。そして、子供も大人も同じ楽しみを味わえるのが大きな魅力で、子供に負けないくらいの仮装をしている親も多く見かける。

そんな街全体が一体感のある盛り上がりの中、誰にも負けないくらいに盛り上がるのはベン。10月30日の誕生日と重なることもあり、興奮はピークに達する。金曜の夜に弟の学校で開かれるパーティーに参加するのに始まり、さらに誕生日がやってくる。ハロウィン前はベンにとってのお祭りウィークなのだ。

パーティーにはジョージ・ワシントンの仮装をして行った。衣装に関しては毎年必ずなりたいものを決めていて、去年のリンカーンに続きこの2年は歴代大統領がお気に入りだ。誰も選ばない渋い衣装は早めにハロウィン・ストアで手にいれておいた。

さらに今年は誕生日ディナーとして「ババガンプ・シュリンプレストラン」に行く約束をしていたので、日曜日に連れて行った。どこのレストランに行ってもチーズバーガー&フレンチフライを食べるので、シュリンプを目玉にしているメニューは全く意味をなさないのだが、フォレスト・ガンプに関わる展示品が気に入ったようで、嬉しそうにしていた。

13歳になってティーン・エージャーの仲間入りをしたベンは、これからどんな大人になってゆくのだろう。「古い言い方だけど、ベンが誕生日を迎えるのはやっぱりひとしおね」月曜に家族でケーキを食べた時に妻が言った。

そうだ、あの時無限大にひろがっていた不可能が、気付かないうちに少しず可能に変わって来ているのを忘れてはいけない。

真冬の公園で、ただ微笑みながら一人ブランコに揺られるベン。お店で癇癪を起こして泣き叫ぶベン。一瞬目を離したすきにどこかへ行ってしまうベン。どうすれば良いのかを振り返る間も無く過ぎて行った13年は、きっと僕ら夫婦にとっても大きな財産になっているのだろう。

「ありがとうベン。君のお陰で色々と勉強させてもらっているよ」とネクスト・ステージの幕開けを感じさせる今年のハロウィン・バースデーだった。


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by gakuandben | 2006-11-03 14:02 | 自閉症に関して