ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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Giant Steps
ベンは明日で14歳になる。 明日は僕の仕事で家族での誕生会には参加できないので、今日は妻がお寿司を作り、アフタースクールから帰ってくるのを待った。

9時近くになってやっと帰ってきたベンをアパートの前で待ち、ドアを開けると「ハッピー・バースデー」となるという簡単なものだが、実際にやってみると、「My birthday is tomorrow」と素っ気ない。

誕生日にはお気に入りのババガンプ・レストランに行くつもりなので、それを心配している節もある。どちらにしても当日には行く事が出来ないので別の日という事になるのだが、きっちりとした日付で誕生日を祝いたいというのが大切なようだ。

「弟には悪いけれど、誕生日はベンのが感慨深いわ」毎年のように妻がぽつりと言うが確かにその通りで、僕ら家族にとってベンは時計のような役をしていてくれているのかも知れない。

大きな文字盤でゆっくりと動く時計。普通なら早く動かさなければ誰かに追い越されてしまうところを、ベンの時計は自分のスピードを持ち好きなように動いてゆく。

1年の間に、どれだけの事が出来るようになっただろう? 意志の疎通がかなり出来るようになった反面、体が大きくなったことで、小さい頃なら問題の無かったことも今では大問題となる。ただ、時間の感覚がしっかりとして来た事で、予定する事や待つ事に対する辛抱強さ、小さな頃からの課題であった「待つ」ことができるようになってきた。

14年の歳月は、スローモーションのようではあるが、確実に進んでゆく時計だった。そしてそれは家族の時計にもなっていたのだ。


誕生日も近くなった先週、MTVの制作したTrue Lifeというシリーズの「I Have Autism」を見たのだが、そんな気持ちの僕に、突き刺さるような映像の連続で、涙を流さずにはいられない作品だ。

3人の自閉症少年にスポットを当てたドキュメント。特に喋る事が不自由なジェラミーの話は奇跡でもあり、多くの自閉症にかかわる人々を勇気づけるものになるだろう。

3歳で自閉症と診断された彼は、喋ることが出来ず15歳までさしたる変化は無かったのだが、ある時母親の示したアルファベットに反応して、文字を指で指しながら言葉を綴るようになる。
高校の特別学級に通っているのだが、いくつかの授業は普通学級の生徒と一緒に受けており、理解はしているのだが喋ることが出来ないという状態だった彼は、タイプした文章を音声に変換するマシンを学校に持ち込み、クラスメイトとコミュニケートしはじめるのだ。

友達が欲しいといったジェラミーにこれが高校時代最後のチャンスだと思った母親は、懸命にマシンの使い方を教え、今まで1度として開いた事のない誕生会を開くまでのドキュメント。本人はもちろん、厳しくも優しく、そして淡々とした語り口である母親の力強さにも圧倒された。

エンディングの無いドキュメントは、「ああ、ここにも必死で生きてゆこうとしている人がいるんだ」という現在進行形のエネルギーを注入してもらえてような気がする。

そして、ベンにもいつか自分の意志でパーティーを開くことが出来る日が来るのを願わずにはいられない。

同じビデオに登場するサバン症候群を持つ画家の少年が、「自閉症でありたくない。普通のティーンは自閉症でないから」と答えると、父親が息子を抱き寄せた。

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by gakuandben | 2007-10-31 02:31 | 自閉症に関して
Priority Seating
もうハロウィンが近いというのに、夏の終わりのような夕方、ベンと僕はネクタイをしめてパーティーに向かった。

半年以上前にボランティアで参加した、自閉症、ダウン症者の為の指導用ビデオは、障害者特有の問題を親がどう対処するかをケースごとに実際に演じて解説してゆくもの。

ベンと僕はいくつかのシーンに協力させてもらい、今日はそのビデオの完成記念のパーティーに招待して頂いたのだ。

少し遅れて到着すると、もう試写会が始まっていた。会場となった会議室は入り口に赤じゅうたんが敷かれ、オスカー賞の授賞式風に飾り付けがしてある。ベンは拍手で迎えられた。

