ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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疑惑のおにぎり
アメリカでは、遠足での子供のランチと言えば、ピーナッツ・バターか、ジャム、もしくはチーズのサンドウィッチと、リンゴなどの果物が1つというパターンが多く、特に学校から配給されたランチの場合、茶色い紙袋の中身は9割方このサンドウィッチが入っていると考えて良い。

ベンはこのランチが苦手、というより遠足の時には「おにぎり」という選択肢を知ってしまったので、必ずリクエストしてくる。だから、遠足の日は母親が早起きしておにぎりランチを作ることになる。

おかずなどが入っていることなど決して無いサンドウィッチ・バッグに比べて、ウインナーだったり、ポップコーン・チキンが付いているおにぎりランチの方がそれは良いに決まっている。日本の標準で考えると、それでも地味なくらいなのだが、おにぎりプラスおかずで大満足のようだ。

弟の方にも話を聞いてみると、殆どの子は家からランチを持って来た場合でも基本的に中身は同じで、中に挟んであるジャムやピーナッツ・バターの量が格段に多くなっており、ほとんどお菓子を食べているように見えるとまで言っていた。そして、かすかな親の期待とともに添えられた生野菜などは、その期待を裏切り、ゴミ箱に直行しているようだ。

朝食ならともかく、昼食にも甘いものを食べるというのも何か違う気がする。だからベンの気持ちも良くわかるのだ。おまけにベンはピーナッツのアレルギーときていて、生パンに挟んであるスプレッドでピーナッツがダメとなると、パンチのあるものが全く無くなってしまう。もしかすると、それもひとつの原因かも知れないが、とにかく彼の中で遠足のランチは「おにぎり」に決定した。

先週の木曜には、ミッドタウンで行われているミニチュア・トレイン・ショーに行く遠足があったのだが、ベンは家に大事なおにぎり弁当を忘れて、学校へのバスの中でそれに気付き、「I forgot lunch」と言ってバスを降りなかったそうだ。もう一度バスに乗ってランチを取りに戻るつもりだったのだろうか?

先生方がその場をとりなしてくれたそうだが、僕はその日丁度近くで仕事があり、遠足に付き添うことにしていたので、都合良く忘れたランチを持って行くことが出来た。

ベンに会うや否や、「はい、ランチ」と渡すと「OH, Thank you dad !」と微笑み、大事そうにバック・パックの中へしまう。小一時間ほどトレイン・ショーを見て11時を過ぎたところで先生が「はい、それじゃ学校に戻りましょう」と言う。あれ、ランチ食べないの?と思ったら、この遠足は近場なので、ランチは最初から学校で食べる予定だったとの事。

何だよベン、今日はスクール・ランチで良かったんじゃないかよ!



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by gakuandben | 2006-12-28 16:59 | 自閉症に関して
きよしこの夜
アメリカ最大のホリディ・シーズンを迎え、毎日のようにホリデイ・パーティの仕事に出掛ける毎日も今週で終わりになる。思えば、ありとあらゆる境遇に置 かれた人々と出会うこのシーズンこそ、人生のあり方を考えさせられる機会でもあった。

アメリカ、特にニューヨークでのクリスマス・パーティーは、クリスマスと決めてかかると、他のの宗教の人への配慮が無いということになるので、キリスト系の教会が主催する場合を除き、会社などのパーティーなどは必ずホリデイ・グリーティングスという形で、どの宗教の人にも対応できるようになっている。デ パートの広告で、クリスマス・セールと言ってしまいそうなところを、ホリデイ・セールと言うのも同じ理由によるものだ。

金曜日には企業のオフィス、 土曜日には孤児院、日曜日には、病院の後に、高級ホテルでのディナー・パーティでの演奏といったように、数時間の間に完全に違っ た空間の中を移動してゆく。孤児院では、子供や里親達がサンタクロースからのプレゼントを嬉しそうに受け取り、病院では、身寄りの無い盲目の患者が涙を 流し、ホテルでは、ステーキを前にしたお金持ちが会話に興じる。

