ニューヨークでミュージシャンとして活躍する一面、自閉症の子供と向き合う現実との戦い
by gakuandben
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推薦文・プロフィール
タケカワユキヒデさんから推薦を頂きました!
 「自閉症の子供を持つ親が勇気づけられるだけでなく、自閉症のことをよく知らない人たちにとっても、とても意味のあるエッセイだと思います。
 また、生のニューヨーク事情も知ることもできる。なんとも、幾重にもお得な素晴らしいエッセイです。

プロフィール
高梨 ガク
64年東京生まれ。ベーシスト。18歳でプロ・デビュー後、90年に渡米。ソウル、ジャズ系の音楽を中心に幅広い音楽活動を続ける。ポリスターより自己のバンド
『d-vash』(ディバッシュ)”Music Is”が発売中。
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三味線
小学校の頃、ギターが欲しくて仕方がなかった僕は、叔母の家に行くと置いてある三味線をつま弾いていた。

ギターとは違うが、弦をはじく感覚が嬉しくて指でポロリポロリとやっていたのだが、バチを使うと攻撃的な音がして長唄の合間などでも一発で妙に存在感があるものだ。

その後目出たくギターを買ってもらったので、三味線で遊ぶことはなくなったのだが、高校に入ってベースを始めると何と三味線のバチ裁きと同じ動きをする弾き方がある。

当時ラリー・グラハムやルイス・ジョンソンが代表格だったチョッパー奏法は、僕にとってはまさに親指が三味線のバチとなったようにも見えたのだった。

おまけに音が格好良い。今まで目立たなかったベースの音が主役になれるこの弾き方は、バンドでギターをやりたかったがじゃんけんで負けてベースになってしまったのを逆に嬉しく思うほどに魅力的なサウンドだった。

そんな理由も手伝って、僕はチョッパー奏法のみでベースを弾き始めたのだが、これが楽しく中毒のようになってしまい、学校から戻ると夕食になるまでずっと練習していたお陰で上達も早く、当時流行っていたディスコのチョッパー・ベースは殆ど弾けるようになり、すぐに人を殴ったりする学校の怖い友達からも一目置かれる存在になる事が出来た。


20年以上の時が流れ、叔母も他界して誰も居なくなった家には三味線が残った。そんな三味線をNYに持って来たのが2年前。街のあちこちで、それぞれの民族がそれぞれの楽器で演奏しているのを見て、自分の民族楽器を持ちたくなったのだ。

久しぶりに弾いてみると、ああ、これは日本の音だなと感動しきり。習ったことも無いので教則本を取り寄せ、ギターと同じ間隔にチューニングをしバチを持って弾いてみると確かにチョッパー・ベースと同じだ。

小学校の頃に開いた楽器の扉に1周して戻ってきた。




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        3月をもって終了しました。お越し下さった皆様、有り難うございました!
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by gakuandben | 2008-01-28 07:40
Believe in Humanity
ここ数日間気になって仕方が無いニュースが、佐賀の知的障害者取り押さえ死亡事件。

事件が起こってから3ヶ月以上経っているのだが、被害者のご両親が県警を告訴したことにより、障害者に携わる僕らにはさらに目の離せないニュースとなった。

25歳の授産施設に通う自閉症者が、自転車に乗っての帰り道にパニックを起こし、警察に拘束され死亡という話なのだが、焦点となるのが警官が暴行を加えた可能性があるという事。

当初は事実を隠していた県警も、目撃者の情報により再検証を迫られることになる。

事実関係がはっきりとしないので結論づける段階ではないが、もし暴行を加えているのであれば、間違いなく警察の過失であり恐ろしい話である。

取り押さえの際、体を触られたことにより興奮した障害者から唾を吐きかけられたというから、警官が逆上し殴った可能性がある。さらに、彼らは障害者とは知らずアルコールか、薬物中毒患者だと思っていたとも述べている。自転車に乗れるくらいなのだから、確かに外見は普通に見えたに違いない。


実はこの部分がまさに僕が常日頃心配している事であり、成人してゆく息子を危惧する最大のハードルと重なっているのだ。

もし、この話がアメリカであったなら暴行の部分は無くなり即座に銃で撃たれてしまう結末だってありうる。実際に、持っていない拳銃を出すような動作だけで撃ち殺されてしまった(健常者)という事件も訴訟になっている。

しかし、この佐賀の事件に関しては、たとえそれが何らかの中毒患者であったにせよ5人がかりで取り押さえ、さらに暴行を加える必要は無かったと思われ、事実関係の究明、告訴も当然の事だろう。

普通に見える外見と障害を持った内側。明白に障害のわかる身体障害者とは違い、誤解される事の辛さは一生つきまとう。僕らは今まで何度説明しただろう、バスの乗客すべてに向かって、病院の待ち合い室で、公園の砂場で、そして警察官に。

