ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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推薦文・プロフィール
タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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I Got the Feelin'
僕の記憶では、日本で子供の遠足に親が付いてゆけるのは、幼稚園までで、小学校になるとそういった思い出はなかったように思える。

先週あった下の子の遠足は、ハーレムにあるアポロ・シアター。

遠足になると、いつも親の任意参加を求められるのが普通で、クラス担任の先生も安全管理上、最低でも2、3人の親の付き添いを希望される。

もともと子供の遠足に付いて行くのが好きな僕は、時間の都合がつく時には参加させてもらっている。残念ながら、最近下の子は「一緒に行った方が良いか?」と聞くと「別に来なくて良い」と言われるのでご無沙汰していたが、アポロ・シアターとなると自分が行きたいこともあり、問答無用で参加した。

子供の遠足というのは要するに社会見学であることが多く、それは僕にとってこの国を知る為の願っても無いチャンス。ボランティアで老人ホームに行くのに同行すれば、こちらの老人の方々が生活されている姿を見る事が出来るし、りんご刈りに行くのだって、アメリカの農園というものを知る事ができる。

だから、息子の為に付き添うというのではなく、本当は、まるで自分が2度目に小学校生活を体験しているかのように楽しんでいるのだった。

目的地のアポロ・シアターまでは、スクール・バスでの移動。このスクール・バスだって、僕にとっては人生のうちでまだ数回しか乗ったことのない乗り物で、恐ろしく乗り心地の悪いことさえも珍しく楽しい。

アポロ・シアターでは期待していた楽屋裏などの見学は出来なかったのだが、エンターテイメント魂あふれる「アポロ・シアター」のツアー・コーディネーターの方が、元来白人用として建てられた劇場が、黒人文化の中心として、国家史跡に指定されるまでの歴史をお話して下さった。

最後には、アマチュア・ナイトの模擬ショーをやりましょうという事になり、ステージに手を挙げた子供達を上がらせる。アポロのアマチュア・ナイトは 古くはエラ・フィッツジェラルドやジェームス・ブラウン、近年ではルーサ・バンドロスやローレン・ヒルなどを輩出した現在も続いている歴史的なショー。

コーディネーターの方は本物さながらの司会で場を盛り上げ、ステージに上がれた子供達は嬉しそうに次々とジョークや歌を披露し始めた。ヒップ・ホップをやると言って歌おうとする子供達に順番が回って来ると、彼は子供達向かって「君たち、ニガーなんて言葉を使うんじゃないぞ! あれは、差別と苦しみを受けた我々の祖先に対する屈辱の呼び名なんだ。だから決して自らがあんな呼び方を使うんじゃない」と忠告する。

確かに最近ヒップホップの常套句で「ニガー」は良く登場する。多人種が言えば大問題になるこの差別用語を当事者たちが使うことによって、仲間意識を高めようとするものらしい。ラジオなどでも気軽にお互いをそう呼び合ったりしているのを聞いたことがある。

自らも黒人であり少年時代から靴磨きとしてこのシアターで働いていたという彼のメッセージは真剣で、本当に自分のカルチャーを大切に愛する気持ちが伝わって来た。多くの人種が集まるこの国で、他を牽制するのではなく、自分たちが誇り高く生きることは、他を思いやることにつながる一番大切な鍵である気がしてならない。

そしてアメリカに住む日本人である僕も、そういった意識を持って自分たちのカルチャーを見つめなくてはいけないな、と思う良い機会になった。


模擬ショーの後には列をつくって順番にステージに上がらせてもらえた。ステージに出る前のすべての出演者が触る、伝説の「ツリー・オブ・ホープ」にも触ることが出来たし、数年前に遠足で行ったカーネギー・ホールに続き、またもや楽器を持たずにアポロ・シアターのステージにも立つ事が出来た。

ツアー後には「ミスター・タカナシ、本当に今日は有り難うございました」と担任の先生からお礼までされてしまう。こんなに良い話があってよいものか?