お金があったり、無かったり、病気だったり、そして普通だったりする人達に平等に訪れるこのシーズンは、それぞれの場所へのお金の分配がはっきりと見て とれる。その分配は、多く取った人、普通の人、少ない人という風に、まるでゲームのようでさえある。

たくさんのお金を持った人は、車一杯にギフトを詰め込み、高級レストランで食事をする。残念ながら、そういったチャンスに恵まれなかった人でも、きっと同じだけの努力があり、それなりの幸せがあるだろう。しかし、どんなレベルに於いても、人を思いやる気持ちある人達の振る舞いは、お金をたくさん稼いだ人が勝者で、少ししか稼げなかった人はルーザーなんていう風潮は簡単に吹き飛んでしまうほどの優しさと重みがあるように感じられた。

お金を稼ぐ人は、それなりの努力と才能があり、そうでない人と差ができてしまうというのも現実的な話で、お金の無い人が、助けだけに頼って自分から努力をしなくなってしまうというケースもある。教会での慈善パーティーでは、余ったプレゼントになりふり構わずに群がる人々を見て、どうにも変えてゆくことの出来ないお金の巡り方と、貧困の差の大きい国である事を実感させられるのだった。

ただ、1つ思えたのは、お金持ちであるか否かに存在価値を見いだすグループに属すのではなく、思いやりのある行動に一生懸命になれるグループに属していたいという事だった。

病院の演奏の終わりでは、殆どの患者が会場を後にした後、5、6人の車椅子の患者が最後に残された。「きよしこの夜」を歌うシンガーが近づき、手を握る。ぐるりとステージの周りに並んだ車椅子が、まるで悲しい映画のシーンを見ているかのように、1つ1つ運ばれて行く。後から、介護士の男性が教えてくれた。「シンガーが手を取った、あの患者は盲目で、身寄りの方が誰もいないんですよ。」そして、「もう死んでも良い」と、小さな声で彼に言ったそうだ。
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by gakuandben | 2006-12-23 16:37
最高のお買い物
予定を聞かないと気が済まないベンの質問で、一番多いのが「What's for dinner?」そして、「Daddy, are you going to work tonight?」。夕食に関しての質問は、食べ盛りの子供にとってはよくある事だとは思うが、事あるごとに聞くのでまいってしまう。

ビヘービアー・マネジメントの先生に相談した時には、質問に答えてしまうと、限りなく続けてしまうので、質問を逆の質問に置き換えるというテクニックを教わった。つまり、「ベン、その質問には答えられないけど、夕食の準備を手伝うかい?」とか、「冷蔵庫の中を見て、何が作れるか考えてみない?」といった風に期待外れの展開になるようにしむけるのだが、実際にはこちらの言う事を無視されてしまう為、あまり効果的ではなかった。

しかし、答えを言わないという作戦は続けており、心なしか最近少し質問が減ったようにも思える。2番目の仕事に行くかどうかの質問には答えるようにしているが、これは明らかにガミガミ親父が居なくなるのを期待していることによるもので、仕事に行くと答えた場合、夕食後に僕にとやかく言われるのを気にせずフリータイムを過ごせるという楽しみが待っている事になる。母親も同じ様に注意していると思うのだが、自己の経験からも確かに父親の威圧感というのは嫌なものだった。

しかし、こうした先を知る事に対するこだわりは、ちょっとした事で大変な問題になってしまう。だから確かではない予定を話す時などは、店名や場所の名前を察知されない様にして話さないと、その地名や名前がトリガーとなって行きたい場所を特定してしまう場合があるのだ。

こうなると、その後、予定変更をしなければならない時に苦労する事になるので、夫婦間で予定を話す場合は日本語で喋るのに加え、固有名詞も日本語に置き換えたりしてベンに悟られないようにするのだった。

先日も妻と話していると、「ベンが最高のお買い物に行きたいと言っているんだけど」と言う。「ああ、そう」と聞き流していると、それはベンが好きな総合電器量販店「ベスト・バイ」に行きたいという事だった。