ビデオを見てゆくと、ほとんどの出演者は障害者本人とその親、親の方はYAIという制作者である障害者支援団体の方が代役することもあるのだが、実際のケースに沿ったやり取りはとてもリアルで、障害者を持つ親なら誰もが共感できるものだろう。

僕はこの撮影に協力出来た事をあらためて感謝しつつ、自分の英語の発音がしっかりと出来ているかどうかを心配しながら登場を待った。

「待たせ方のストラテジー」という項目でいきなり登場した僕ら2人は、ベンの自由奔放な演技で笑いを取る。続いて僕の台詞は異様に固い喋りで、高校の英語の先生を思い出させた。

本来、笑うためのものでも映画でも無いので、内容がしっかり伝わっていれば良いという点においては、良く出来た方だろう。映画好きなベンも出演者となれた事に満足しているようだった。

しかしながら、他のシーンで活躍する親たちの役者ぶりには頭が下がる。
僕が撮影時に苦労したように、相手がうまく喋ってくれなかったり、テンポがずれたりするのをうまくかわしているのだ。

これも毎日の生活で築き上げられた度胸のようにも感じられ、そんな意味でも同じ問題を抱える者同士が、苦労をわかち合うようなひとときとなった。みんなの笑いの片隅には、それぞれの経験と、苦労の涙が流れていたのだろう。

最後には授賞式と銘打って、子供達にプラスチックのブロンズ像が渡される。トイザラスのギフト・カードまでプレゼントされ、像の台座には名前まで印刷してあった。「ベン、ギフト・カードで何を買うの?」スタップの人に質問されて、ちょっと考えたベンは「Oh, No, Don't ask that question,please」と、またしても失礼な受け答え。しかし、これも迷うことで混乱するのを嫌う、自閉症特有の表現でもあった。

帰りの地下鉄で、ブロンズ像を取り出し目に近づけて反射させるベン。前に座って見ている僕は、そんな瞬間を一緒に過ごせる事を有り難いと思った。




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by gakuandben | 2007-10-25 02:48 | 自閉症に関して
脳で描く人たち
パーティでの演奏は、僕ら一般のミュージシャンにとって大事な収入源のひとつで、マネージメントがつくほどの知名度のある人以外は、パーティ・コーディネーターからの依頼や、個人的なつながりで何らかのパーティ・ギグをこなしている。

あらゆるジャンルの音楽にわたって雇われるパーティーでの生演奏。結婚式などでは、ガーデン・セレモニーで弦楽四重奏、カクテル・アワーでジャズ・トリオ、ディナーとダンスにはホーン・セクション入り10ピースのロック・バンドなどというゴージャスな展開なものも多い。

行く場所により服装にも指示があり、セレブや要人が集まるようなパーティでは休憩時間にロビーで座ってくつろぐことも出来なかったりもすれば、まるで自分もパーティーに招待されているかのような錯覚におちいってしまうほどのゆるいものまで様々だ。

そんな中、よく仕事をさせて頂くのがファンド・レイザーと呼ばれるパーティ。団体の活動資金を集める為のもので、オークションであったり、出席者のディナーの代金に寄付が含まれていたりといったものなのだが、豪華な雰囲気を出すためか同時に生演奏が入る事が多い。

アートやスポーツの団体、学校など寄付によって支えられている機関にとって大事な収入の機会となる行事なのだが、先週末の仕事はニュージャージーでの絵画オークション。

奇麗に展示された絵画の前には入札表が置かれ、それぞれの入札額を書いてゆく。演奏を一時中断して、ビデオ・プロジェクターでこの団体の活動報告を見る時間となって、会場に車椅子の方たちが多いのがわかった。

A.R.T.という名のこの団体は、脳性麻痺や自閉症で体が不自由になった方の為のアート学校を開いており、今回はその作品の展示販売会兼、寄付金を集めるためのパーティーだった。

喋ることや、体を動かすことが困難なために、レーザービームを頭や手につけてキャンバスにトレースする。それをアシスタントのアーティストが同時に描いてゆくといったものなのだ。

