ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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フェアに生きる
夏のような春の日差しの中、忘れ物を届けるためランチタイムに合わせて下の子の学校へ行くとランチを終えた子供達が校庭でキック・ボールをしていた。

僕らは日本でフット・ベースボールと呼んでいたと思うのだが、転がしたボールを足で蹴ったあとは野球と同じになるあのゲームは、誰でも簡単に楽しめるそれはすばらしいゲームだったのだ。

安全で、さほどの技術を要さないゲームは誰もが参加出来る楽しみがある。子供たちが一丸となって盛り上がっている様子を見るのは実に嬉しく、自分自身のあの頃の気持ちを蘇らせてくれた。

子供の頃の目になってそれぞれのプレーに見入っていたのだが、息子に存在に気付いかれ忘れ物を引き渡すと、親が来た事に対する友人達へ対する体面上のクールさを顔ににじませながら「Thank you, Now you can go」(もう行っていいよ)と言われる。

もう少し見ていたかったのだが、僕も不意に親が登場する気まずさを覚えているので、即座に退散する。

帰り道を歩きながら、沢山の人生レッスンが詰まっていた子供の頃に遊んだスポーツやゲームを思い出した。

ズルをしても、すぐに帳尻が合う。フェアで人を思いやる心さえあれば自然と皆から好かれて信頼関係を気付くことが出来る。

時に、こんなシンプルな事が出来ない自分を情けなく思う。



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by gakuandben | 2007-05-29 14:38
Greedy Boy
下の子と一緒になってキックボードに乗っている。歩道で乗れるので安全に思えるが、車輪が小さいので小さな凹凸でも引っかかってしまい、気を抜いていると前につんのめってしまう。昨日は見事に転んでしまった。

目の前の風景が一瞬にして変わるような転び方をしたのは本当に久しぶりだった。気が付けば、手をついた直後にあごまで地面をこすっていたのだから、随分と派手に転んだのだろう。一番強く打った膝は青あざになっていた。

いつもは注意を行き届かせて乗っているのにぼーっとしてしまっていたのは訳がある。下の子の学校の、ある先生ととのトラブルで、電話で言い合いをした直後だったのだ。

言い争いというのはヒート・アップすればする程その核心から遠ざかっていってしまい、伝えれば良い事以外の感情が沸き上がってきてしまう。打ちのめしてやろうとか、辛い目に遭わせてやろうといったこの余計な感情が、怒りを無駄に長引かせることにもなり、その結果が昨日の怪我だろう。

Greedyは欲張りという意味なのだが、英語にすると響きが良くて、言い易い。僕はこのGreedy をGreedy Boy(欲張り坊や)として子供に対する嫌がらせの言葉として良く使っていた。

強欲で、心汚いイメージがぴったりくるサウンドが嫌がらせにはぴったりだ。だから、子供にも伝わり易いのだろう。ベンも下の子もこれを言われるのが嫌で仕方が無い。

Greediness, Greediest,変化させて応用も利かせて、歌まで作って歌っていたのだが、振り返ればまさに自分が一番グリーディーだったのに気付かされた。


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by gakuandben | 2007-05-23 00:33
誕生日とお葬式
43度目の誕生日はお葬式での演奏で始まった。というと、何だか縁起の悪い日のように思えるが、それは今までに経験したことのない素晴らしいお葬式だった。

ニグロ・スピリチュアル・ミュージックは、ゴスペル音楽の原型として知られる、奴隷制時代の黒人音楽で、クリスチャン・ミュージックではあるが、アフリカ音楽の影響を強く受けたアメリカの音楽だ。

数日前に受けた電話は、友人ベーシストの紹介によるこの、ニグロ・スピリチュアル・ミュージックをお葬式で演奏するという仕事だった。

シンガーの方と電話で直接打ち合わせをすると、ベースと歌のみでのパフォーマンスとの事。聞けば本来この音楽は手拍子、足拍子のみで歌われていたもので、楽器が入ったとしても、ギター一本か、ベースなど、最小限のものだったそうだ。

本番前にシンガーであるコリーンさんの家で簡単なリハーサルをしたのだが、僕は始めて聴いたその音楽と彼女の歌声に演奏途中で泣けてきてしまった。見ると彼女も大きな目に一杯の涙を浮かべていた。

ロバータ・フラックの日本ツアーでフューチャーされた彼女がブルー・ノートで歌ったときは、お客さんも、バンドのメンバーも、そこに居た全ての人を涙させてしまったというのも容易に理解出来る。

それ程までに、純粋で、強いスピリットを持った音楽を、彼女はまるで天からのエネルギーをすべて集めてかき出すかのように歌うのだった。

リハーサルを終え、最高に天気の良い午後にブルックリンにあるお葬式の行われている家に行くと、そこではお葬式とはほど遠い、どこから見ても普通のバックヤード・パーティにしか見えない催しが行われていた。

タウン・ハウスのドアは開け放たれ、たくさんの普段着の人たちがシャンペンやワインに持ち寄った食べ物を頬張りながら談笑している。お葬式ということで、真っ黒のシャツとパンツを着ていった僕は、たった一人のお葬式ファッションの人となってしまった程にカジュアルなパーティーなのだ。