その他には、ユニオン・スクエア→ユニスクと、日本人なら得意な略称作戦でクリアする事も多い。ブロック・バスター・ビデオを「煉瓦くずし」と言った時にはさすがに深い笑いがこみ上げてきた。

学校生活に於いても、ベンが一番に迷惑をかけてしまうのが、この「急な予定の変更」で、毎朝学校の入り口ホールに置いてある新聞が、無かったというだけでパニックになったり、予定されていた遠足が雨で中止になって大騒ぎをしたりと数々のトラブルを起こしてしまう。

一般人でさえ対処の難しい、急な予定の変更。平常心を狂わされる一番の原因だ。

僕は予定が変更された時にはとにかく良い方に考える努力をする。前回の帰国時は、日本行きの飛行機が北極近くまで進んだところで、トイレ故障でシカゴまで引き返した。ほとんど1からやり直しの事態を気持ちの部分でどう埋め合わせれば良い物か?

怒りを誰かにぶちまけることで、ストレスを発散する人もいる。どうにもしようのない事に立ち向かおうとする自分の気持ちを何とかコントロールしなければならない。

その後に起こる事で埋め合わされる場合も多い。事実、飛行機は夜中に成田に到着して、帰りのバス、タクシー代は航空会社持ちになった。結果的に「悪く無い」事なのだが、事前にそういった肯定的な展開を考えるのは平常心が必要だ。

予定が変更されてしまう事など山のようにある、これからの人生で、ベンなりの納得の仕方を早くつかみ取って欲しい。


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by gakuandben | 2006-12-19 13:28 | 自閉症に関して
Big Mr. Sunshine
こうしてブログを書いていると、何だか良い話ばかりで自分が相当な人格者にでもなったように見えてしまうが、実際には親としてのわがままな部分も自分にたくさんあると思う。

昨夜も仕事から帰って来て、11時を過ぎても寝ないベンを怒鳴りつけてしまった。

というのも、実は借りて来たDVDが新作翌日返しで、今夜のうちに見ておかないといけないという、誠に勝手なこちらの理由によるもの。

毎日のパターンである、チャプター・ブックの朗読をしている間、ベンは部屋のドアを開けておかないと気が済まない。狭いアパートでは、ドアが開いていると映画の音が気になるベンにとっては、とても睡眠どころではなくなってしまうのだ。

昨日は、読み始めるのが遅かったせいで、かなり遅くになっても読み終える気配はない。こちらも見始めるのが遅くなってしまうと睡眠時間に影響してしまうので、早く見始めたい。もっと時間のある時に借りて見れば良いのに、大人げのない話だ。

疲れていたので、映画を見てリラックスしたいという思い込みもあった。何だか当てにしていた事が出来ないというだけで、僕などはすぐにイライラしてしまうのだ。よく考えてみれば、いつもベンがしている事と同じじゃないか?

とにかく怒鳴りとばしてストレスを発散させているという分析もある。ドアを閉めるのをかたくなに拒否するベンに向かって、「ベン!夜のちょっとの間のリラックス・タイムなんだよ。少しはダディにも時間をくれよ!」と大声を出す。後から考えれば、自然とビヘイビアー・マネージメントのクラスで教わった、I(アイ)・ステートメントになっていたのだったが、怒鳴ってしまっては全く意味が無い。

同じ部屋で寝ている次男も「寝れないよ!静かにして」と言い出す始末。しかし、いつもなら、こんな事になると泣き出して、パニックになってしまうのだったが、昨日は本を読むのを明日にして寝るように言うと、すんなりとドアを閉めて寝はじめてくれた。

「何だ。こんなことなら始めからそう言えば良かったな」と反省する。ドアが閉められないのは本を読んでる間のベンの規則であって、読み終えた後は必ず閉めてから眠るのだ。

朝、目覚めるとベンがベッドの脇に来て、「Daddy, I am sorry for last night, I was upset」(昨日はごめんなさい、混乱していました)と言う。こちらも驚いて、「いや、あれはダディも勝手だった。怒鳴った事を謝るよ」と言って手を握ると、「That's OK, Dad」と言ってくれた。