創設者であるティムさんは、活動報告の挨拶でアートの持つ可能性を語り、その下りである自閉症の生徒の話をしてくれた。

私は生徒である彼女に、どの方法が良いか聞いたんです。「レーザー?それともブラシが持てるならブラシにする?」すると彼女ははっきりと「レーザー」と答えた。後で介護士と話をしていると、「えっ?彼女は喋れないはずですが」と言うんです。


たくさんの障害者の親御さんたちが、作品を前に誇らしげに見える。ベンより少し年上の女の子。車椅子の上でパーティのために着飾った金色の靴が落ちてしまうのを、妹が何度も拾い上げた。

発想の勢いが違う。自分の手で描かなければいけないと思うところで終わってしまいそうなところを、本人の意志で指定させることにより乗り越える。自らもアーティストであるティムの情熱と行動力に敬服したのだが、宴の最後にもっと驚くべきことを知る。

上映された映像は5年以上前のもので、その後、彼は徐々に視力を失う病気となり、現在は完全に視力を失っているとの事。あまりに自然な振る舞いに全く気づかなかったのだが、年老いた父親が小枝を持って、その枝につかまりながら歩いていたのだった。

アーティストとして、不自由な人を助けた自らが不自由なアーティストとなる。どんな気持ちの葛藤があっただろう?

間違いなく言えるのは、彼にはすべてが見えているということだった。それは本当に目で見えるものよりもずっと深いものであるに違いない。




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by gakuandben | 2007-10-18 02:28 | 自閉症に関して
歯磨きの大切さ

950ドルのチェックを書いて受付に渡すと、後ろの方から出て来た先生が安心したように、笑みを浮かべている。歯医者での治療は踏み倒される事も多いので先払いをすると心無しか和やかな雰囲気に包まれるような気がする。

10年来の差し歯が欠けてしまったのが1月以上前。前歯のために無惨にも歯抜けの顔となり、慌てて保険の利く近所の歯医者に駆け込んだ。ひびの入ったもう一本の前歯とまとめてトータルの請求が3000ドルを超えていたのが、妻の組合保険のお陰で自己負担が1000ドル程度で済んだのは本当にありがたい。

信じられないことに、アメリカでの医療は保険会社の承認が下りるまでの待ち期間というのがある。保険のプランなどによっても異なるが、長い時では1ヶ月を超え、挙げ句の果てには保険金が支払われないケースも多い。

だから医者の方も、保険会社からの支払いが確実となるまで応急処置をするだけで、本格的な治療は保険金の支払いが確実となってからという事になる。つい先日も、自転車事故で鎖骨を折った友人が、接骨手術の承認が下りるまでの1週間、痛みと格闘したという悲劇の話を聞いたばかりだ。

僕の場合はその間、義歯を入れてもらえていたので、さしたる問題では無かったが、痛みを伴うようね怪我の場合には堪え難いものがあるだろう。

医者の方もカバーの良い保険を持つ患者には、お客様としての丁重な接し方をし、保険の定かではない患者には、露骨に支払い能力の怪しい人物として扱われるのがわかる。

ベンが7歳位だったころ、定期検診をしてもらっていた歯医者さんにいくつかの虫歯を指摘され、全身麻酔での歯科治療を勧められた。当時は割とカバーの良い保険だったのだが、それでも麻酔の代金は保険が利かず、3000ドル近く払った記憶がある。

今思えば、麻酔をかけてまでも治す必要があったかどうかは疑問なのだが、カバーの良い保険を持っている患者には、必要以上の治療を売り込まれるケースも多い。

その後、ベンには市に申請していた障害者保険的が適応され、基本的には医療は無料となるのだが、行ける病院に制約があり、行った先では自分も含めた大勢の移民の方たちが列をなし、予約時間から診察に漕ぎ着けるまでに3時間待ちは当たり前といった状況。