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by gakuandben | 2007-01-30 06:14
困ったお金
自分一人で買い物をしたのは何歳の時だっただろう。小学校の3年くらいで駄菓子屋でプロ野球スナックやライス・チョコレートを買っていたから、きっと僕の中では10歳前には小遣いの中からどお菓子を買うかといった、計画を立てる「お買い物」のキャリアが始まったということになる。

ベンの弟も丁度そんな年頃で、週末になると1週間に1度貰えるお小遣いをでコミックやキャンデーを買ったりして楽しみながら使っている。

ベンはまだ一人で買い物をしたことは無い。お金を出せば欲しい物が自分のものになったり、キャンデーならば口の中に入って満足できるという事はわかっているものの、その過程でお釣りをもらったりとか、幾ら必要だとか、そういった部分はどうでも良くなってしまっているようなのだった。

それに加えて、残念ながら自閉症者に向かないのが、アメリカの通貨単位。ドルとセントという2つの単位があることで、ゼロをたくさん書かなくて良い分、混乱させられてしまうシステムなのだ。

1セントにはじまり、5、10セント、クォーターと呼ばれる25セントが主なコインで、何故かあっても良さそうな50セントコインというのはあるにはあるのだが、ほとんど流通していない。そして100セントが1ドルということになり、そこからはドルの世界となる。

ここが問題で、100セントが1ドルと名前を変えるところに自閉症であるベンが一番苦手な「置き換える考え方」が登場してしまう。

昨日の宿題はその部分についての学習で、2ドルにするためのお札とコインの組み合わせを4通り書きなさいというものだった。「Daddy ! please come here ! I need help !」と部屋で叫んでいるので行ってみると、悩んだ末の答えの欄にずらりと5や10、25コインの数字が書き並べてあった。

セントの単位だけや、ドル単位だけのそれぞれの足し算、引き算は問題ないのだが、100セント集まると1ドルに名前が変わるというコンセプトがうまく理解出来ていない。同じ理由で、時間で60分が1時間というのも難しい。

「ベン、25セントが4つで幾らだい?」と聞くとちゃんと100セントと答える。ところが「ベン、100セントが1ドルなんだよ」と教えた後に、100セント1ドルを足させるとベンの答えは101。見ていると、101と答えた時点でセントかドルかの単位はすっ飛んでいってしまっているようで、その部分はセントと言ったり、ドルと言ったりと迷っているのが伺える。

「そうか、単位の変わらない日本やヨーロッパなら問題無いのだが、これは面倒なハードルだな」と思い、弟の方に聞いてみると確かに分かりにくかったと言う。そういえば、僕自身もこちらに来た当初は混乱していた気がする。

特にベンの場合、視覚的に理解する部分が多く、硬貨が100セント分集まったところで1ドルという単位も違う「お札」に変わってしまうのは対応に困るのが当然だろう。学校の先生からも、クラスのたくさんの子が、ダイム(10セント)はペニー(1セント)と同じ大きさで、ニッケル(5セント)よりも小さい為に、コインの大きさに価値を惑わされてしまうという話を伺った。

イコールという考え方も不得意なので、絵に描いて説明するのもあまり効果が無い。今度は小さな箱を用意して、その中に100セント分の硬貨を入れ、その箱が1ドルなんだよという説明でもしてみようかと思っている。

生きて行く上で、一番大切な算数であるお金の計算を何とか身につけてもらいたいものだと思いつつ、駄菓子屋に行った頃と同じ様に、稼ぎの中から自分の好きな物を買うために預金残高を確認する毎日なのだった。


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by gakuandben | 2007-01-27 04:33 | 自閉症に関して
特定不能の男
一年ごとの定期検診にベンを連れて行った。ベンが生まれてからずっとお世話になっている小児科医のドクター・ラザルスはNYでもトップランクの評価で、家から近かったこともありずっと通い続けている。

こちらでは、良い医者になるほど保険を受け付けないということが多くて、ドクター・ラザルスはその代表格。毎年ベスト・ドクターとして雑誌に紹介され、別に保険を受け付けなくても来る患者は来るという姿勢。保険はドクターの方の負担になるので一切受け付けずに、患者側が、領収書をもとに各自保険会社へ請求するという事になる。

また何故そこまで超高級なお医者様にベンが見てもらうことになったのかという経緯は、当時の日本人コミュニティで妻の知り合いである駐在員だった方の紹介だった。

何はともあれ、ハイ・エンドな医療環境にあることは有り難い限りで、後から来る一回の検診と予防注射で300ドルを超える請求に頭をかかえることになるという部分を除けば、ずっと同じお医者様に見てもらうというのは何とも心強い。