授産施設施設で仕事が出来るようにまでなった息子さんを、ご両親はどんなに誇りに思っていたことか。

インターネットでこの事件に関しての意見を見ると、それぞれの立場や感覚でそれぞれの言い分があり、誰が悪いのかを見つける事に終始してしまう議論は読んでも暗い気持ちになるだけだ。

そんな中で行き着いた明るい情報は、障害者であることを知らせるバッジ。
こういった事件をきっかけに、全国、世界レベルで何らかの共通サインが使われるようになればという希望が見える。

リストバンドなど、障害者の証明のある人のみに配られるようにして、せめて警察官のみにでも認識できるようなシステムに出来ないものかと考える。サインは、差別や犯罪のターゲットにされるなど別の問題を生み出してしまう可能性もあるが、トラブルが起きた時の最終段階で頼れるのはやはり警察だろう。

その警察に誤解され、殺されてしまう可能性があるのでは、本当に行き場のない気持ちにさせられてしまう。

つづく
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こちらはイギリスTreating Autismで販売しているバッジ
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by gakuandben | 2008-01-17 09:01 | 自閉症に関して
Clear Statement
「I don't want to」は最近ベンが良く使うストレートな表現だ。

それは言い訳でもなく、話し合いによる和解を求めるのでもなく、本当にそうしたくない事の表明で、これ以上の強い意思表示は無い。


学校で始まったギター・クラスのヘルプに行くと、皆がストロークの練習をしているところで、ベンだけひっくり返したギターを机代わりにして本を読んでいる。「ベン、ギターのクラスなんだからギターを弾かなきゃ駄目だよ」と言うと「I don't want to」。

夜の11時を回ってもまだコンピューターを消そうとしないベンに「ベン、明日は学校なんだから、もう寝なさい」と言えば「I don't want to」といった具合だ。

クリアである上にどうにも行き場の無い返答に、僕は反抗された事に対して怒る気持ちをしまい込み、以前クラスで習ったように声のトーンを変えることなく説明する。 

「今はギターのクラスで皆が協力して音を出さなくちゃいけないんだ。」「明日は学校があるから早く寝ないと起きれなくて学校に行けなくなるよ」

理由はともかく、嫌な物は嫌だという気持ちは誰にでもあるが、それを乗り切る自制心を何とか理解させなければならない。親や先生が怒るからという理由で言う事を聞かせることは、怒るという別の行為となってしまう。

文句と言うコミュニケーションの次には理解する作業が必要になり、ただ文句を言わせているわけにはいかなくなったという訳だ。

宿題をやり遂げたり、学校へ行くという事に対するこだわりがあるので助かってはいるが、学校生活はともかく、仕事をするには「I don't want to 」の連続だろう。「朝は7時に起きます」的なきっちりとした生活パターンが出来てくれれば良いのだが。

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           将来への不安を確実に感じさせる20度近い1月の小春日和
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by gakuandben | 2008-01-09 08:05 | 自閉症に関して
Christmas time is here
いわゆる子供向けのクリスマスを卒業した感のある今年のクリスマス。サンタクロースは存在しないが、実在する誰かがサンタクロースになっているのを認識し、プレゼントはソリではなくアマゾンドットコムでやってくる。

25日まで渡さないように隠しておくクローゼットのスポットは完全に見破られ、狭いアパートではサンタの夢も簡単に壊されてしまうのだった。

示し合わせたかように夢は消え、時折クローゼットを覗きこむ子供達。何だか取り繕う面白みのなくなったクリスマス当日は貰って当然というプレゼントを開けることのできる期限日だ。

「ベン、プレゼントはサンタクロースが持ってくると思う?」と訊くと、「Umm, I don't know」と予想通りの返答。3歳年下の弟が即座に「No」と答えるのに比べれば、彼の中に夢は残っているか、 単にどうでも良いことなのか。

しかし普段から多くの時間を空想の世界で生きているベンには、それが現実であろうがなかろうが、自分の中での空想としてあれば良いわけであって、白黒をつける問題でも無いのだろう。そしてこれからも、ずっとそれは続いてゆくに違いない。

誰もがサンタを夢見で、自らもサンタになる。14歳でもサンタクロースを信じているかもしれないベンにいつまでプレゼントを渡せるだろう?


ギフトの式典のようになってしまったクリスマス・シーズンは、少し辛いくらいにモノが氾濫しているのだが、サンタさんのプレゼントはそんなに多くは無いはずだ。

元旦には大晦日にカウントダウンで盛り上がったタイムズスクエアに行ってみる。年が明け、すべてが終わった新年の風景は落ち着いていて、とてつもなく平和だ。

クリスマスの飾り付けの残ったこの時期の街が、本当のクリスマス気分を楽しませてくれた。
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by gakuandben | 2008-01-04 07:07