僕はその時に、ベンに自分の生の感情をさらけ出して、始めてもらった返事のような気がして、とても嬉しい気持ちになった。イライラがそのまま八つ当たりに発展する、普通の家族みたいな喧嘩が出来たような気さえしたのだ。

少しずつでも、自分の感じた気持ちを正直に伝えてみよう。どうせうまく伝わらないからなどとあきらめずに、こだわり行動などに対してでも、こちらの気持ちをきちんと説明してみるのが大事だなと思った。

そうすれば、彼なりの理解をしてくれる時が来るかもしれない。


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寝静まるのを待たずに見始めた「リトル・ミス・サンシャイン」はとても好きな映画でした。
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by gakuandben | 2006-12-15 14:56 | 自閉症に関して
In your own sweet way
毎日接している我が子を冷静に分析、判断するのは難しい。家族というのは知らない間に自分の一部のようになってしまって、テレパシーのように何でも考えていることが伝わっているような気がしてしまうものだが、自閉症者が家族にいる場合は例外だ。

ミステリーに包まれた彼らの行動や思考は、親であっても簡単に読み取れる物ではなく、時間の経過に沿って変化しながら果てしなく続いて行く。

僕ら一般人とはまったく違った捉え方をしている場合もあれば、とても一般的な場合もある。結果は同じでも、その行動の理由が異なるという事もあり、ミステリアスな彼らの考え方を知りたいと思う気持ちは、僕以外のたくさんの親御さんも同じだろう。

最近、ベンがコンピューターで遊びながら、ノートに何かメモを書いている。元々2つの事を1度にすることが好きなベンは、インターネットをブラウズしながら、CDを聴いて歌を歌っていたりとか、本を読んでいるというのは当たり前の風景なのだが、書き物というのは後に残るので面白い。

後からノートを見てみると、そこにはベンにしては奇麗に揃った字で、映画のタイトルとPG13やRなどのレーティングがびっしりと書き出されていた。どうやら、DVD化された映画を検索して調べるうちに、記録することにしたらしい。
「ベン、これは何のため?」と聞くと、「I can watch PG13 movies because I am 13 years old」と言う。

13歳になったのが嬉しかったのか、確かに映画のレーティングには13歳という境目があったのだ。だからといって、ベンが最後まできちんと映画を観るということはあまりなく、観たいという訳でも無いと思うのだが、規制そのものに興味があり、それをクリア出来る年齢に達したという事も関係がありそうだ。

コンピューターの周りにはいくつかのノート・パッドが置いてあり、違うものを見てみると、今度は大きめの文字で「I don't want to dropout」(落第したくない)とか、僕が注意した事によるものらしい「I don't want to go bad stupid website」(劣悪なウエブサイトには行きたくない)などと書いてある。
 
これはベンがいつも口癖のように言っている事だが、文章にして確認したかったのだろうか。その他には、毎月のお小遣いで買う事の出来る本が、月ごとにリスト・アップされているページもあった。映画監督に関する本のシリーズを、全部集めたいと考えているようで、毎月ごとにどの監督のものを買うかが明記されていた。

彼の頭の中を少し覗けたような気のする出来事だ。

小さい頃からあまり「あれ買って!」的おねだりをしないベンは、誕生日にはこれを、クリスマスにはあれを、と言った具合に期限を決めている。期限に沿って何かが手に入ることは、突然何かを貰ってしまうよりも、ずっと幸せなことなのだろうと思った。

自閉症関連の本などで、よくある分析に絵がある。言葉の不自由な自閉症者が、絵を描く事で気持ちを表現しているというものだ。残念ながら、専門家でない僕には、ベンの描く絵のに隠されているメッセージは全く理解できない。

ただ、何を描いたのかという点から見れば、それはマンハッタンの摩天楼であったり、ベースやドラムを演奏するミュージシャンであり、母親や弟と一緒にいる自分だったりと、周囲の人や環境に対してのたくさんの愛情を感じ取ることが出来るのだった。