特にベンのような障害のある場合には尚更、生まれた時からのヒストリーを把握していてくれるという点でも大切な存在なのだ。

日本で生まれたベンを始めて連れて行ったのは生まれて6ヶ月程の頃。英語を正確に聞き取るのも苦労している僕らにゆっくりと、1つ1つ確認するように喋ってくださり、プロフェッショナルなキャリアを持つ人独特のオーラが言葉の壁を超えて包み込むようだった。

そんなラザルス先生は、僕らがベンの言葉が遅い事を伝えても「それは日本語と英語の環境が混在している環境の子供の発達では良くあることです」という意見で、4歳になって保育園での明らかに違った行動が見られるまでは専門の病院には行くことは無かった。

確かにベンはよく笑い、幼児期に見られる典型的な自閉症の症状ではなかったのだが、保育園という始めて社会性が必要とされる場に出て、はっきりと問題が浮かび上がったと言えるだろう。

先生の紹介で専門医に行く事になり、ベンは正式に自閉症と診断された。正確にはPervasive Developmental Disorder-Not Otherwise Specifiedというもの凄く長い診断名で、PDD/Nosと略して呼ばれる。日本語訳は「特定不能な公汎性発達障害」

紹介していただいたお医者様も、さすがにその道の権威の先生で、これまたトップクラスの診断をしていただいたという事になる。いくつかのテストをして先生の回答を待つのだが、先生は一言「He has it」と強く押し切るように言ったのを覚えている。もちろんその「it」は自閉症の事で、「それは、この先どういう症状になって出てくるのか?重い症状では無いが、言葉が普通に喋れるようになるとかそういうことは私にもわかりません」と続けた。

ただ先生が明確におっしゃったのは、「普通の学校教育を受けても、全く意味がありませんよ。彼なりの理解の仕方に合わせた専門の教育をする必要があります」という事で、今後どの程度の知能レベルが得られるかなどの質問には「I don't know」という返事しか帰って来なかった。診断名の最後につくNot Otherwise Specifiedというのもミステリアスな障害を感じさせる。

トップ・ドクター達にさえも、わかりませんと言わしめる障害を持った自分の息子に対し、大きな暗闇に放り出されたようなよりどころの無い不安が押し寄せた。

そしておよそ10年が経った。10年の間にドクター・ラザルスには必ず年に一度は健康診断のためにお会いする。ベンの多動がひどかった時には落ち着かせるための薬を処方してもらうために投薬の専門医にかかったこともあった。その場合も、専門医にかかる場合は必ず一般医(プライマリー・ドクター)からの送り状が必要なのでラザルス先生を通すことになる。

10年経って思ったのは、未だ解明されない点の多いこの障害にはカスタム・メイドな対応が必要だという事。意見は意見として参考になり、他での事例も手助けではあるけれども、それが全てベンに当てはまるのではなく、その一部分でも見合ったものがあれば大きな手がかりになる。

他の自閉症児の話を聞いていても、いくつかの共通点はあるものの、確実にそれぞれ違った問題を抱えている。それはもう、人がそれぞれに違った性格を持っているのと同じレベルの違い方だろう。そして、それを一番知っているのは病院の先生方ではなく、親である僕らなのだった。

今回の検診では最後にベンの性徴についての話になった。13歳といえば、自分の経験からもそういう時期にある。

別れ際に「ベン、君のことは赤ちゃんの時から知っているんだ。よく健康でここまで大きくなったね。」と声をかけるラザルス先生。僕は本当に大きくなったベンを見て、始めてこのオフィスに来た頃の赤ちゃんのベンを思い出しながら「性徴の話が出来るまでになって感激です」と答えた。




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by gakuandben | 2007-01-21 13:55 | 自閉症に関して
I've got a friend
Eメールの年賀状は楽しい。年賀状と言う理由があるので、色々な人にメールすることが出来る。もちろん昔からの友達には、返事が返ってくる事を期待していてこの時期のメールは着信するや否やチェックしている。