無償の保険は基本的に貧困者のためのものでもあり、それを受け付けてもらえる病院ではあからさまな状況を目の当たりにする。良い病院に行く為には良い保険が必要なのだ。

だからアメリカという国において、保険の違いは本当に大きく、もちろん保険の無い人もたくさんいる。貧困でもなく、中流でもない中途半端な部分にあたる人々は保険料を払うことも難しく、かといって無償保険が適応されるわけでも無いので一番苦しいところなのだ。どちらにしても、信じられない医療費の高さにも問題があるように思える。



診察室に入って、丁寧に噛み合わせを見てくださる歯科の先生は、職人のような雰囲気を持ち、初めて診察して頂いた時から信頼感があった。

ロシアからの移民である先生は、17年ほど前に家族で移民して来たそうだ。体制崩壊後で合法的ではあったのだが、ロシアでの財産は取り上げられ、アメリカに着いたときには300ドルしかなかったそう。

もう一度アメリカの歯科医師免許を取り直すために大学に通い、アメリカで開業した。ロシアでは国営の歯科医師だったために十分な報酬が得られなかったという事で、たくさんの医師や学者が同時期にロシアを出たそうだ。

それぞれの国で抱える医療の問題を考えさせられる話だったのだが、そんな先生は「アメリカでの歯医者はもうそんなに良い仕事ではなくなってしまった。医者が多すぎる上に診療所の賃貸料は高騰し、採算が合わない」とおっしゃる。

確かに保険会社からの支払い承認は、治療を先延ばしにしても確認しねければならない死活問題でもあったのだ。
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by gakuandben | 2007-10-16 06:08
狂い咲く秋
秋になったと書いたとたんに、また夏のような日が続いている。ニュースでは今まで聞いたことの無い「オータム・ヒートウェーブ」という表現を使っていたが、確かに一日か二日で終わるインディアン・サマーとは違い、1週間続けての夏気温というのを表現するのには、これがぴったりのように思える。

そんな狂った気候の中、NYでは花模様を描かれたタクシーが走っていて楽しい。市のアートプロジェクトというのはニュースで知っていて、ほんの数十台かと思いきや、その数は五台に一台くらいの割合。どうやらかなり気合いの入ったプロジェクトだったようだ。

ボンネットとトランク部分に描かれたパッチワーク調の花、黄色いタクシーがさらに華やかになるのだが、このタクシー、日本とはかなり事情が違う。

会社組織で運営されている日本のタクシーは、礼儀正しくこちらが恐縮してしまうほどの乗り心地だ。NYのタクシーは稀にある個人タクシーを除いては、皆タクシーをレンタルして稼いでいる一匹狼達で、運賃とチップから1日のレンタル料とガソリン代を差し引いた額を自分の儲けとする。だから客を取るのにも必死だし、ぶっ飛ばして売り上げを伸ばそうとするというのが、悪名高いNYキャブの運転へつながっている。

当然、タクシー・ドライバーの仕事は危険で、リスクの割に儲けの少ない過酷な仕事ということになり、ほとんどが移民、さらに英語の不得意な人の仕事になってしまう。アメリカという国は元来移民で成り立っている為に、この英語の喋れない人を底辺として始まる仕事の質がはっきりとグラデーションで見てとれるのだ。

例えばレストランでも、全く喋れない人は洗い場のみ、ちょっと喋れる人は料理の下作り、結構喋れる人はウエイターのヘルプと段々に対応が良くなってゆく。

もちろん、多数は一定の人種に限られてはくるが、ヨーロッパや中近東など、世界地図さながらの移民事情はそれぞれのコミュニティーで働くことが出来た場合を除いて、最終的に英語力という関門を通ってふるいにかけられてしまう。

位の低い職業として見下す客たちとタクシー・ドライバーのやり取りには、まるで召使いと雇用主の関係のようで、英語が喋れることがそんなに偉いのかと思ってしまう程なのだ。

そういった環境に育たなかった僕には、誰もがそれぞれの仕事を一生懸命に全うし、それぞれが大切な仕事の担い手であるという当然の感覚がある。そこには人種による仕事の質の差もなく、言葉の壁も無かった。

どんな状況においても存在するこうしたリアルな現場を目の当たりにして育つニューヨークの子供達はどうだろう?言葉が不自由だからとか、人種によって分かれた職業に就く人たちを見て、どんな考えになってしまうのだろうか?