亡くなったのは、造形アーティストだった老人。ゲイだったこともあり、ヒップなファッションに身を包んだ60代のアーティスト仲間が集まっている。服装から見た感じでは、イースト・ビレッジの若者達と見分けのつかない若さと活気のあるパーティだ。

通されたのは庭師でもある故人の作った裏にあるガーデンで、セレモニーは水の流れ落ちる小さな池を囲んで行われた。コリーンさんは短く故人との親交の説明するとすぐに歌い出した。すると、それまでの和やかな雰囲気は静まり返り、一瞬にしてスピリチュアルな空間へと変わっていった。

Hush, hush, somebody’s calling my name
Hush, hush, somebody’s calling my name
Hush, hush, somebody’s calling my name
Oh my Lord, Oh my Lord, What shall I do?
It sounds like Jesus; somebody’s calling my name
It sounds like Jesus; somebody’s calling my name
It sounds like Jesus; somebody’s calling my name
Oh my Lord, Oh my Lord, What shall I do?

(シーッ、誰かが私を呼んでいるわ。神様どうしたら良いのでしょう。呼んでいるのはイエス様(神様)のようだわ。神様どうしたら良いのでしょう?)

シンプルな歌詞の繰り返しで、歌本来の持つ説得力が最大限に生かされてくる。気付くと周りの人、全てが泣いていた。静寂の合間を埋めるように故人の作った池の水が音を立て続ける。

僕は会った事すらも無い、ある老人の死に心から涙してしまい、続いて行われた追悼メッセージでも涙が止まらなくなってしまった。泣かない様に見上げた青い空や小鳥のさええずりまでもが、彼を祝福している様で、どうにもならない空間のパワーに包みこまれたようだったのだ。


良い映画を見た後のような気分でパーティ(お葬式)を後にして車を運転しながら気が付いた。

43歳の誕生日は、今まで仕事で頂いたお金の中で、一番良いお金を貰うことが出来たんだ。



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by gakuandben | 2007-05-15 11:28
NY 1
寝起き直後のベンが最初にする事は、テレビの目の前に座り、ケーブル・ボックスのチャンネルを直接いじりながらあちこちの番組をブラウスする事。

時には赤ちゃん向けの番組であったり、かなり低学年向けの歌番組だったりするのだが、基本的にマンガや子供向けのドラマしか見なかったベンが、最近学校に行く前にニュースを見る様になった。

朝ご飯を食べながら、2、30分のテレビ鑑賞の最後は必ずニュースになっていて、天気予報を見るまでは身支度が始まらない。

僕がニューヨークに移り住んだ17、8年前に開局した「NY1」(ニューヨーク・ワン)というチャンネルは、名前通りチャンネルが1というのが覚え易く、ニュース専門局なのだが、CNNのような固さがないのと、ローカル局なので身近な話題も多いことから一番つけている時間の長いテレビ局だ。

昔、母親が「NHKのニュースで○○アナウンサーが出ているのを見ると何だか落ち着くのよね」などと言ってたが、僕にとってもNY1のキャスター達はいつの間にか落ち着く顔になっていたのだった。

このNY1、天気予報を10分に1回の割合で放送するのも売りで、毎コマーシャルの後は必ず天気予報になる。夏の陽気が待ちきれないベンは、この天気予報を見て今日の温度と天気をチェックしているのだが、週間予報で温度が下がっていたりすると「OH No, Temperature is going down !」(気温が下がっていっちゃうよ!) と悲壮な叫びを上げる。

「ベン! 誰に天気が変えられるんだ? 天気は変えることのできないものなのだから、そうやってゴネるのはやめなさい!」となるのだが、本人は収まりがつかないようで、時には涙を浮かべていたりする。

特にここ数年は異常気象で、気温の上昇も安定しないので春の不安定な天気は僕らでも混乱させられる状態が多い。最近やっと安定してきた春の気候に、ベンの文句もおさまり、週間予報にも納得している様子だ。

時々メジャー・ネットワークに引き抜かれたり、転職してゆくキャスターもいるNY1なのだが、セレブのような派手さを求める全国区のキャスターではない「ニューヨーク」のローカル局である親近感は、何だか安心させてくれる別のテレビの効用でもあり、それはベンにも伝わっているのかも知れない。

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by gakuandben | 2007-05-10 01:10
Did you miss Me ?
「I miss you」は挨拶時の常套句としてよく登場する言葉。それが、未来のことであっても、過去の事であっても構わず「会えなくて寂しく思ってました」という気持ちを伝えるフレーズなのだが、何ともやさしい響きを持った好きな瞬間だ。(もちろん未来ならgoing toを使ったりもするが、省略されていることも多い)

日本語なら、「ご無沙汰していました」というニュアンスなのだろうが、僕にとって「miss you」もうちょっと近しい心のつながりを感じさせる言い方で、短いフレーズにいっぱい想いのつまった感じのするのが良い。

お別れパーティーやカードなどで、Good-byeよりも、このMiss you を使うのは、「あなたがいなくなることによって、ぽっかりと穴が空いてしまいました」的な寂しさを伝え、「出来ることならいつの日かまた戻ってきてね」という優しいグリーティングの言葉でもあるからだろう。