そんな中でふと、ジェームス・テーラーの歌う「You’ve got a friend 」を聴いていて何とも切なくなった。

みんなで歌う歌としてこちらの学校やキャンプなどでも定番のようなこの歌は、その歌詞の力強さとメローディを作者であるキャロル・キングでさえ、「天から誰かが舞い降りて来て私に書かせてくれたようだ」と語っていたことでもわかるように、神秘的レベルの作品だろう。

実をいうと僕は、キャロル自身が歌ったものよりも、ジェームス・テイラーのような優しく語りかける声だったり、魂の叫びのように聴こえるダニー・ハザウェイのバージョンの方が好きなのだが、とにかく歌っている内容がこの年齢になった自分の心に響く。

学生時代やその後10年くらいの間には、友達というのは自動的に出来ては消滅するものという程度に考えていたのだろう。特に有り難みを感じる訳でもなく、川を流れている物が網につっかかって止まる程度のものでしか無かった友達が、今は何とも大きな存在になっているのに気付かされる。

携帯メールで毎日のように連絡を取り合い、いつでも会える環境に居るのではなく、遠く離れていて、顔も忘れてしまいそうなくらいに会っていないのに、逆に友達との絆は深まっているようにも思える。

そして、たまに会ってみると別にさしたる感動も無く、昔の時間と一瞬でつながってしまうので、会っていない時間を埋めることさえもあまり考える必要は無い。 生きてそこに居てくれれば良いのだ。

僕がこの曲を好きなのは、助けてあげるのが、神様でも、親でも兄弟でもなく、ただの友達であるところで、「君にトラブルがあっても、僕がすぐに行くから、ただ呼んでくれれば良いんだよ」という語り口が何とも心強く、安心させてくれる。

実際の生活の中で本当に友達に助けてもらったり、助けたりというのは、そうそうある事ではなく、何となく心の隅に置かれている存在なのだけれども、気持ちのどこかでこの曲で歌われているのと同じ事を感じているのかもしれない。

そういえば、父親の葬式に来てくれた何人かの友人を見た時には、無性に悲しくなってしまい、それまでこらえていた涙が止まらなくなってしまった。

それぞれに就職した後、仕事をしている姿さえ見た事の無い友人たちがきちっと背広を着て立っている。何の気なしに呼んだら、来てくれたのだった。

友人達にEメールで出した年賀状の返事を見ながら、ベンにもいつの日か友人が出来る事を祈った。


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by gakuandben | 2007-01-16 15:23
EDAMAME
以前「喧嘩の無い兄弟」というタイトルでこのブログに投稿したのを覚えているのだけれど、実はベンとその弟は最近喧嘩をするようになった。

ベンの語彙が増えた事と、アピールの方法を覚えたことによるものなのだが、喧嘩にまで至らないコミュニケーションを続けていた2人が、ついに喧嘩が出来る様になったと思っている。

兄弟喧嘩をして嬉しく思う親はあまり多くは居ないと思うが、これはとても普通なことで、普通でない事の多い僕らにとってはそれが喧嘩であっても、とても有り難く思える出来事なのだ。

最初のうちはベンが弟の名前を叫ぶことから始まった。ただ、連呼するだけなので、弟の方も何が何だかわからないのだが、文句を言いたい気持ちは伝わる。そして、そのうちにその理由を言うようになりだした。テレビを見ていれば「Don't change the channel」(チャンネル変えるな)とか、何かが欲しければ「Can I have it ?」などと具体的なポイントをついてくる。

弟に対するベンの文句の付け方も、あまり意味をなさず不条理なものが多いので、殆どの場合は「わかった、わかった」という事になるのだが、10歳の少年にとって、いくら兄が自閉症であるとわかってはいても、我慢出来ない事もあるだろう。

弟は言い返し、ベンは大声で叫び返す。 ベンは、とっさに言葉が出て来ないので、大声で応戦するしか無いようだ。こんな口喧嘩が何度か見られるようになってきたと思ったら、日曜の夕食では2人で1つの皿から食べていた枝豆をめぐって、叩き合いが始まる寸前の喧嘩が始まった。

動物が本能で争うことの原点であるかのような食べ物の奪い合いは、ベンが枝豆をつかもうとした弟の手を叩いてしまうというもの。

最近の2人はお腹が空いていない時がない程に食べたい年頃で、フレンチ・フライなどのサイド・ディッシュでも、一人ずつのお皿から食べる様にしないと競争になってしまい、よく噛まずに飲み込む様に食べてしまうくらいなのだ。