会話や、普段の生活では通じにくい彼らのメッセージが、書くことによってもっと多くの人に伝えられたらどんなに素晴らしいだろう。

汚れない心を持った彼らのメッセージを、僕は早く見たくて仕方が無い。


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by gakuandben | 2006-12-12 13:37 | 自閉症に関して
強く生きる人の美しさ
前回の近所の話を書いたところで、僕らにとって忘れることの出来ない大切な隣人の話をしなければならない。

12年前にここのアパートに引っ越した当初から住んでいた、隣の部屋のおばあさんミセス・クバットは、2年前に引っ越してしまうまでの間、アメリカという国に住むことになった僕らの心の支えになってくれた人物だった。

築100年を超すこのアパートに、おそらく40年以上住んでいたミセス・クバットと最後の12年間を一緒に過ごすことが出来た僕らは、彼女の見えない励ましによって強く生きてゆくことを教えてもらえたのだった。

始めて挨拶を交わした時には既に80歳を過ぎていた彼女は、旦那さんと共に、静かに余生を送っている老婦人として僕らの目に映る。日本から戻ったばかりの生後6ヶ月ベンを、まがった腰をさらに折り曲げるようにしてあやしてくれた。

隣人の老夫婦とはドアを開ければ毎日のように顔を合わせる関係となり、次第に色々な話をしてくれるようになった。おじいさんは、子供の世話が大変だと言う僕に「子供一人を持つのはグッド、2人はベター、3人はグレイトな事だぞ。」といつも言ってくれていて、「子供は君に絶対に何かをもたらしてくれるから」とじっと目をみつめてくれる。

ベンに障害があるとわかって放心していた僕が、「この子は自閉症なので、騒がしくてすみません」とおばあさんに説明すると、「あら、私の孫もそういう問題があったわ、ワイルドで大変なのよね。でも、次第に落ち着いてゆくから心配しない事ね」と言い、ドアの外をぴょんぴょん走り回っているベンに向かって「ベン、あなただってそうよね!ダディの言う事を聞いていれば大丈夫よ」と声をかける。

聞いているのかも、聴こえているのかも、理解しているのかもはっきりしないこの頃のベンに向かって、いつも話しかけてくれていたのがミセス・クバットだった。

クッキーを焼いている香りが部屋から漂えば、必ずお裾分けを持って来てくれる。クリスマスやサンクス・ギビングには、ケーキやチョコレートのギフトを欠かさない。

静かな毎日を過ごしていた老夫婦に変化が訪れたのが、おじいさんの脳卒中。体が麻痺してしまった彼は20ブロック程離れたケア・サンターでの生活を強いられることになる。そしてそれは、当然のようにミセス・クバットの毎日を過酷なものと変えていった。おじいさんは体が不自由になっただけでなく、思考の部分にもダメージを受けて、おばあさんにわがままを言うようになってしまったのだった。

毎日、顔を見ないと気が済まないおじいさんを見舞いに、毎日出かけるおばあさん。腰が悪いというのに歩くのは早く、バス停まで歩いてゆく姿を見かけた。後で知ったのだが、ガンも患って腸の一部を摘出していたそうで、本当に信じられないパワーだ。

スロバキアからの移民である彼女のエネルギーは、この国で生きるために
命を賭けたスピリットがある。70年代の半ば頃まで近所で床屋さんを経営していた旦那さんと共に、洋裁の内職をし、3人の子供を育てあげ、ついに夫を見取る時が来た。おじいさんは亡くなる間近になり、混乱して誰が誰なのかもわからなくなってしまった時におばあさんに言ったそうだ。「あなたは本当に色々と良くしてくれる。もし結婚していないのなら、僕と結婚していただけませんか?」

僕はこの話を思い出しては泣けてしまうのだったが、彼女は「病院の看護士たちにひやかされたわ」と笑い話として話してくれたのだった。しかし、そんな2年近くに及んだ看病生活に追い打ちをかけるように、悲しい事が起こってしまう。