ベンがいつこのフレーズを覚えたのかは覚えていないのだが、僕も仕事から帰って来たときに言われたりすると、何とも嬉しい一言なのだった。おまけに、久しぶりに会った人などに、少し悲しそうな顔をして「Oh, ○○I miss you !」なんて言いながらハグするものだから、言われた方はグッときてしまうだろう。

ところが、そうした感動的な再会を果たしたかのような場面のあとには、当事者とはろくに話もせずにさっさと自分の部屋に向かいコンピュータに向かってしまう。だから、ベンがどれくらいの気持ちを込めて言っているのかは分からないのだが、とても良い言い方を覚えてくれたものだと思う。

映画の場面で覚えたのかもしれないし、誰かがやっていたのを真似しているのかもしれないが、表情や言葉の表現から推察しても、僕が見る限りではただ形式的に言っているようには思えないのだった。

いや、きっとその瞬間は本当にそういった気持ちがあるのだと思う。ただ、その後に続く会話も無いので、さっさと切り上げてしまうのだろう。確かに僕らの会話の中でもそんな瞬間は良くあるのだが、そんな時は「Miss you 」まではいかずに「How are you?」程度の間柄だったりもする。

昨日はベンが生まれる前からの友人でもあるエイミーが家で録音をしていたところにベンが帰って来た。1年ぶり位で彼女に会ったベンは、「Amy, I miss you 」とハグをする。いつもなら、それでおしまいなのだが、昨日はエイミーのするいくつかの質問に最低限の応答ながらきちんと答えている。「ベン、ちゃんと質問に答えて偉いぞ。」と褒めると、そのまますくっと立ち上がり自分の部屋に行ってしまった。


ベンをストローラーに乗せてバンドのリハーサルをした思い出話をする。帰り際にエイミーと並んで写真を撮るとベンの背の方が高くなっていた。

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by gakuandben | 2007-05-05 01:24 | 自閉症に関して
知られざるパーティー
「I have a show tomorrow」ベンが前日の夜に突然言った。「え?何にも知らされてないよ。本当にパフォーマンスがあるのかい?」と聞き返しても、ショーがあるとしか言わない。学校で、芝居を練習していたので発表会かなとも思い、朝になって学校に電話してみると、「ええ、今日はパフォーマンスがありますよ。」との返事。

学校歩いて10分程の距離なので、教えられた時間に行ってみることにした。大きな講堂には各サイトからスクール・バスに乗ってやって来たスペシャル学級の生徒達が続々と集まって来る。かなり大きなイベントだったのにちゃんとした連絡が無かったのを疑問に感じながらも、パフォーマンスに備えてビデオ・カメラを準備した。

校長先生の挨拶の後に登場したのは、ラスタ・キャップをかぶったレゲエ風ミュージシャン3人。「OKみんな、ダンスの準備は良いか?」と呼びかけると、いきなりボブ・マーリーのワン・ラブを演奏し始める。勝手知ったるプロフェッショナルな演奏に、生徒達は席からあっと言う間にステージ下に集まりダンス・パーティが始まった。

ベンの言った通り、それは「レゲエ・バンド」のショーであり、先生のおっしゃった通り、パフォーマンスが行われていた。なるほどそういうわけだったのかと思う間もなく、踊りに夢中になる子供達の楽しそうな姿。子供達だけではなく先生方も一緒に踊ってる。

そして数曲を終えると、各学年の代表が自作の詩を朗読する。こちらでよく見るミュージック&ポエムの形態になっていて、それぞれの先生たちが生徒を助けて詩を読ませている。言葉の出ない子供には首から下げたスピーチ・マシン(絵を押すと音の出るボード)を押して手伝う。

そんなさらりとした行動からでも、かいま見れるのは日頃の大変な様子。それでもステージに上がった先生も子供達も成長の成果を楽しんでいるのがわかる。こんな発表の精神は、日本で僕が経験した完璧な発表会とはちょっと違う、むしろその為のプロセスの方が重視されていて、本番はどうでも良いという感じのもので、見ている人全てを笑顔にさせてしまう。

「私たちはここにいて、ちゃんとやっていますよ」と伝えるためのちょっとした機会が、スタッフや先生方、そして子供達をリフレッシュさせているのだろう。

そしてまたバンドの演奏が始まった。よく考えてみれば、DJではなく生演奏というのも中々贅沢な企画ではあるのだが、生演奏の良さを一番理解してくれそうな彼らのためにそういった予算が使われるのは大歓迎で、ミュージシャンとしても有り難い限りの話なのだ。

そして会は終わり、皆あっという間にそれぞれの学校に帰ってゆく。校長先生と話すと、毎年同じバンドでもう数年続いているそうだ。そうか、今日は皆のダンス・パーティーだったのか。だから親にも特別に連絡しないで、毎年内輪でやっていたんだ。

今回はベンのリークでついに内緒の会に潜入する事が出来た。来年はこちらからチェックして楽器を持って参加しよう。


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by gakuandben | 2007-05-01 13:04 | 自閉症に関して