枝豆が、思ったより早いペースで無くなってゆくのを危惧したベンが、思わず弟の手を叩いてしまったようで、2人ともエキサイトして泣き出した。弟の方は叩き返すことはせずに、近くにあった物にあたって怒りをあらわにしている。

シンプル過ぎるほどにあさましい喧嘩なのではあるが、この二人はとても普通のコミュニケーションで通じ合っていた。妻は「今度からはお皿を2つに分けよう」と言い、それ以上の争いにはならなかったが、密かに喧嘩をしていたことに少し感動していたのだった。

叩いてしまうところにまだ充分な改善の余地があるにしても、ストレートな表現のやり取りは良い。ベンには「どんなケースであっても、人を叩いたり、触るのもダメなんだよ」とベンに言い、「文句があったら口を使って伝えなさい」と伝えておいた。

と、言いながら「それは、僕も人に言えた柄では無いのだけれどもね」と心の中で呟いていた。

人を叩くわけでは無いけれど、伝えなければならないことを、言葉が不自由で無いのにもかかわらず、伝える努力をせずに、自分だけで怒ったり、悩んだり、うやむやにしたりしているのも結果的に同じ事なのかなと思う。

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by gakuandben | 2007-01-11 13:37 | 自閉症に関して
Global Warningな一日
春のような陽気が続き、おとといには20度を超す記録的な暖かさになった。土曜日のリクリエーションに行くベンに、「ジャケットを持って行きなさい」と言うと、「Today is Global warning, I don't need a jacket」と言う。確かに、外を見れば身代わりの素早いNYの人達は既に、短パンにタンクトップやTシャツで歩いていた。

ベンの言った「グローバル・ワーニング」というのはこの暖冬のキーワードのように使われているフレーズで、誰もがこの気候を楽しみながらも、一抹の不安を感じていることが伺い知れる。ベンは、今日がグローバル・ワーニングで、明日はそうでなくなるというハッピーな考え方なのだが、実際のところはもうじわりじわりと危機が近づいてきているのかも知れない。

あと40年後にマンハッタンが水没か、なんて噂を聞くと、もしかするとまだ僕の生きているうちに修羅場を迎えてしまうのかとも思い、将来子供のためにと不動産を持つなんていうことも無意味なのかと考えさせられてしまう。

僕にはアパートを買うお金もなく、今のところは水没しても損はしないで済むのだが、今後もし、買うチャンスがあった時には高台にある物件にしておいた方が良さそうだ。しかし、もしかするとこの程度のレベルでは収まらず、40年後には高台にある国へ移住する人達でパニックになるなんていう、映画「デイ・アフター・トゥモロー」的なことにならないことを祈りたい。

「後の人ことを考えて、きれいに使いましょう」というメンタリティが悲しくなるくらい低いこの国では、代表である大統領ですら、地球温暖化防止の議定書にサインしなかった。ガムを食べれば包装紙は路上に落ちるのみ、それを見た子供は全く同じ事をしてしまう。ゴミは誰かが片付けるのではなく、自分がゴミ箱に捨てるということを教える事から始めるのが良いのかもしれない。

小・中・高と、教室の掃除をした僕らには、良い環境は、誰かがするものではなく、自分たちで作り出すものだという感覚が育てらていた気がする。すべてを用務員がしてしまうこちらの学校では、逆に「誰かがしてくれるもの」という感覚が育ってしまうのも無理が無いのかも知れない。「作ってくれた人に感謝して、給食は残さずに食べましょう」というのも最終的には無駄をなくして節約するという考え方につながる。

僕が2人の息子を一番誇りに思うのはその点で、彼らのジーンズのポケットには、外で捨てる場所の無かったガムやキャンデーの包装紙が入っている。食べきれないものや、嫌いなものがあったら捨てる前に聞いてくる。

全く周りの状況を考えていないように見える自閉症のベンだって、後に地球を使う人の事を考えて行動しているのに、自分だけが良ければそれで良い健常な人達は、リサイクルの缶をまとめて捨てることさえ出来ない。