もちろん誰もが皆、蔑むような態度を取る訳ではないし、逆に悪く見られても仕方の無い行動を取るドライバー達も多い。

ただひとつ押さえておきたいのは、何故彼らがここで仕事をしているかで、それには豊かな国に住んでいる己を奢らない、つつましい考え方が大切だ。だから決して「勉強しないと、タクシードライバーにしかなれないぞ」というような言い方はしたくないのだ。
 

僕が幼稚園の時に、隣の席の女の子が急に教室に入って来た用務員さんを見て、「なんで、そんな汚い格好をしてるの?」と言った時だ。厳しく怖かった先生は、「何を言っているの!一生懸命お仕事をしてくださっているのに、見かけや身なりの事をそんな風に言うんじゃありません」とたしなめる。

なぜだか覚えている1コマなのだが、そんな光景を思い出した。


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by gakuandben | 2007-10-06 05:45
Autumn in New York
いつもながらに寂しい秋は、随分と遅れて、突然にやってきた。春先にわくわくとさせられるのと、夏を挟んで全く対象になった形で冬の世界へ引き戻されるのは、肉体的にも精神的にも厳しい季節に向かう為か、この歳になっても一段ともの悲しく感じる。

別に海やプールが恋しい訳でもない。長袖を着ないと肌寒い街を歩き、ふと思えばいつになく寂しさを堪能している自分に気付く。


今秋からは中学に進学したベンの弟は、一人でバス通学をするようになった。よって、朝はスクールバスで迎えに来てくれるベンを確認するのみで、子供の世話でアパートを出る必要はいつの間にか無くなっていたのだった。

家に居ながらにして子供達が学校に行って、帰って来るなどということが、想像も出来ない程に送り迎えが毎日の生活の中に組み込まれていた為か、下校時間になると何だか落ち着かない。連れだって学校から帰って行く親子を目で追いながら何か物足りなさを感じている自分がいた。

たった1ブロック、正味10分の送り迎えでも、無くなってみると随分と時間に余裕が出来るもので、迎えにゆくという作業が1つの区切りにもなっていたのがわかる。そんなわけで、ここ数日は逆に時間があると思ってだらだらとしてしまう傾向にある。

元気よく家に戻った弟は、スナックを食べ宿題を済ませて公園へと遊びに行き、ベンは今期から月曜と水曜にアフター・スクールに行けることになり、週のうち2日は帰ってくるのが6時過ぎだ。

何だか急に手のかからなくなってしまった子供達を前に、僕は一体何をするのが良いのだろう?と考えてしまう。

お金も必要だ。一周懸命働いて、弟の方は奨学金を使うにしても、せめて目指す事の出来る大学の半分くらいの学費は何とかしてやりたい。お金の問題で、進学を諦めるような目には会わせたくない。

ベンにも出来る限りのお金を残してあげたい。これからどうなるにせよ、このアメリカという国で選択肢が多くなるのはやはりお金のような気もする。

何かをしてあげられる事で、気付かなかったた今までの生活から、核の部分が見え始めて来たような気分で、じたばたしても仕方が無い。そして、思うのはやはり彼らが一人で行きてゆけるようになってもらう事だった。

自分で責任を持って行きてもらう為に、出来る限りの知恵とアイディアを伝授する。本質的には赤ちゃんや幼児時代にやっていた事の延長線上にあり、その頃はスプーンの使い方だったのが、もっと具体的で物の考え方といった部分にまで及んでいるだけなのかも知れない。


学校から帰った弟は自分でツナ缶を開けて、ツナ・サンドを作った。
ベンの大好物のスナック、サラミ・チーズ・サンドイッチもサラミを切っておくだけにして、後は自分で調理してもらうことにした。

サラミは切ったが、僕は他に何をしてあげれば良いのだろう?



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by gakuandben | 2007-10-03 15:25