一人になったおばあさんは、また以前のように曲がった腰を押して買い物へ行き、クッキーを焼いて、天気の良い日には洗濯屋さんの前の椅子に座りティミと話をして、前にも増して静かな日々を送っていた。僕が夜中に帰ってくるのを知っていて、「昨日は3時頃に戻ったでしょう?トイレに起きるからわかるのよ。寂しく無くて良いわ」などと言ってくれた。やはり、寂しかったのだろう。

そんなおばあさんを気遣って、2人目の娘さんは良くアパートに訪ねてきてくれていた。3人の子供のうち、長男は、近くに住むのだが、あまり見かけず、もう一人の娘さんは、遠方に住んでいるらしく、見かけた事も無い。マサチューセッツに住んでいると言っていた、この2人目の娘さんとその旦那さんをよく見ることがあった。

子供の居ない夫婦で、いつも仲が良く、最初は旦那さんの方を実の息子さんだと勘違いするほど、色々と世話をしてくれていた。とはいっても、娘さん達ももう50代半ばで、自分たちが世話をしてもらい始める年齢にさしかかっているくらいだったのだ。

「娘が肝臓ガンなのよ」と、おばあさんに知らされて、娘さん夫婦はもう来なくなった。そして3ヶ月も経たないうちに、おばあさんは娘さんの入院するマサチューセッツの病院へ行き、戻ってきた。

数日後、改めてお葬式に向かうおばあさんを、息子さんが車で迎えに来た。「4時間もドライブするから、腰がつらいのよ」と言いながら淡々と乗り込んだミセス・クバット。どうしてこんなに辛い事がこんなに年老いた人に立て続けに起こってしまうのか。小さい体を折り曲げるようにして車に乗っている彼女は、本当に痛々しく見えてしまい、僕などにはかける言葉も無い。

そして、次に戻って来た彼女を待ち受けていたのは、僕らにとっても大切な隣人を失う事だった。一人暮らしを危惧した息子さんが、いつでも世話を出来る様に自分の住むマンションの1室をおばあさんの為に用意して、このアパートを引き払う手続きをしてしまったのだ。最初は相当な抵抗をしたようだが、前々から言われていたらしく、2週間くらいの猶予を貰って彼女は部屋の整理をし始めた。

質素な暮らしぶりだった事もあり、片付けるものも多くは無い。タンスをもらってくれないかと言われ、部屋に見にゆくとその上には亡くなった娘さんの写真が置いてあった。何となく2人ともに目がいってしまい、「私のような年寄りが長生きして、娘が死んでしまうなんて、何だかわからないわ」と、始めて涙しているのを見る。何と答えてよいのかわからずに、うなずいていたが、この部屋を後にする事で、今まで続いていた思い出を断ち切る事になってしまうのを悲しむ姿は、あまりにもか細く、まるで少女のようにも見えた。

そしてミセス・クバットは歩いて15分程の息子さんのマンションから、月に一度のペースで、洗濯屋さんのティミの所に立ち寄るようになり、僕らの分のクッキーや、ケーキを置いていってくれるのだった。運良く会える事もあったが、忙しい毎日の中でゆっくり会話する時間も無く、近況を伝える程度だったが、すっかり気力を取り戻したようにも見え、笑顔を見れば以前のように安心させてくれた。

天気の良い5月のある日、ミセス・クバットは歩行器を使ってやって来た。以前にも増して、歩行速度が遅くなったにもかかわらず、相変わらず行きつけのスーパーに買い物に行く途中だったようだ。たまたま、洗濯をしていた僕は部屋にいた子供達を呼んで会ってもらったりして、みんなで写真を撮った。

5月の光の中で輝くように写った、ミセス・クバットの写真。良くしていただいた子供達と一緒に撮った写真が一枚も無いとずっと思っていた。彼女にも持っていて欲しいと思い、「プリントして、ティミに渡しておきますから、今度来た時に受け取ってくださいね」と言っておいた。

それから半年が経ち、今、写真は洗濯屋さんにずっと置かれたままだ。あれから、ミセス・クバットはずっと来ていない。ケーキを欠かさなかったサンクス・ギビングでさえ姿を表さない。「ティミ、ミセス・クバットは?」10回聞いても「ノー」と言い顔をしかめてみせる。