グローバル・ワーニングの結末は誰にも平等にふりかかるのだろうけど、ハンディを持ちながら少しでも努力をしているベンが、将来苦労しないで済むようにしてもらいたいものだ。そして、ベンの言うように明日はグローバル・ワーニングで無い日になることを願いたい。



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          誇り高き祖国のアゲアゲ演出には、心底悲しくなりました。
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by gakuandben | 2007-01-09 03:15
You've Changed
ニューヨークの公立校の冬休みは短い。1週間ちょっとの休みに、盛りだくさんのこのシーズン、時間を持て余してしまうよ他の休みよりはずっと楽に感じる。あまり外が寒く無いのも良かった。

ベンはいつも休みになると行く事の出来る自閉症児のレクリエーションのサービスに行きたく無いと言い、クリスマスから始まったこの休みは昼間すっと2人の子供と一緒に居ることになる。僕にとっても久々にとても子供を実感する時間になった。

ベンは何かと楽しいこのシーズンをわかっているのだろう。クリスマスが終わっても、年末の街は何とも楽しい空気に包まれ、わくわくした気分にさせられる。こんな時にわざわざ屋内のリクリエーションに参加したくないのも良くわかる。

クリスマス・イブの午後に映画に関する博物館に連れて行った時には、イブのために通常時間よりも早く閉館してしまい、入ろうとすると中に人がいるのに鍵がかかっていて、ベンは怒って叫び出してしまうというハプニングはあったものの、人気の少ない場所であった事もあり、大事には至らなかった。しかしそういったハプニング以外でも、クリスマス前にはプレゼントへの期待や、周りの楽しげな雰囲気によって精神的に不安定になってしまう事もよくあるので注意しなければならない。

クリスマスの朝には予定していたプレゼントを貰い、大満足の様子。指定されていたプレゼントは集めている映画の本で、20ドル位のもの。ちょっと寂しいのでサプライズのプレゼントとしてポータブルDVDプレーヤーを付けておいたのだが、そちらは物を確認するのみで、封を開けるまでには至らなかった。彼にとって、物の価値は予定されていたものを受け取る事が優先順位なのだ。

ニューイヤーのパーティの仕事を終えた翌日、元旦にはニューヨーク州知事の就任式でのイベント参加の為に車で3時間程のアルバ二ーまで行く事になっていたのだが、妻は仕事に行かなければならず、2人の子供を連れてゆくことになった。

元日早々7時起きの出発となったが、3時間の移動行程ではポータブルDVDが威力を発揮し、2人共ハッピーな状態で現地へ到着。セキュリティー・チェックも思ったより簡単なもので拍子抜けしてしまう程。早めに着いたこともあり、就任式の一部を見たり、州立博物館を見たりと色々と普段出来ない経験をする事が出来た。

以前のベンなら、場所に飽きて来ると、ある時点から必ず「I have to go home ! 」と言い出すのだが、今回は僕の仕事のスケジュールを理解してくれたのか、一度も「Go home」パニックには陥らずにトータルで8時間近くを過ごしてくれたのが驚きだ。

実を言うと、ベンを連れて行くことに関しては、「早起き」「長いドライブ」「長時間の滞在時間」と苦手な事ばかりで、かなり心配していたチャレンジングな企画だったのだが、演奏中にも変わった行動もせずに大人しくしていてくれて、全てのプログラムを終えた時には本当に有り難く思えて、「ベン、今日は本当によく頑張ってくれたね。1日付き合ってくれてどうもありがとう」と握手をした。

2、3年前のベンの行動から、今日のような振る舞いをどうやって想像出来ただろうか? 10年程前に友人の結婚式の披露宴で、新婦の父で自らもダウン症の娘さんを持つ養護施設の校長先生が、ベンを見て「自閉症ですか。彼らは変わっていきますから。」と揺るぎない目をして言われていたのを思い出した。

思い起こせば、そんな経験の連続で今のベンがある。到底不可能だろうと思っていたことが、気が付けば可能になっているのだった。

変わってゆくことの素晴らしさと希望を与えてくれる、年の初めにふさわしい出来事だった。



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                        就任式に何気なく溶け込むベン
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by gakuandben | 2007-01-05 02:05 | 自閉症に関して