わかってはいるけど、知りたくない。知らないなら、ずっと信じていたい。
クッキーと引き換えに、その写真がなくなっている日が来る時を。
ずっと待っています、ミセス・クバット。



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by gakuandben | 2006-12-08 15:03
Interesting Boy
道を歩けば人に当たりそうになったり、大きな声を出してしまい驚かれたり、ガラスばりの店の中を覗き込んで変に思われたりするベンだが、好きになってくれる人もたくさん居る。

僕らのアパートの一階部分にある、洗濯屋さんのティミもそんな有り難い人達の一人だ。ベンが生まれた頃から働いているので、本当に家族のような感覚なのかも知れない。

毎日の生活の中で必ず接点のあるのはティミで、ベンも毎朝スクールバスを待つ時に、雨だったり、寒かったりすると、洗濯屋さんの中で和みながらバスを待っている事がある。何をしているのかを見てみると洗剤の注意書きを読んでいたり、ぐるぐると乾燥機の中で回る洗濯物を、鼻がついてしまうほどのぎりぎりの距離で見ていたりするのだった。

タイ人のティミは、商売のための必要最低限の英語しか喋らないのだが、そんな言葉のコミュニケーション以外の部分でベンを愛してくれているのがわかる。2人の間にほとんど会話はなく、心で会話しているようだ。

スクールバスを待つ間、僕は下の子の支度でアパート(2階)の中に居るのだが、ベンは家の外で10分程バスを待っている間に色々な所に顔を出している様子で、朝早くから店を開けている商店の方々は、皆ベンの事をよく知っている様だ。

5件程離れたパン屋に買い物に行くと、「あなたの息子さん? いつも中を覗いているのよ」と言われたり、この間妻が見たのは2件先のヘア・サロンの人がベンの名前を知っていて、「ベン、シャッター上げるの手伝って!」と声をかけられて、ベンは黙ってシャッターを持ち上げていたという光景だったそうだ。

たまたまアッパー・イーストサイドに住み始めて10年以上が経つが、良かったなと思うのは、まさにこの点で、ストリート沿いにお店があるのでこういったご近所的な感覚がある。同じ通りでもウエスト・サイドに行くとこういった光景はみられず、ただブラウン・ストーンやコンドが黙々と立ち並んでいることになる。

このストリートの商店で働く人達の間では、顔のきくようになったベンは、時折店の中のデスクに座っていたりすることもあって、ちょっと図々しくもなってきたので注意するようにしているが、そんな時でも商店の人達は「いいから、いいから」と穏便で、こちらが恐縮してしまうのだった。

知っている顔を毎日のように見る事で生まれる親近感というのは、近所付き合いの原点で、ベンのしてくれた事がまさに良い例だ。知らない人から見れば、変な行動をして、怖がられたり気持ち悪がられたり笑われたりするところを、知っている人になる事によって、日常的な理解者になって貰えたのだ。

さらに、好いてもらえる事まで出来る。ソファーを修理するお店の人は「I like him, he is interesting」と言ってくれ、ベンの部屋の真下にあるフレーム・ショップのおじいさんは、僕がベンの出す騒音について謝ると、「僕は彼を知っているから、問題は無いよ。お客さんは驚いて、文句を言えと言うのだが、私には全然気になる音では無いんだ」とまで言ってくれた。最近は良くなってきたが、ベンは一頃コンピューターで興奮すると、足を床に叩き付けるようにしてノイズを出す事があったのだ。

ベンが本屋などに行ったりした時に思い切り嫌がられるのに対して、理解をしてくれた人々の対応は天と地ほどの差がある。やはり、知ってもらう事の大切さを知り、最近は気付いてもらえず不快に感じている人には早めに教えるようにしている。

そして、毎日のように目が合いながら挨拶をしない近隣の住民にも、自らを説明したベンを見習って 「Say Hi」するようにしなければ。近所なんだから。


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ベンが毎日見ているパン屋さんのディスプレイは季節ごとに変わる
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by gakuandben | 2006-12-05 03:15 | 自閉症に関して